第百四十三話 その日のうちに
「起きろ」
後藤の頬を殴った。遊女が教えてくれた空き家はその周辺から人の気配がなく、肝試しですら人が寄り付かず、日中も藪と高い木の枝葉から影を被るような場所にある。東城の言葉を冗談だと思い、それに乗っかっただけなのだが、条件としては最適だった。
「ん……」
目を覚ました後藤はまず額の痛みに顔をしかめ、提灯だけの荒れた無人の居間に不安を覚えた。
後ろで手を縛られ、寝転んでいる自分の状況を確認するために東城を見た。
「色々と疑問はあるだろうが、質問に答えてくれたら解放する」
すでに剣を抜いている。その輝きが後藤の瞳から生気を奪った。
「幕府に内通者がいるだろう。そいつの名前を教えろ」
すでに素性が暴かれている。後藤は観念したように仰向けになった。しかし意地があるのだろう、思い通りにはさせまいと、
「知らん」
と、東城の軍靴に唾をはいた。
「そうか。まあ思い出すかもしれんな」
後藤を蹴飛ばしうつ伏せにさせ、その背中に乗った。
「何を——」
布で口を塞がれる。そして足先の感覚がなくなったと同時に、そこから激烈な痛みが襲った。
くるぶしから先が切り取られている。
「次はもう一方の足だ。その次は膝だな」
布を外して、問いかける。
「内通者は誰だ」
「橋本だ! 橋本彦介、それに兵藤栄之進、あいつらも俺と同じだ!」
足首を失っては意地も何もなくなったのだろう。東城としては手っ取り早く済んで助かるのだが、この程度の男が幕府に仕え、そしてやはり裏切っている事実にむかっ腹が立つ。
「それだけか」
「そうだ! 他にはいない」
後藤のもがくその右肘に冷たいものが触れる。冷たいのに、どこか生暖かい。
「どこでもいいんだ。肘でも、腹でも、首でも」
「知らない!」
肌に刺さる痛みが、どんどん増していく。肉をかき分けるその感覚に、後藤は絶叫するのだが、素早く口を塞がれる。
「落ちるまで間もないぞ」
布があてがわれ言葉もない。それが外れる頃には、三分の一ほどが断裂していた。
「佐々木……
涙は白状したことよりも単なる痛みのせいだろう。他にいるだろうと脅すと、東城を睨んだ。本当に知らないことの証明のような気がした。
「勘弁してくれ。医者に、医者に」
「ああ、解放すると言ったのは嘘だ。そのくらいわかるだろう」
首を撥ねた。提灯を持って自分の服を確認すると、返り血はない。見つかって困るからではなく、汚れるのが嫌だった。
「橋本彦介。兵藤栄之進。佐々木宗次。これらが裏切り者だ」
東雲らに起こされてから数時間しか経っていない。その日のうちに東城は大手柄をあげて帰ってきた。
「ほ、本当か。いや、疑うわけではないのだが」
「なんでもいいさ。叩けばボロが出るだろうし、好きにやれ」
また薄い布団に横になった。起こせとは言わなかった。
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