第百四十四話 先生

「東城先生、ありがとうございます」


 朝方に集まった東雲たちは平伏した。まだ起きたばかりの東城だから、たいして感動もない。


「うるさい。金ももらったし、俺にかまうな」

「そうはいきません。ただいま裏を取っておりますので、最後までやり切ってもらわねば」


 昨晩に後藤を締め上げてはかせた裏切り者を始末せよと言う。その裏切りが本当であるかを東雲は総力を上げて調べている。

 その間はここで待機していてくれと、東城にくってかかった。


「先生、後藤はどうされたのですか」


 別な男がそういった。


「死んだから埋めた」


 軽くこたえると、東雲たちはおおとどよめき喜んだ。そんなことで騒ぐなと言いたかったが、むすっとしたまま黙っている。


「見た目よりもずっとお強い。その手腕をぜひ発揮していただきたい」

「もう見せただろう」


 死体は埋め、返り血もない。適当なことを言っていると思われても仕方がないが、少し侮られている気もする。


「とにかく、まだ降りてもらうわけにはいきません」


 東雲は文句があるならかかってこいと言外に脅した。


「金は払います。何卒よろしくお願い致します」


 東城はその熱気と根気にため息をついた。


「金はともかく、数日で調べてくれ。期日は示した通りだ、一日も伸ばせない」

「尽力致します」


 根拠はなさそうだが、幕府へのつてもない。東城は「急げよ」と言って散歩に出た。護衛をつけると東雲が言ったが、笑い飛ばした。


「いらないよ」


 とはいえ一定の距離に護衛がいる。角を曲がって茶屋に入ってもついてくるため、店内でむしろ自分から声をかけた。


「次に目があったら手が出るかもしれん。追ってくるなら覚悟するように」


 と相席までした。青ざめる顔をみながら楽しそうに飯を食い、フラフラ散歩した。護衛の姿はなかった。




「ただいま戻った」


 与えられた宿の客はほとんどが東雲の仲間である。玄関に入ると青年が召使のように身の回りの世話を焼こうとする。


「俺のことはいいから剣でも振ってきなさい」 


 と、相手にもしない。東城が求めるのは一刻も早くこの煩わしい東雲の拘束から逃げ出すことである。


 夜まで寝て過ごし、部屋を抜け出した。雛菊に会うためである。


(やっていることは昔と変わらん)


 なんだか不思議な気分になる。この昔とはどの東城においても現在のはずだが、彼だけが過去という名の未来の記憶を持っている。起こることも変わらず、時流も記憶通りである。


 しかし今していることは女を追いかけ、しかも別れを告げようとしている。

 無様であり滑稽であり、自分らしいとも思う。


(近頃は、女のことばかり考えているなあ)


 ジェネットの顔が浮かぶ。雪が降り始めた。

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