第百四十七話 脱出
東城の剣は部屋ごと切り裂くように若い侍を絶命させ、命乞いもできず恐怖を浮かべる青年には蹴りをくれてやった。軍靴の底が彼の顎を砕き、倒れてから喉を絶った。
窓から吹いてくる冬の風が部屋の熱気を洗い、東城は廊下からの足音に身構えた。
「何事か」
と、叫ばれたその瞬間、男の胴体が宙に舞った。付き従うのは三人で、彼らの視線がその物体に注がれる刹那に東城は動く。
風が吹き終わる間も無く、飯田屋は生き血を欲するかのような凄惨な屋敷となった。一度部屋に戻り、気絶した東雲の胸ぐらを掴んだ。彼を引きずりながら玄関に向かうと、また鉢合わせた。仲間として最近の数日間を過ごした彼らに、一切の情はなかった。
(お前は)
チェインが言う。しかしつづく言葉が見つからない。
店の正面から出たものだから、当然見張りをしていた連中に気がつかれた。東城は東雲を引きずっているため、応戦するべく誰しもが刀を抜いた。
十人以上いた。東城は東雲を捨てて両手で剣を握り、腰を低く落とす。じりじりと間合いを詰め、互いの距離が縮まれば縮まるほど緊張が凝縮され、爆ぜる瞬間を待っている。
先に仕掛けたのは東城だった。ぱっと跳び、ひとりの頭蓋を首まで縦に割った。食い込んで離れない剣を、その死体を蹴り押すことで引きぬくと、そこからは乱戦になった。
囲まれないよう位置を変え、すれ違いざまに足や肘を斬った。刀よりも取り回しの難しい騎士剣で、指や耳を落としていく。
残りが半分ほどになると、流石に息が切れてくる。剣術を知らない相手ではなく、心得以上のものがあった。しかしその彼らですら、東城には傷一つ付けられていない。
「先生、どうして東雲さんを」
最も若い男が、東城に甘えたようなことを言った。返事はしない。かわりにその者へ駆け出した。上段からの一撃は防がれたが、東城のそれはあまりに重く肩に刃がめり込んだ。そのまま押して腕が落ち、痛みよりも先に首が飛んだ。
その命を犠牲にし、東城を囲むことに成功した侍たちだが、集団で斬りかかることをしない。その円を保ったまま、身内同士で牽制し合っている。お前が行けという視線でのやりとりに、東城は唾を吐いた。ちょうど死体の上に落ちた。
「馬鹿がァ。そんなことでどうする」
獣の唸り声のようである。雪がちらつく夜に、一匹の大型生物が現れたといってもいい。その獣はすでに何人も喰い殺している。
逃げ出そうにも、囲んでいるという有利条件がそれをさせない。奇妙な心理が彼らをその場に繋ぎ留め、前にも後ろにも進めなくなっている。
そういう連中を、東城はずっと見てきた。見てきただけに、あとは手早く済ませた。
「貴様が何者かはきかないことにする」
東雲へ言葉を投げ、殺しはしなかった。気まぐれである。
足音と提灯の明かりが迫ってくる。人の声と呼吸も、過敏になった五感がはっきりと捉えた。
東城は適当な民家の塀を登り、その内側に潜んだ。そうしてこそこそと民家の床下や土間を通り、ついに雛菊の店までたどり着いた。
(あとどれくらいでここを離れるのだ)
きいてもチェインは呆然としているようである。頭をかいて、ヘラヘラしながら店に入った。
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