第六十一話 いい人
「クイサさんはどういう経緯でカイさんと結婚したんですか?」
麓の村でアレクラムの主人に手紙を書き、その無事を伝えた。クイサの心労を慰めるためにも東城たちは帰路を急ぐことをしなかった。のんびりと荷馬車にゆられながら、なるべく明るい話題を探した。
ジェネットは探さずともその好奇心でクイサの心を安らげている。
「んー、一目惚れさ」
「どっちがですか?」
「私だよ。見た瞬間に痺れたね。知れば知るほど好きになった。カイを見ただろう、あのきっぷの良さと、それでいてちょっと情けないような顔立ち。大酒飲みで、酔っぱらうとやらかす事もある。ダメな部分もあるけど、愛嬌だ」
惚気ながら馬車の進む先を眺めた。あそこに彼がいると思うと、走り出したくなる衝動に襲われるらしく、自制のためにバンローディアと腕を組んでいる。
「じゃあお互い好き同士だ。カイさんも、あんたのことを相当に想ってる。だけどさ、だったらなんで結婚したことを親父さんに報告しなかったのさ」
「時期が悪かったね。落ち着いて子どもができたら、なんて考えてたんだ」
「カイさん、アレクラムのご主人に結婚のことを打ち明けてましたよ?」
「私を探し出すためだね」
「ぶん殴られてたけどね」
「アッハッハ! 父上だったらそのくらいはするさ。でも、その程度で済んだのなら好都合。胸を張って帰れるよ」
泥酔しくだを巻いていたことや、時折臆病風に吹かれていたことは伝えなかった。伝えてもその愛情は変わらないだろうし、クイサも笑い飛ばすだろう。
「あんたたちにはいい人いないのかい?」
「そんなこと考えもしなかったよ。クイサさんは何歳なの?」
「二十二だよ。アレクラムの女番頭さ。ま、これからはカイが時期当主になるだろうけどね。あいつの家もまとめて面倒みる。そのくらいの覚悟はある。もっとも、彼の親父さんにも挨拶をしないといけないけど」
それで、と御者の隣に座っている東城に目を向けた。
「あれはどっちの男なんだい」
「へ? 東城さんですか?」
「優男みたいだけど、強くて礼儀のある人じゃないか」
ジェネットのかい。ときいた。
「わ、私のものじゃないですよ。あの人はうちの居候で、護衛なんです」
「ほー。なんだか面倒だね。誰かに盗られる前にガッとやった方がいいかもよ? あの夜は遊びだったのね、なんて言えば結婚してくれるだろうさ。私の友達も何組かそうやってくっついたよ」
あくまでも冗談ある。バンローディアはけらけら笑っていたが、考え込むジェネットの様子に不安を覚えた。
「クイサさん、まあ、それはそうかもだけどね?」
あの子には刺激が強いって。と耳打ちした。
「ガッとやるって何をですか?」
「そりゃあ」
「ちょい待った。ジェネット、ほら、服を作ろうって話さ、クイサさんのところで布かなんかを選ばせてもらおうよ」
話題を変えるもどこかぎこちない。が、素直に乗ってきた。
「あ、素敵ですね。クイサさん、服を作りたいんですけど、布屋さんに知り合いとかいませんか?」
「うちでも扱ってるけど、いいよ、紹介してあげる。結婚式に着るのかい?」
(浮かれていやがるなこの人)
舌打ちしたくなるバンローディアだが、その時東城がお嬢さん方、と声をあげた。
「年長者は然るべき態度でお願いしますね」
と柔らかく注意した。クイサは舌を出して戯けた。
「兄貴分がいたんじゃあ、あんたらにはもう少し先の話かもね」
「結婚ですか? 私も花嫁衣装着てみたいんですよね」
それはただ衣装の華やかさに憧れてのことで、結婚自体にひたむきになっているのではない。誰にでも理解しうることで、御者の老人は微笑んでいるのだが、隣の男は妙にイラついている。
(結婚か。相手は誰になる。養えるだけの金と、それにミドさんにも好かれなければやりづらいだろう)
と、いもしない空想の男に難癖をつけ、我に帰って自分のそれについて考えた。
(俺は、まあいいか)
日本の常識や文化とは違う世界にいる。もしするのならば、帰ることができて、金を稼ぐことができてからだろうと思う。ジェネットよりも先になりそうだなあと、自嘲するように低く笑った。
(怒ったり笑ったり忙しい人だ)
馬の手綱を握る老人はそれも微笑ましいと思う。彼に比べれば東城もまだまだ子どもである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます