第八十話 成長
「まずはどこへ行くのか決めようぜ」
バンローディアが村の赤ん坊をあやしながら、ぞろぞろと子分にしたちびっこたちを引き連れてそんなことを言った。
森から帰ってきたばかりだが、汗もない二人に「体力が有り余ってるみたいだしな」とからかった。
「あのくらいの山道で疲れたりしませんよ。小さい頃からの日課でしたもん」
「地図もないので。それに地理がわかりません。だからとりあえずはあなた方の巡礼がてらというのでどうでしょう」
家ではもうミドが昼食の準備を終えていた。地図があるかきくと、
「あるよ。俺が昔使っていたからかなり古いけど」
パンをくわえたまま自室に戻った。お行儀悪いよと窘められても、もう地図のことしか頭にないようである。
「ミドさんって旅とかしてたのかな」
「さあ。あんまり昔のことは教えてくれないんですよね」
「あったあった! これだよ……懐かしいなあ」
埃を払ってはきたのだろうが、シミや色あせたそれは使い古したというよりも放置してあったと見るべき古品である。
「教会の巡礼となると、まずどこへ向かえばいいでしょうか」
「北だな。この辺で一番大きいのはこの」
指をおいたのはビトーという都市だった。地図の精度は低く、距離はわからない。
「馬車で四日くらいかな。その次は現地の祈祷師にきけばわかるさ」
「私、行ったことないなあ」
「あるよ。お前は小さかったから覚えていないだけさ」
懐かしむミドだが、その目には憂いがある。
「お母さんとね、そこに行ったんだ。ジェネットがまだ三歳くらいの時かなあ」
「へえ。ジェネットの母さんも祈祷師だったの?」
東城はバンローディアに深く感謝した。そうやって踏み込める人間性というものに憧れてもいる。
「そうだよ。シーラというんだけど、フォルトナ様の信者なら彼女の名前を知らない奴はもぐりってくらいさ。腕のいい祈祷師だったんだ」
「ほえー。知らなかった。そういうのは教えてくれないと、もし何かあったときに私が困っちゃうじゃない」
「だって、まあ、俺にもいろいろあるからさ」
幼子に母の消失を伝える覚悟がどれほどのものか想像もつかないが、東城は歳をくっているだけに少しは理解できるような気がした。それが大人の優しさであるという以外にも、ミドの気持ちに共感して、話題を変えた。
「出立の準備をしなくてはなりませんね」
「私はもうできてるぜ。この身一つだけでここまで来たからね」
「お金はありますし、あ、お父さんにも半分渡しておくね」
ファイからもらった報酬にミドは驚愕したが、それが娘のしたことの成果だということに誇らしくなって、
「いらないよ。お前が稼いだお金だ。みんなで分けなさい」
と東城とバンローディアに微笑みかけた。でも、と食い下がるジェネットを乱暴に撫でつけた。
「俺だって遊んでばかりじゃないもの。蓄えはあるさ。馬の餌とか水だとかも用意しておくよ。俺がやるから、お前たちはのんびり遊んでいなさい」
親としての意地があるようだ。それがわかったのは東城だけである。
「私らも手伝うって」
「そうだよ。できるよ? 私だって大人だもん」
「まあまあ、ミドさんにお任せしましょう。俺も手伝いたいのは山々ですが、草むしりがまだ終わっていませんので、我々でそっちを片付けましょう」
ミドは彼の背を叩いた。感謝のつもりだが、背中全体が焼けるように熱くなるほどに力が込められていた。
「東城はよくわかってるね。ほれ、遊んでこい。雑草を引っこ抜くのに飽きたら薬草を採ってきてくれ。ちょっと数が少ないからさ」
「任せろ親父さん! それはちょっとばかし得意なんだ」
「私も行きます! 勉強しましたもんね!」
片付けお願いしますと家を飛び出した娘二人に、ミドは少し泣いた。
「あの子が……ねえ。見たかい東城、あの金。騎士様にいただいたんだってさ」
「はい。あなたの代わりにしかと見届けました」
「シーラもきっと喜ぶだろうなあ」
(生きているのか死んでいるのかまるでわからん)
昼間から酒を持ち出してきた。よほど嬉しかったのか、休憩のためにジェネットたちが戻ってくるまで飲んでいた。叱られたのはいうまでもなく、なんの言い訳もできなかった。
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