第八十七話 飛び込み

 自警団とはいうが、その発足は元騎士によるものである。そのためみな騎士甲冑であり、本物の騎士に負けないようにと訓練にも力が入っている。

 自警団本部の庭で訓練をする連中を横目にし、エマは友人だという人物の部屋まで案内をしてくれた。


「リーガルさんというのですが、私ったらなんの予約もせずに面会に来てしまいましたね」


 あははと照れ笑いするエマだが、その急ぎ足の分だけこの殺人事件に恐怖し、信者を心配しているのだろう。ノックは力強く、すぐに返事がある。


「エマさん?」


 心底から不思議がっているのは四十くらいの男である。髭のないつるりとした顎を撫でた。


「あの、リーガルさんにご相談といいますか、お力を貸してほしいというか、お力添えといいますか」


 バンローディアが彼女の肩を優しく引いた。


「やばいことになってんでしょ。私らは巡礼者。エマさんが困ってるからさ、お節介だとは思うけど事情を話してくれないかい」


 要点だけを一息で言い切った。エマはちょこんと頭を下げ、ジェネットは次女の大胆さに小さく拍手をしている。


「はあ、それは、どうも……」

「ジェネットと申します。こちらはバンローディアさん。東城さん。初めましてリーガルさん、お聞きしたところ、何人も亡くなっているとか」


 大胆さなら負けていない末っ子である、ことわりもなしに椅子に座った。


「その犯人がチェイン神の信者であるともお聞きしました」


 街の動揺を誘うから口外しないでほしいとあらかじめエマには忠告してあった。口を開いてしまったのは、ジェネットが祈祷師であることと、流れていく巡礼者だったからだろう。


 リーガルはため息の後で「その通りです」とはっきりと認めた。


「しかし、あなた方のご協力は必要ありませんよ。チェイン神の教会やその信者も調査をしておりますので」


 悠長だと東城は思う。すでに人死にが出ている以上、時間をかけてはさらに被害者が出かねない。数十日前から続いており、この態度である、特に進展はしていないのだろう。

 それを思うと腹が立った。


(腹は立つが、部外者だ。仕方あるまい)

「調査をするのはいいけどさ、信者は減ってるぜ? 一ヶ月もンな事やってんのにエマさんは困ったままじゃん。明日の朝飯が食えないかも、なんて毎日じゃ大変だよ」

「……おっしゃることは分かりますが」

「バンさん、言い過ぎですよ」


 ジェネットの純粋無垢な瞳がリーガルに向けられた。バンローディアのにやけ面は、これから苦虫を噛み潰すことになるだろう彼を前もって嘲笑ったのかもしれない。


「私たちもことの真偽を確かめたいのです。旅のものではありますが、フォルトナ様を信じているその一点においてはエマさんと同じであり、この街の人たちとも通じています。皆さんが安らかな一日を送れるよう、部外者ながらもぜひご協力させていただけないでしょうか」


 説教じみたことを言う。どことなく東城のような柔らかさと、口先だけで丸め込もうとする雰囲気があった。それらをそうと感じさせない彼女の純粋さが、リーガルの顔を引きつらせた。


(はっ、そんな顔にもなるよなあ)

「しかし、それはあなた方の領分ではありませんよ。自警団にお任せを」


 ジェネットの額に青筋が浮かんだ。東城はそれを察し、椅子に座る彼女の横に並んだ。


「リーガルさん」

「……東城さんといいましたね。あなたもこのお嬢さんに賛成なのですか」

「賛成も否定もありません。あなたにしてみれば、我々は厄介な客でしょう。しかし、この人が心の底から皆様を案じていることはお分かりになられたはずです」


 ジェネットさんと呼びかけ、お暇をしましょうと言った。


「彼のご都合もあるでしょう。突然にやってきた我々の話をこんなにも聞いてくださったのですから、あまり無茶を言っても良くありません」


 反抗される前に、バンローディアが口をふさぎ、それじゃ失礼しますねと一緒に部屋を辞していった。


「エマさんも無理を言って申し訳なかった。リーガルさん、彼女を責めないでください。我々が根掘り葉掘り聞いたのがまずかった」


 こういうことをさせれば一流である。過去にどの敵側の陣所でも歓待を受けたのは、どこかに人徳のような礼節のような、人間を絆す部分があるからだろう。


 ファイやミド、ハーベイもそれを感じ、この二人も同様の印象を受けた。


「いえ、そんな……こちらこそ」


 狼狽するリーガルはあやふやに何かを言って、結局はお気をつけてお帰りくださいとだけ言った。自分の机に落とすような声量である。


 エマと並び歩き玄関を出るのすぐそこに祈祷師たちがいる。


「東城さんって、なんだかすごい人ですね」


 エマは屈託なく言った。ジェネットはおしとやかを貫こうとするも、どうにも我慢ができず、


「そうですね。街が危ない状況なのに、それを無視できちゃうんですからね」


 と東城の手の甲をつねった。嫌味と痛みで苦笑もできず、黙って空を見上げることしかできなかった。

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