第八十八話 討ち入り

「とは言ったものの、別に調査なんかしたくないんだよね」


 宿に戻り、貸し切り状態のレストランの真ん中の席でバンローディアはぼやく。彼女の言うことだから、ジェネットもきつい視線を送るだけだった。


「あはは。大変なのはわかるけどさ、連中が調べてもなにもわからないってことは、私らにわかるはずないのさ。だって、旅にも変装にも慣れているけど、殺人事件の調査なんてしたことないもの」

「それはそうですけど、でも心配ですよ」

「東城はしたことある?」


 あるにはある。路地裏の死体を検分した程度ではあるが、それができたところで今回の場合は意味がない。


 そう思ったので、


「死因を探るくらいなら」


 と控えめに言った。


「ふーん。じゃあ死体を見てみようぜ。どこにあんのかな」

「なんだお前ら、危ないことに首を突っ込むなよ」


 店主がのっそりと軽食を持ってきた。ジェネットの食事量をみて、料理人に火がついているらしい。


「ありがとうございます」

「おう」

「ねえ大将、死体って医者の所? それとも自警団?」

「さあな。まあ最後に起こってから一週間くらい経っているから、もう墓の中だろう」

「詳しいね」

「……みんな知っているさ」

「そうかい。じゃあチェイン神の教会はどこよ」


 店主はまた「危ないからやめておけ」と釘をさした。


 どうする。とアイコンタクトは東城へ。あてにされているような気がしたし、それは間違いではないだろう。


 危ないと断言するからには理由があるはずで、店主は語ろうとはせず空いた皿を片付けて裏に引っ込んだ。


「俺がちょっと、その教会を見てきますよ」

「私も行きます」

「どうせ夜に行くんだろ? ジェネットは私と留守番だ」

「む。なんでお留守番なんか」

「もし殺人犯が出てきたら怖いじゃん。でもジェネットと一緒なら平気だからさ。宿には人もいるし」


 ずるいやり方だと東城は苦笑いである。ジェネットの文句を封殺し、


「でも東城は強いからさ。夜目もきくし、こういうのを任せられるのはあいつだけだろ?」

「……丸め込もうとしたってそうはいきませんからね」

「あはは。賢いなあ。そんなつもりはないよ、適材適所さ。あいつがちょこっとのぞいて危険がなければみんなで行こう。それでいいだろ? 今日は観光しようぜ」


 それで話を打ち切ってしまった。お前は教会を探せ、と目で指示された。


「はい。それがいいでしょうね。お供します」

「……もう、二人とも毎回私を仲間外れにしようとしてませんか?」

「してないってば。さあ出発だ」




 バンローディアに引かれ街へ繰り出し、その夜のことである。


 東城の部屋の窓が開いた。そこからひらりと影が飛び、着地する。影は昼間に見つけていたチェイン神の教会に一直線に向かっている。


 時折響く甲冑の音は自警団のものだろう。見つかっても面倒なので、その都度進路を変えて身を隠した。


 三十分ほどで、教会が見えてくる。ひっそりと周囲に溶け込むような小ささではあるが、月光にもその清潔が窺えるような手入れの行き届いた石造りだ。あかりが灯っているのは夜間の礼拝などに対応するためだろう。


(危険かどうかは、入ってみなければわからんが)


 裏に回ると、勝手口がある。窓には光が、そして小さく談笑も聞こえてくる。それだけで、わけもなく興奮した。


(久しぶりだ。本当に……)


 幼少のおもちゃで遊んだ記憶や、長く住んでいた家を見たときのような、古ぼけてはいるが強烈に印象に残っているものが、彼にとってはこの調査であり、その先に続く殺戮である。


 足音もなく勝手口に近づいた。舌舐めずりでもしそうな顔つきで、小さくドアを叩く。


「あ? 誰だこんな時間に」


 大股で歩み寄る気配がある。気配を探ると、奥にまだ人がいた。誰から悲鳴もないままに終わらせるのは難しいと判断し、路地に身を隠した。


(釣れるまで待つ。それがコツだ)


 何度もこれを繰り返せば、そのうち人が集まるだろうという考えだ。浅はかではあるが、実際に効果があるらしい。

 ジェネットには決して教えられないような悪事の深奥を、彼は微笑みの裏に隠している。



 


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