第八十六話 宛先

「物騒、ですか」


 ジェネットはその言葉をかみしめた。純粋な興味と心配がそうさせた。


 彼女がそれを気にしないはずがない。東城はそのことをよくわかっているが、自分に降り注ぐ気に入らない事態の連続が心をどんどん蝕んでいく。


 エマは祈りにきたジェネットたちに気を使い、無理に笑顔をつくった。


「忘れてください。さ、どうぞ中へ」


 礼拝度はすでに人がいる。失礼しますと去るエマの袖を、ジェネットは素早く引いた。


「そんな……わけを話してくれてもいいじゃないですか。お力になれるかもしれません」


 東城は思わず天井を見上げてしまった。やるせ無さが溢れ、自然とそうなってしまったらしい。


 固辞するエマだが「これではお祈りに集中できません。エマさん、どうか」と詰め寄られると、渋々ながらもこちらへと応接間へと案内してくれた。


 そのやり取りのすべてが芝居のように見える。バンローディアに「しょうがねえよ」と慰められながらもジェネットのあとに続いた。


 お茶を持ってきた信者はフォルトナよりもエマを崇拝しているかのような態度であり、粗相のないようにと東城とバンローディアに一瞬だけ睨みをきかせた。


 東城はそれに殺気を感じた。しかしフォルトナばかりのこの街に居場所を見つけたとばかりに嬉しがり、丁寧にお辞儀をした。


「それで、お困りごとは」


 ジェネットのそれにも微笑みでいられたのは、そのエマ信者のおかげである。


「こんなことを言うのはどうかと思うのですが、それも巡礼中のあなた方に」

「同じフォルトナ様を信じる者同士じゃないですか。おっしゃってください」

「……信者が」


 声が震えている。その震えのままに、


「亡くなっているのです。この数十日にうちに、もう四名が」


 本当だとすれば、重大な事件である。


 しかし東城からすれば、どこにでもある話に思えた。


(一日で十人でも不思議じゃない。が、そうではないのだろうな)


 どこまでいっても彼の経験と記憶は京に遡る。一晩にそれくらいならば、ひどいものだと顔をしかめる程度のことである。


 ジェネットやバンローディアも、このくらいの年頃の娘にしてはあまりに多くの人死を見てきた。東城が数十人の悪漢をすべて斬り殺したのも記憶に新しいために、エマの怯え方に一瞬だけ戸惑った。


「そ、そうでしたか。理由をご存知ですか」


 物騒であり、この怯え方である、自然死ではないだろうとは思うが、一応きいた。

 エマはこたえるのを躊躇ったが、自警団の方々がいうには、と前置きをして、


「殺されたそうなのです。それも、チェイン神の信徒によって」


 勝手にやれ、と東城ならば思うだろう。バンローディアは殺人事件をきかされても隣の男を気にした。


 その隣の男は、そうした予想に反した感想を抱いている。


(ふむ、殺しやすくていいな)


 フォルトナの言葉に従うのは癪だからジェネットの護衛だとか巡礼だとか理由をつけている。

 チェイン神の手引きによって現れた転生者、それを殺さなければならないのだが、納得できる理由がまだ見つかっていない。


 しかしチェイン神側からこうした事件を引き起こすのならば、それを殺せばいい。俺は悪事を滅しただけと、とりあえずは納得できる。


 そのため、ジェネットの強引なお節介を見直すことができた。


「詳しくは教えてくれませんでしたが、信者の皆様はそうした事件を恐れるよりも勇気を持って祈りに来てくださいます。それが歯痒いのです。お祈りはどこでもできる、しかしそれでは教会の意義がない。私にはどうすることもできず、注意をうながすことだけが精一杯です」

「エマさん。心中お察しいたします」


 東城がそんなことを言うから、二人は驚いた。


「悪しきものは容易く人心を痛めつける。己のことしか考えず、傲慢だ。そういう輩がのさばるのをあなたは、そして俺もよしとしない」


 そうだろう、糞ったれめが。と心中で付け足した。すべてフォルトナへ宛てた言葉である。


「差し支えなければ、その自警団にお話を伺いたい。取り次いではくれますでしょうか」

「え、あの、それはできますけど」


 ジェネットに「大丈夫でしょうか」と不安げな視線を送った。


「もちろんです! この人は凄い人です。私が保証します!」

(妙な風の吹き回しだな。どう考えても血が流れるぞ)


 バンローディアの不安をよそに、エマの行動ははやかった。ではすぐにでも案内を、とコートをはおった。

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