第百三十四話 望むところ

「いやあ蕎麦など久しぶりだ。いやこの世の全てがそうだ」


 散歩だけでも浮き足立つようである。チェインは声だけでそれを咎めた。


(ふざけるな。俺はお前に期待しているのだ、ここでさらなる力を求め、来るべき決戦に備えろ)

「力? なんだそれは」

(藤枝のように学園で生活しろ。友人や先輩後輩と切磋琢磨をし、強敵手と競い、大会を目指せ)

「お前もわからんことを言うなあ。学園とは大学のようなものだろうが、あそこで学べることはもう学んだ。それに黒船も来ておらん、朱子学もやったし、得るものなどないよ」

(はあ? おい、なぜだ、藤枝の言葉に嘘があったのか)

「知らん。ここには……ここにはお前の期待するものは何もない」

(俺が期待しているのはお前だ。お前の強さだ。藤枝を超えるほどの)


 歩くうちに、見渡す限りの田畑を進んでいる。農作業も、農家も、土の色も鮮やかだった。


「殺すこと。それだけはある。他の連中ならばもっといろいろと思いつくだろうが、俺はそれしか知らない」


 足を止め、振り向いた。フラフラと頭の中との会話をしていて、いつの間にか山道である。


「適当に歩きすぎたな。腰を落ち着かせる場所もないから、やはり夜まで待たねばならん」

(……殺しだけというのは嘘だろう。藤枝も訓練漬けの日々だったとぼやいたが、恋とか愛とか、そういうのはどうだ)

「あったさ。だが貴様とはそんな話はしない」

(ほ、その感じだと)

「黙れ。お前らはいつもそうだ」

(なるほど好いた女がいるのか)


 東城は付き合い切れないと黙ったが、チェインは娯楽を求めた。


(どんな女だ。お前が行きたい店にそいつがいるのか)


 無視すると、おいと爆音で叫ばれた。脳が揺れるようである。


(こういうこともできるのだ。あまりふざけた態度を取るな?)

「いなくなることもできるのか」

(無論。小便の時は消えてやる)

「大便の時も消えろ」


 東城は面白いとも思わないなんとなくの言葉だったが、チェインは気に入ったらしい。


(藤枝はあまりそういうことを言わない男だったし、転生させてからは放置していたから、誰かと会話するのに飢えているんだ)


 知らねえよと唾を吐いた。


「俺とはするな」

(……力をくれてやろうか)

「いらない」

(そう言うな。話のきっかけを探しているだけだ)


 だらだら歩くだけで東城はよかったが、口うるさいのがどこまでもついてくる。しかしどれほど歩いても疲れることがなかったのは、そのおかげだったかもしれない。




 日暮とともに、京はその顔色を変える。いざこざがあれば場所を問わず白刃が抜かれ、遊女や芸妓たちが通りをきらびやかに彩る。


 東城はその道の真ん中を歩いている。目的の店はすでに客引きが汗をかいて人を呼んでいる。


「や。そこの旦那」


 望むところだと大股で近寄って行った。

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