第四十話 まずは一息

「追い返せましたな」


 どれほど意気込んでも百人程度の戦争は小競り合いといっていい。ハーベイは陣中でたたずむ東城の隣に腰を下ろした。弱音を吐こうにも、部下にはそれができないために東城を使った。


「何人ほど」


 東城も腰を下ろした。ぽつりとそうたずねると、やはりハーベイも静かに十六人とこたえる。死者の数である。


「半分は負傷しました。ジェネットさんたちには頭が上がりませんよ」


 今までもと東城が微笑む。ハーベイも肯定してこれからもと続けた。


「連中も同じような損害でしょう。もう少しここに留まって出方を伺います。あなたの顔は見られてはいない。もしよろしければ」

「治療はジェネットさんたちがするでしょうが、介抱は俺にもできます。あの人たちにばかり仕事をさせたくない」


 傷が塞がっても体力は落ちている。重症患者を優先するために骨折や捻挫などの騎士は動くのに多少の助けがいる。東城はそれをするといった。


「ありがたいのですが、いざという時にはよろしくお願いしますよ」

「ええ。それはもちろんです。帝国も、俺がやったようなことをするかもしれない。見抜けますとも。お疑いになるかもしれませんが」


 新撰組に入隊したばかりの男を切ったことがあった。その男がこそこそ誰かと密会しているのを見つけ、その場で両方を斬殺した。懐には密書があり、討幕派と通じていた。

 見抜いた理由を尋ねられると、見れば分かるとこたえた。不思議な男だと侍のころから思われていた。


 そういう話をハーベイにした。勘が鋭いのかとも思ったが、ジェネットへの対応はむしろ鈍い方であり、戦さでしか役に立たなそうである。


「なんと申しますか、あなたは妙なところがある。さすがはフォルトナ神が遣わせたお人だ」

「違います」

「へ? しかしジェネットさんがそう言っていましたが」

「……とにかく違うのです」


 不機嫌になる程でもないが言葉尻が強い。ハーベイはまた「追い返せましたな」といって自分の天幕にひっこんだ。




 治療が間に合わず、もう三名が死んだ。埋葬は戻ってからするため、彼らを袋に詰めなくてはならない。東城は騎士に声をかけ、それをやった。


 東城らに与えられた天幕では、真っ赤な目をしたジェネットはまだ鼻水をすすっている。治療の最中には堪えていたが、落ち着くと泣き出して、少し前までバンローディアの胸に顔をうずめていた。


「そりゃあ怖いさ。お前じゃなくてもそうだよ。私が泣いていないのは偶然だ。よしよし、もう終わったから。大丈夫だって」


 泣き終わっても慰めの言葉をかけ続けた。そうしなければジェネットの心が持たないだろうと、頭を撫でたり肩に手を置いたりと触れ合いも忘れない。


(即死でなく、治療までの時間が短ければ治せてしまうのか)


 今までも擦り傷程度には祈祷師の治癒魔法を目にしたことはあったが、本格的な負傷者の手当ては初めてである。

 いまさら俺の世界にあればとは思わなかった。ただ、治療を終えた騎士と一言ながらも会話ができたことが嬉しかった。挨拶をする程度の顔見知りだが、いつものあの場所で夜警をするあいつが別人になったらと想像すると、少し寂しい。


(しかし慣れたと思っていたが)


 自分が寂しさを覚えたことに驚きもした。明日には友人がいなくなる世界が彼の青春である、死生観は他人とは少しずれている。


「俺も、あの名前も知らない彼が生きていて良かったと思います。ジェネットさん、バンローディアさん、ありがとうございます」


 突然に礼を言った。ジェネットは涙を急いで擦り、胸をはった。


「東城さんが怪我しても私が治療してあげますから安心してください。バンさんは手出し無用ですよ。一人でもちゃんとできますから」

「わかってるって。お前はなんでもできるんだ。でも無理はするなよ。ていうか無理してんなあって私が思ったら中止させるから。東城が死にかけでも、私はお前を助けるよ」

「できれば同時に俺も助けて欲しいのですが」

「東城、どっちもは無理だよ。この妹の方が優先さ」


 あははと笑うバンローディア。甘ったるく叱るジェネット。苦笑を心底からの微笑みに変える東城は、もう顔見知りの騎士のこともハーベイの戦況報告も忘れ、自分のふやけているだろう顔を律しようと太ももとをつねった。

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