第百一話 川辺の夢

 川辺に点在する教会はおよそ二百メートルのうちに六軒もある。その周囲に民家があって、小さないながらも畑がある。ある程度の自給自足をしながら慎ましく生活をしているようだ。


 日暮れの迫る中、名も無い教会群を訪れた東城たちは、今晩の宿を求め、一番手前の教会の門をくぐった。


「巡礼の方ですか」


 祈りを捧げていた老人が振り返る。ジェネットを一目見て、祈祷師であることに気がついた。


「おお、祈祷師でしたか。最近では珍しくなりましたが」

「どーも。じいさんがここの管理人?」

「ほ、あなたも祈祷師ですか」

「そうだよ。よくわかったね」

「私は祈祷師ではありませんが、人を見抜く目は持っています。年の功ですな」


 大笑いする彼は、いかんいかんとその用向きを改めてきいた。


「祈りでしたらご自由に。夜間でも鍵は開けておりますので」

「今晩、軒を貸して欲しい」


 東城が言った。その脅すような声と古めかしい言葉に、老人はきょとんとしている。


「あなたは?」

「護衛だ。俺はともかく、こちらのお二人はまともな寝所を与えてやってくれ。野営も楽ではない」

「楽っちゃ楽だけどな」

「雨も降りませんでしたし」

「そういうことではないのですよ」


 呑気なばかりの連れに呆れながらも、どうだ、と老人に迫った。


「構いませんとも。広くはありませんが、清潔です。あなたもお泊まりになってください。祈祷師の護衛です、さぞお疲れでしょう」

「助かる」


 実際、東城は疲れている。一日中馬を操り、野営の場所を決め、見張りはバンローディアと交代でするのだが、彼は常に気を張っている。満足に睡眠を取れていない。


 そのせいもあるし、何よりここはフォルトナ教会である。この老人も悪くいえば敵であり、この場所も不快である。


 それでも好意で泊まらせてくれるので、それはそれとしてありがたかった。


(俺はなんだ。矛盾ばかりだ)


 嫌いなくせに、それをよしとしている。

 与えられたのは六人分のベッドがある大部屋だった。そこに間隔をあけて横になりながら、東城はもんもんとしている。


 自分は外で寝ると決めていたのに、敵の寝所で寝るとは何事か、苦痛のない方にばかり流されて甘えている。


 むかつきが脳を刺激し、眠れない。そっと起き出して教会を出た。フラフラと散歩をしながらも、


「俺はなんだ。馬鹿者め。甘えるな」


 と小石を拾って遠くに投げようとしては中断し、その辺に捨てる。自分でも何をしているのかわからないが、とにかく手持ち無沙汰であり、気持ちだけが荒んでいく。


「以前はこうではなかっただろう」


 理由はわかっている。神との距離が近くなったせいである。


 軍人として生きているうちは、そんなことを考える必要も余裕もなかった。しかしこの世界に来てからというもの、常に神がつきまとう。ジェネットのせいではないが、着々とそばに近寄ってきているのを感じている。現に対面までしているが、それは直視しない。


 何が神だ、面白くない。憤慨しながらうろうろしていると川辺まできてしまった。川幅はゆうに二十メートルはあって、月明かりの微かな夜半ではそれがどこからきてどこへゆくのかもわからない。河原にあぐらをかき、せせらぎだけの世界に浸ると、少しづつ苛つきも薄れていった。


(ジェネットさんはもちろん、あの老人も悪くない。善人だ。俺が勝手に悪しく思っているだけなんだ)


 薄れはするが、その思いは消えない。吹く風がそれを散らせてくれるかと期待したが、そんなはずもない。


「悩み事かしら?」


 むしろ彼の精神を破壊しかねない声音がせせらぎをぶち壊した。


 振り向くと、彼女がいる。


「はぁい。あなたの命を運んだフォルトナちゃんでぇす」


 彼女だけが世界から切り離されているかのように、その姿がはっきりと見えた。声も耳に直接叩き込まれているかのように鮮明である。

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