第百三十二話 青春の土地

 東城が目を覚ますと、そこはどこかの路地である。ほのかに明るく、早朝であることがわかった。


 壁に手をついて立ち上がると、手触りは木材である。地面は砂っぽく、よろよろと通りに出た。


「ひぃ」


 息を飲む際、妙な音が唇から漏れた。絶句し、膝の力が抜けた。


 そこは見覚えのあるどころか、彼の青春の地だった。


 すなわち、京である。


「な、なぜ……」


 見間違いではない。提灯を持った志士が通り、酔っぱらったチンピラが道の端で寝ている。男女がいそいそと走る。東城の記憶通りの京の都であり、そして遠くに聞こえる悲鳴も、この時代のこの場所では毎晩のことである。


 気がかりなことがあった。なぜ自分が過去に送られたのかということよりも、置いてきたジェネットたちのことである。


(チェインは俺に声をかけろと言っていたが、いったいどこにいる)


 路地から出ても行くあてがない。また奥のほうに引っ込んで、そのまま朝を迎えた。興奮からか、時間とともにあちこちが賑わいだす喧騒が全て耳に入ってきた。


 日が昇ると、東城が動き始める前に長屋の住人たちに見つかった。


 こんなところで何をやっているのか。酔っ払いか。その格好はなんだ。侍じゃなさそうだ。ほっぺたに何か刺さっているぞ。


「あ、いや、俺は」


 弁解するよりも早くに飽きられてみんなそれぞれ朝の支度にとりかかった。子どもたちだけが東城の周りに集まってきて、大人たちがそれを注意しないのには、東城のその人好きのする人相のおかげだろう。


「お兄さん誰? どこの人?」


 その無邪気さに余計に焦る。ジェネットはどうなったのかと、鼓動がどんどん早まっていく。


「ねーねー」

「あ、服を引っ張るのはやめてくれ。貰い物だから」

「ヘンな刀だね」

「これしかなかったんだよ」

「靴もヘン」

「頑丈だから悪くないぞ」


 子どもらに遊ぼうと誘われ、長屋の井戸まで連れてこられた。


「お兄さんなんて名前?」

「東城だ」

「じゃあ九郎の兄弟なの?」

「はあ?」


 よく遊んでくれる人と同じ名前だという。思い返すと、確かに自分もそうやって暇を潰していた。


「ん、まあ、遠縁だろうな」

「トーエンって何?」

「親戚だ。そうだな、縁者とか、そのへんだ。その九郎というのはどこにいるかわかるか」

「えっとね、いつも適当なところに寝てるって言ってた」

(この場合は、俺に非があるのか?)


 どうやら九郎少年の印象は悪くないらしく、少なくとも子どもたちには人気があった。


「東城もキタグニの人?」

「キタ……ああ、そうだ」

「やっぱり。なんだか同じ喋り方しているもの」

「同じか。あはは、同じだろうな。北国の人だものなあ」


 ふいに、その北国の言葉に会津の生まれの人物が脳裏に浮かんだ。

 芸妓の雛菊である。


(俺が会いに行っても仕方がないが、まあ、覗くだけでも)


 子どもたちと別れ、当時を思い出しながら街を歩いた。それだけで通りすぎる志士にも侍にも情が湧く。


「なんだその格好は」


 因縁をつけられても、その相手が土佐藩士でも、東城は黙ってニコニコしていた。


「なんとか言ってみろ腰ぬけ。なんだその頬につけてんのは」


 それでも黙っていた。頭を下げて尻を蹴られても平気だった。


(俺よりも若かったから、今は三十路前——じゃない。ここが過去だとすれば、まだ……ジェネットさんくらいの年か)


 現状をどうにかするよりも、興味を優先した。珍しいことだが、それも懐かしさが原因なのかもしれない。

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