第二十一話 その正体は
「できる女って」
繰り返してもいまいちよくわからない。バンローディアは「私に任せなさい」とジェネットを肩を組んで家に帰った。
「あいつが帰ってきたときに、だ。ちょいと声の調子を上げておかえりなさいと席に着かせる。お茶をだして、お疲れ様と一言いってみな。これでどんな男だって浮かれちまってデレデレするのよ」
「それだけ?」
いつもやってますけど。と言うと、バンローディアはまだまだ足りないという。
「肩でも揉んでやるんだ。飯が終われば風呂にでも誘ってな」
「お風呂! な、なんでお風呂」
お湯をためて浸かるという風習はあまりなく銭湯のような誰でも使える風呂はない。騎士たちは川で水浴びをするか、シャワーを使うしかなかった。
しかしバンローディアは大丈夫と胸を叩いた。
「一等騎士のための風呂がある。それを貸してもらおう」
「とんでもありませんよ。なんでそんなことまで」
昼間のあれは功労勲章もんだ、それにここの空気がまずいと気持ちよく飯が食えない、それに比べたら風呂を借りるくらいなんてことはないとバンローディアはいう。
「よし、今から行ってくるから」
返事も待たずに飛び出していく。ジェネットは姉の雀の忙しなさに呆れながらも、そのいい女がどういうものかを片肘をついて考えた。
(バンローディアさんが、いい女なのかなあ)
違うな。とすぐに判断した。あの人はやっぱり真ん中のお姉さんだと、その面倒見の良さに感謝しつつ、少し面倒にもおもう。
(ファイさんはそうだろうなあ。でも、騎士様って感じだし)
彼女の周囲にいる女とはその程度であり、村に若い女はいなかった。年下は何人かいたが、彼女たちはジェネット以上に何事にも無知である。
考えていると、バンローディアが戻ってきた。
「了承をもらえたよ」
「え、本当に?」
「祈祷師には体を労ってもらいたいんだとさ」
替えの服や下着を用意させ、ジェネットの背を押し、外に連れ出した。
「あいつ、他の服はないの?」
「今回のためにお父さんのお下がりは持ってきましたけど、普段はあの着物です」
急ごしらえだが採寸をして仕立て直してある。それを東城の目の前でやって、非常に恐縮させた。
「いい加減にあの服以外も繕ってやらなきゃ。その辺もいい女の条件だぜ」
妹雀には自負があって、東城の身の回りのものは全部自分の手製であるということが、ちょっとした誇りになっている。バンローディアの前では妹にすぎない彼女でも、東城の前に立つと親のように憮然としている。泣き顔を見せたりするのを嫌がるのも、こういう内面による。
「父のものを仕立て直してみます」
「それでもいいけど、それはこの次女さんに任せなさい。ま、今は風呂だ」
東城は先ほどの場所から一歩も動かず、その素振りの速度も落ちていなかった。周囲には誰もいない。雲が月を半分隠し、星の輝きも冴えない。剣が風を切る音だけがする。
(勢いで来ちゃったけど、声をかけるに躊躇われるね)
バンローディアは気後して、ジェネットに隠れるようにして、どうしようかと耳打ちした。
「バンさんが連れてきたんじゃないですか」
「そうだけどさ。あ、これはジェネットとあいつとの問題だからさ、きみが誘わなきゃ意味がないよ」
「とってつけたみたいなこと言って」
唇を尖らせて、ジェネットはおずおずと練兵場の縁に近づいた。木の柵があり、そこに手をかけ、東城さんといつものように呼ぼうとした。
しかし声が出ない。無心で剣を振り続けるその姿に目が奪われ、胸が詰まった。
背を向けているからその表情はわからない。しかし立ち上る熱気と汗が東城を幕末の時代へと遡らせて、剣にも誰かを叩っ斬っているような鋭さがある。
「ジェネットちゃんよ、早いとこ風呂に入ってきなよ」
バンローディアはそういうが、声をかけることさえできない迫力がある。いった本人も、
「家で待ってるからね」
と早々に引き上げてしまった。残されたジェネットは、多少の心細さはあったが、それは夜の薄気味悪さというだけで、他には何の心配もなかった。
東城がそこにいて、あの調子ではどこで悲鳴が上がろうとも気づきはしないだろうが、それでも自分が大声を出せば即座に振り向き、騎士であれば騎士を、悪漢がいれば悪漢を、その他の何者でもやっつけてしまうだろうという全能感すらあった。
頬杖をついてしばらく眺めていると、月がくっきりと空に浮かんでいる。雲は流されて星もある。東城はまだ素振りをやめず、ジェネットも不動のままだ。
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