第5話 ルビー色の瞳に一目ぼれ


 ここは異世界だ!


 そう受け入れたら、とても楽になった。


 巨大な猫もフローマーという名前で、マルゲリータの使用人だった。


 陰部はきちんと布で隠してあるし、会話はできないが、俺たちの言っていることは理解しているようだった。


 優しい性格で、長年、母に仕えて来たそうだ。


「危害を加えることは決してありませんので、どうかご安心してください。」


 とベルギウスに念を押されてしまった。


 ベルギウスの後ろで申し訳なさそうにフローマーは立っていた。


 よく見れば、大きいだけの猫なので、見た目はとても可愛い。


 昨夜の自分の行動が恥ずかしくなった。


 俺はモフモフのフローマーをそっと抱きしめて、心の底から謝った。


 フローマーは安心したような優しい声で、「ニャーン」と言った。


 許してくれたのだと思う。


 昼ごはんを食べようしていると、フローマーがやってきて、「ニャー!」と言ってきた。


 ニャーしか言わないけど、不思議と何を言おうとしているのかは分かる。


 俺は急いでエルフの部屋に行った。


 エルフは目を覚まして起き上がっていた。


「あ、あなたがシルヴィオ様ですか!?」


 俺を見るなりエルフは驚いたように言った。


 なぜ驚いたのかは分からなかったが、おそらく俺の服装だろう。


 現実世界での俺の戦闘服であるスーツは、昨日の戦闘のままだったので、破れたり、血が染み込んでいた。


 あとでベルギウスに服を借りよう…。



 エルフはティファニーと名乗った。


「昨夜は命を救っていただいたとの事で、なんとお礼を言って良いか…。」


 首をかしげるたびに揺れるふわふわの真っ赤な髪。

 透き通るような声。

 濃いルビーのような瞳。

 純粋で穢れのないほほ笑み。


 胸キュンは30才になると感じないと信じていた俺が、高校生の頃のような胸の高鳴りを感じた。


 一目惚れだった。


 エルフはもともと白魔術が得意な種族らしく、自分の怪我もあっと言う間に治した。


 昨夜は魔術を詠唱する暇もないほど、モンスターにやられていたらしい。


 ベルギウスと3人でお昼ご飯を食べる事にした。


 俺は現実世界では友達もいなく、雑談するというスキルが全く皆無だったため、うまく話せなかった。


 ベルギウスは調子よく話すやつで、ティファニーはベルギウスの話を聞いてよく笑っていた。


 口下手の自分を呪う。


 でも、楽しそうにしているティファニーを見つめているだけで、本当に幸せな気持ちになった。


「こんなに楽しい食事は本当に久しぶりでした。


 ベルギウス様もシルヴィオ様も本当にありがとうございます。


 この恩は一生忘れません。お二人の未来にエルフ神のご加護を。」


 両手を胸の前に合わせてそう言ったかと思うと、一瞬だけ、光の粉が俺たちの周りを舞って、氷が解けるように消えていった。


 エルフの風習で、しばらく会えなくなる人たちや、俺たちのようにもう会わないだろう人たちへの挨拶なんだそうな。


 ティファニーは去って行った。



「種族は違うけれども、素敵な人でしたね。」


「また会えないかな。」


「エルフとは住む環境も街も違うので、なかなか会う機会はないでしょうね…。」


 現実世界での恋愛はとっくの昔に諦めていたので、異世界でくらい彼女が欲しい!


 という切なる俺の願いは、あっという間に砕け散った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る