第3話 異世界へのトリップ


 目眩は一瞬で収まり、俺はすぐ目を開けた。


 たしかに、母の書斎にいたはずだった。


 いや、今も母の書斎にいる事は間違い無いのだが…、すごく似ているが、鏡の世界に来たような、違和感を感じた。


 急にドアが開き、人が入ってきた。


「うわっ!びっくりした。誰もいないと思っていたので…。」


 いや、びっくりしたのは俺の方だし、そもそもここは俺の家だし!


 お前の方が不法侵入だろ!


 っていうか、男のくせにスカートのようなものを履き、マントをまとっている。


 おそらくアニメのコスプレイヤーだと思うが、俺の知り合いにそんな奴はいない。


 俺の不安をよそに、男は続けた。


「もしかして、シルヴィオ様じゃないですか!そうですよね!


 シルヴィオ様に間違いありません!」


「すみません。俺はそんな名前じゃありません。鈴木です。


 っていうか、どうみても日本人ですよね。俺の顔…。」


「なにを仰いますか、この写真を見てください。間違いありませんよ。」


 母の書斎であろう部屋の壁にはいくつかの写真が貼ってあり、その男は、そのうちの一枚を迷わず指差した。


 俺はひどい近視で常にメガネをかけているのだが、いつも愛用しているメガネが見えづらいように感じ、メガネを外した。


 メガネが無い方が、写真がよく見えた。


 そこには、スーツを着た俺の写真があった。


 この写真は成人式の時に撮ったもので、家の居間にも同じ物が飾ってあり、毎日のように目に入る写真だった。


 でも、額縁の下にはシルヴィオとの記載がある。


「あなたのお母様であるマルゲリータ様から、シルヴィオ様のお話はよく伺っていましたので、こうして直接会えるなんて、とても嬉しいです。」


 愛想の良い男は悪い人にはとても見えず、嘘を言っているようにも思えなかったが、俺の母も純日本人で、そんなピザみたいな名前では無い。


 母が無類のピザ好きであったのは間違いないが…。


 自分の写真の隣にある、ひときわ大きい写真に目を写した。


「そちらが、我が国レオンハルト王国の大賢者、マルゲリータ様です。」


 か、母さん!?!?


 似合わないくるくるパーマ、まぶたの肉が垂れた目、まん丸の鼻、目尻のほくろ、顔のシワ、写真に映るその顔は間違いなく母だった。


 母さんがマルゲリータ大賢者?


 男は、ベルギウスと名乗り、母の一番弟子で母から魔術をおそわっているとの事だった。


 放心状態の俺はベルギウスに言われるがまま、部屋を出て、さらに驚く事になった。



ここは明らかに俺の家ではない!


 昭和の雰囲気の小さな家はどこにもなく、ここは間違いなく広い洋館で、全ての部屋、廊下、手すり、全てのデザインは、母の仕事部屋のインテリアと同じだった。


 階段を降りたところで、ベルギウスは家の間取りについて説明し始めた。


 動揺も相まって、まったく間取りが頭に入らない。



 そんな時、俺の後ろから音もなく近づいてきて、ベルギウスの横に突然現れたのは、巨大な猫だった。


 身長は人間である俺と同じくらいで、横幅はオレの2倍はあるように見えた。


 ここまで大きいと、猫なのかライオンなのか分からない。



 そんな巨大な動物が、飛びかかってきたら一瞬で殺られる距離にいる。


 食われるのではないかという恐怖と、現実を受け入れられない恐怖が重なり、俺は逃げ出した。


 後ろでベルギウスが何か叫ぶ声が聞こえたが、怖さのあまり、俺は全速力で走った。


 とにかくその場を離れたかった。



 毎日デスクワークしかしていないおっさんの体力では、そうそう長く走れない。


 あの巨大ネコから逃げるためには、まっすぐな道を逃げるよりも、隠れる場所が多そうな森に向かって俺は走った。



 どれくらい走ったかは分からなかった。


 目の前に小さな池が現れたので、俺は足を止めた。



 無我夢中で森の中を走ったので、日はとっくにくれ、夜になっていた。


 思ったよりもずいぶん長距離を走れたような気がする。


 追っ手はいないようだった。


「助かった…。」



 なんとか座れそうな場所を見つけ、息を整えるため、腰を下ろした。


 長距離走った割には、それほど疲れてもいなかった。気のせいか?



 少し落ち着いてきて、現状が把握できるようになってきた。


 森の中を必死に走ったので、枝や木の葉などで、腕や足に擦り傷ができていた。


 自宅だと思っていたので、携帯も財布も持っていなかった。


 携帯があったとしても、助けを求められる相手なんていないのだが。


 夜の森はいろんな虫の鳴き声や、風で揺れる木の葉音とか、いろんな音が聞こえる。


 音には注意しよう。大きな動物が近づいてきたら、逃げなければならない。



 夜だけど、月明かりがあるので、周りはよく見えていた。


 まるで街灯でもあるかのようにはっきり見えていた。


 満月であったとしても、やけに明るすぎないか?



 俺は何気なく空を見上げた。

 そこで俺は確信した。

 確信せざるを得なかった。


 ここは俺が暮らしていた地球ではない。少なくとも現実世界ではないという事を。


 空には大きな満月が3つもあったのだから。

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