第104話 17.回復薬の講義

 ティファニーのために作った解呪の薬を間違って作ってしまった!


 なんとかして現実世界にいるティファニーにこの事を伝えなければ!


 でも現実世界へ戻りたくても、方法が分からない僕が、伝えられるはずもない。


 気持ちばかり焦ってしまう。


 黒魔術の講義中なのに、まったく講義に集中できない。



 ゲールノート先生が回復薬の作り方の実習を続けている。


 材料の切り方や鍋での煎じ方などを教えていた。


 そして最後に、呪文を唱える段階まできた。



 みんなはそれぞれ呪文を唱えて、回復薬を完成させた。


「成功すると、青くキラキラかがやく液体に変わります。


 どうでしょう。


 皆さんできましたでしょうか。」


 魔術は術者の精神状態が大きく影響する。


 モンスターと戦う時、恐怖で精霊がまったく出なくなってしまうのは、よくある話だった。



 この回復薬作りで、僕は集中して魔法詠唱をすることができなかった。


 大事な解呪の薬を間違ってしまった自責の念に、かなりとらわれていた。


 だから、僕の回復薬は薄汚い緑色の液体になってしまった。

 


 そんな僕の回復薬をミルコは見逃すはずがなかった。


「うわっ。きたねー色!


 こんな簡単な魔術も唱えられないなんて、あいつ本当にビーバーモンスターを倒したのか?


 替え玉なんじゃねーの?」


 ミルコはクラス全員に聞こえるような大きな声で僕を罵倒した。


 僕は立ち上がり、言い返してやろうと拳を握った。


 しかし、そんな僕よりも早く、ミルコの後ろに座っていた男の子がミルコを殴った。


「ベルギウス様を馬鹿にするな!


 僕たちレオンハルトの勇者なんだぞ!!!」


 15歳くらいの男の子だろうか、はやくもミルコを席から引きづりだし、首根っこを掴んでいる。


 僕はそんな二人に近寄り、ミルコに一発食らわしてやった。


 喧嘩なんてした事なかったので、殴った瞬間に何かにつまづき転んでしまった。


 それを見たミルコが僕の上に羽交い締めになり、僕の顔に2発、パンチを食らわせてきた。



 講義を受けていた生徒全員が僕たちの周りに集まりはじめて、ミルコに罵声を浴びせている。


 ミルコを僕から剥がそうとミルコに襲いかかった人もいたが、逆にミルコのエルボーを食らってしまい倒れている。


 その隙を狙って僕はミルコのボディーにパンチを繰り出した。



「天より神の裁きを、雷気を汝の体に帯電させ、全ての感覚を麻痺させよ。」


 ゲールノート先生が雷の黒魔術を唱えた。 


 僕の身体中に電気のようなものが走り、全身が痺れ始めたかと思うと、壁に体を打ち付けられ、見えない鎖で身体中を拘束されたような感覚になり、動けなくなった。


 隣をみると、ミルコも同じ状態だった。


「ミルコさん、どうしてあなたはべルギウス様をそこまで侮辱するのですか!


 それからベルギウス様、どんなにミルコさんが失礼でも暴力はいけません!


 お二人は今日はもう僕の講義から出て行ってください!


 ティアナ様は僕が責任を持って宿までお連れします!」


 僕は荷物をまとめて、講義室を出た。



 僕はミルコに何かをしたか?


 よくよく考えてみたら、あいつは最初から失礼だった。


 僕のいったい何が気に食わないんだ。


 なんで、突っかかってくるんだ。



 現実世界では、嫌な奴はちょっと無視すれば近寄ってこなくなった。


 あるいは相手も僕が嫌っているのを察して、それ相応に対応してきた。


 異世界では違うのか?



 イライラしながら歩いていると、ミルコが追いついてきた。


 いい加減にしてほしい。僕は歩調を早めた。


「おい!ベルギウス!待て!」


 信じられない。


 この状況で普通追いかけてくるか?


 あいつには常識とか、空気を読むとか、そういう事がまるで無いのか?


 待てと言われても、待つ気はない。


 僕は走り始めた。


 するとミルコも走りはじめ、完全に並走し始めた。


 こうなったら、体力戦だ。


 僕はとにかく気にせず走った。


 全速力だ。


 ミルコはしつこく付いてきた。


 なぜここまで付いてくるんだ!こいつは!


 もしかして、僕に何か話があるのか?


 聞きたくないけど!



 僕は走った!


 元バスケット選手をなめるなよ!



 しかし体力には限界がある。


 僕はしかたなく足を止めた。


「はぁ、はぁ、はぁ。お前いったいなんなんだよ。」


 ミルコは僕よりも体力的に限界を感じていたようで、その場に寝転がった。


 僕よりもずっと苦しそうだった。



 自分の顔から、少し血が出ているのに気がついた。

 さっき、ミルコに殴られたところだ。


 回復薬を飲んだ。


 講義室を出る時に、ミルコの首根っこを最初に掴んだ少年が、気を利かせて、僕にくれたものだった。


 僕の回復薬よりもずっと上手にできていた。


 ミルコに対しては心底頭に来ていたが、ミルコの顔も血が出ていたり、青くなっていたので、残りの回復薬を渡してやった。


 回復薬を飲むと体力が回復したようで、ミルコの息はすぐに整い体を起こした。



 が、ミルコは下をうつむき何も言わない。


 でも、その姿を見て、何か僕に話があるんだと、そう思った。


 正直、こいつにはいっぱい嫌な思いをさせられてきた。


 話を聞いてやる義理なんて微塵もない。


 現実世界での僕だったら、ミルコが傷つく言葉を吐き捨て、迷わずこの場を立ち去っただろう。



 その時、僕はふと、シルヴィオのことを思い出した。


 最初、僕は彼のことが嫌いだったが、ビーバーモンスターを退治しないといけなかったので、仕方なくずっと一緒にいた。

 

 人間には、いろんな側面があって、彼のいろんな姿を見ているうちに、僕はもう少し素直に生きていかないといけないと、身にしみて反省したのだった。


 ミルコは、嫌な奴だったが何か事情があるのかもしれない。


 僕は立ち去るのをやめて、ミルコが話し始めるのを待つことにした。

 

 しばらくして、ミルコは重い口を開いた。


「お前はティアナの事が好きなのか?」

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