第105話 18.首席での卒業

「お前はティアナのことが好きなのか?」


 唐突の質問に、唖然としてしまう。



 僕はティアナのことが好きなのか。


 他の女の子と比べて、一緒にいたいと思うし、可愛いと思う。


 でも「好き」と断定する勇気が僕にはまだ無いような気がする。

 


 夜道でティアナの唇が月の光に輝いていれば、本能的にキスをしたいとも思う。


 それは否定できない。



 でも、僕の心にはティファニーがいた。


 この気持ちをスイッチのように切り替えて、ティアナが好きだと言ってしまって良いのだろうか。


 僕にはよくわからなかった。



 ミルコからすれば、昨夜、僕とティアナのキス1秒前を目撃しているのだから、僕たちがそういう関係だと思っても仕方ない。


 僕が答えられずにいると、ミルコは話を続けた。


「レオンハルト王国に来る前に、ティアナからお前の話をよく聞いていた。」


 ティアナが僕の話を?

 

 ミルコは手元にあった石を、乱暴に川の方に投げた。 


 悔しそうな顔に見える。



 あぁ、そうか。


 ティアナが僕に気があると思って焼きもちを焼いているのか。


 本当だったら嬉しいが。


 それで最初から、僕にだけつっかかってきたのか。


 幼稚な奴め。



「ティアナは普通の女の子じゃ無い。


 コルネリア王国の王女だ。


 種族も違って地位の低いお前が、王女と恋愛なんてできるはずがないだろう。


 どんなに二人が愛し合ったとしても、結ばれることは絶対ないんだからな。」


 ミルコの言うことは、すごく悔しいが正しかった。


「俺の父は、コルネリア王国で経済大臣をしている。


 ティアナとは子供の頃から共にしてきた。


 ずっと俺が守ってきた。


 俺はティアナと同じエルフで地位もある。


 これからもずっと、ティアナは俺が守っていくんだ。」


 ◆◆◆



 黒魔術(中級)の講座は滞りなく進んだ。


 僕はミルコと話をした後、ティアナと極力、話さないようにした。


 目が合わないように、ティアナの姿すらも目に入れないように努力した。



 もし僕がティアナの事を好きになったとしても、その先どうにもならないということは、よくわかった。


 ミルコはムカつく奴だけど、その点に関してはミルコは正しい。



 ティアナを見れば見るほど、話せば話すほど、会えば会うほど、僕の気持ちはティアナに傾くだろう。


 もしまた、この前のようにティアナがどこかでつまづいたら、僕は迷わず抱きしめて、そしてキスをしてしまうだろう。

 


 僕は、黒魔術の勉強と、マルゲリータの資料漁りに没頭した。



 半年も経つと、黒魔術(中級)の講義はひと段落し、現実世界でいう卒業テストのようなものがあった。


 黒魔術を唱える実技の試験と、知識を確認する筆記試験とふた通り行われた。


 実技はどうしてもティアナとミルコにはかなわなかったので、クラスで3番目だったが、筆記試験はぶっちぎりで一番だった。


 賢者の知力をなめるなよ。


 そんな訳で総合で一番になった。



 試験の答案用紙を返却し、締めの挨拶をゲールノート先生が始めた。



「みなさん、半年間、黒魔術(中級)の講義、お疲れ様でした。


 あとは日々の生活の中でどれだけ上手に黒魔術を使っていくのかという事になります。


 黒魔術は白魔術と違って、モンスターだけでなく、人間すらも傷つける事ができる魔術です。


 あやまって人に向かって魔術を使わないようにしてくださいね。


 講義の中でもいろいろお話ししましたが、黒魔術は日々の生活の中で大変便利に使えます。


 それが目的でジョブチェンジし、僕の授業を受けてくてくれた人が多かったのではと思います。


 どうか上手にコントロールして、うまく黒魔術と生活していってくださいね。


 以上、お疲れ様でした。これで解散とします。」



 ゲールノート先生が挨拶を終えると、僕にだけ残るように言った。


「ベルギウスさん、首席で卒業おめでとうございます。


 回復薬の授業の時はどうなるかと思いましたが、さすがベルギウスさんです。」

 


「先生、あの授業のことはもう忘れてくださいよ。


 自分自身でも情けない思いでいっぱいです。」


「僕の教えが、ベルギウスさんのお役に立てれば良いのですが。」


「すごいいろいろ勉強になりましたよ。


 僕はモンスター退治にしか黒魔術を使ってこなかったのですが、先生の授業のおかげで、戦闘に使うよりも、生活に根付くべき魔術が沢山あって、すごく面白かったです。」


「さすが首席。言う事が違いますね。


 ところでですね、残ってもらったのは連絡事項があるからなんです。


 実は来週、レオンハルト王国、ゾーンエック国、コルネリア王国の3カ国の王宮晩餐会があるのです。


 毎年、僕の講義で首席になった人には参加してもらっているのです。」


「えー!何ですかそれ!めんどくさそうですね…。」


 うわー、要するに付き合いの飲み会ってやつだな。


 僕の一番苦手なやつだ。


「残念ながら、王様から勅令が出ると思いますので断れないと思います。」


 王様からの勅令ならば、嫌でも出席しないといけない。


 憂鬱だけど、これも仕事だ。


 服装とか、食事の作法とか、ダンスのステップとか、なんだかいろんなマナーとか、ゲールノート先生がサポートしてくれるというので、お言葉に甘える事にした。


 はぁ、すげーめんどせー。



 さて、帰ろうかと思った時に、ふと、呪いの魔術書の事を思い出した。


 一番後ろのページに「ヴァルプルギス」と書いてあったのを思い出した。


 ダメ元で、ゲールノート先生が知っているか聞いてみた。



「先生、一つだけ質問があるのですが、マルゲリータ様の魔術書を漁っていたら、一番後ろのページに"ヴァルプルギス"と書かれていた物があったのですが、何のことがわかりますか?」


「ヴァルプルギス?


 あれ?なんか聞いたことがあるな?あぁ、そうそう!


 コルネリア王国のはずれになる小さな村の名前ですよ!」


 さすがゲールノート先生!


 そんな事まで知っているのか。


 やっぱり異世界の人は異世界に詳しい!


 …当たり前か。


「いやー僕はコルネリアには詳しくないんですけどね、若い頃、マリアンネという名前のエルフの女の子に恋をしたことがありましてね、その子の生まれ故郷が確かヴァルプルギス村でした。」


 ヴァルプルギスはエルフの村なんだ…。


 あの魔術書と何か由縁があるのだろうか。


 行ってみないといけないな。


「マリアンネは、すごい可愛らしい顔立ちだったのですが、それとは裏腹に、すごい真のしっかりした女の子で…。」


 ゲールノート先生は、マリアンネの話を続けていた。


 先生の恋話なんて興味ありませんから!


 と突っ込みたかったが、あまりにも楽しそうに話すので、最後まで聞いてあげる事にした。


 先生は、気の強い女の子がタイプのようだった。

 

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