第100話 13.フローマーとの時間

 僕は呪いのお香を使いすぎて、この世界から消えて死にそうになった事がある。


 その時の感じた怠さにすごく似ていたので、講義中なのもすっかり忘れて、一人で激しく焦っていた。

 


 慌てて自分の手足を確認するが、一応なんとも無い。だ、大丈夫なのか…?



 僕の焦りをよそに、黒魔術(中級)の先生であるノーラ女王は優しく爽やかな声で講義を続けた。



「今、怠さを感じている人が多いのでは無いかしら。


 召喚は黒魔術の中でも一番魔力を必要とするものなのです。


 ですので、自分の魔力に合わないレベルの高い召喚獣を呼び寄せてしまうと、魔力を吸い取られすぎて、最悪の場合、自分の命を落とす事になります。


 自分のレベルに合わせないといけないのです。


 良いですか、ここが一番大事です。試験にでますよ。」



 なるほど。この怠さは呪われすぎたというわけでは無いのだな。


 あの独特の怠さは時に感じるものだと思う。


 まちがいない。


 王様の話と合わせて考えると、誰かが、何かしらの理由で魔力が必要で、あの呪いによって人の魔力を吸い上げている…という事なんだろうな…。



 ◆◆◆



 僕は、午前中にゲールノート先生の黒魔術の講義を受け、午後はテーグリヒスベック城の執務室に向かい、マルゲリータの資料を整理したり、読んだり、それからティファニーが消えた時の事を、王様に報告したりしていた。


 マルゲリータ邸とテーグリヒスベック城の往復だ。


 夜は、フローマーと一緒に食事をとった。


 フローマーとは会話はできないけど、僕はフローマーに今日の出来ことを話した。



 フローマーは「にゃ?」とか「にゃーん。」とか「にゃ!」とか、なんか反応してくれる。


 僕は現実世界では本当に嫌な奴だったと思う。


 あまり人に優しくするという事をしてこなかった。


 どんなにひどい振る舞いをしても、大人たちは僕に好かれようと必死だった。


 スーパースターの僕を利用して金儲けしてたからね。



 でも、僕が交通事故にあって、バスケができなくなると、周りから人は本当にいなくなった。



 利害関係が無くても、ふつうに人と話ができるようになりたい。


 利害関係が無くても側に居てくれる人がほしい。



 こう言ったらおかしいかもしれないけど、現実世界で急に自分の性格を変えるのは難しい感じがしている…。


 なんか体面的なところもあって、気恥ずかしいというか…。



 だから、昔の僕を誰も知らないこの世界で、せめてふつうに良い人くらいには振る舞えるようになっておきたい…。


 そんな気持ちが僕の中にある。


 今、僕の側にはフローマーしかいない。


 言葉はあまり通じないけど、僕はフローマーを大事にしたい。


 ◆◆◆


 

 夜遅くまでテーグリヒスベック城の執務室でマルゲリータの過去の資料を読んだり、黒魔術(中級)の宿題をやったり、僕は忙しい日々を送っていた。


 資料を読んでいる最中に、ふと、フローマーの事を思い出した。


 そうだ。


 たまには早く帰って、フローマーとゆっくり時間を過ごそう。


 毎日、ご飯を作って僕の帰りを待っててくれるし。


「ただいまー。フローマーいる?今日は早めに帰ったよー。」


「にゃー!」


 奥の部屋から走ってきて、出迎えてくれた。喜んでいるようだった。


「いつもご飯作ってくれてありがとうな。今日は早く帰ってこれたんだ。


 たまには街で外食しないか?」


「んにゃーーーー!」


 フローマーは丸い目を、さらにまん丸にして驚いていた。


 でも、すぐに喜んでいる感情が伝わってきた。


 フローマーが喜んでくれるなら、なんでもしてあげたい。



 僕達は街へ向かった。


 フローマーは独り言なのか、僕に話があるのか、時々、「にゃー」とつぶやいていた。


 理解できないのは残念だが、今、フローマーが嬉しい気分なのは、テレパシーですごい伝わってくる。



 テーグリヒスベック城で働き始めて、はじめての給料が出た。


 そんなに多くはないけど、そのお金でフローマーにプレゼントしたい物がある。


 結構自信あるのだけど、喜んでくれると思う。


 喜ばせたいので、直前まで秘密にしておこうと思う。

 サプライズプレゼントだ。



「夕飯はどこのお店がいい?君は好き嫌いなくなんでも食べるよね。


 お酒もそれなりに飲むし…。」


「にゃー!」


 フローマーは目を輝かせて、指しているお店があった。


 シーフードレストランだ。


 人獣と言えど、魚が食べたいなんて、やっぱり猫なんだな。



「シーフードが良いの?君がそう言うなら、そうしよう。」



 フローマーと店に入ろうとした時、突然僕たちに声をかける人がいた。


「あら!ベルギウスじゃない。こんな所で会うなんて!」


 振り返ると、真っ赤な髪を風になびかせて立っているティアナがいた。


 はぁ、いつみても可愛い。


「やぁ!ティアナ!一人で珍しいね!」


「ミルコと離れてしまったのよ。んもう。頼りないボディーガードなんだから。」


「あ、僕があげた指輪、してくれているんだね。」


「えぇ、とっても気に入っているの。


 可愛いし、あながたくれた物だから…。」


 僕がくれたものだから?ちょっと深読みしちゃうな。そのセリフ。


 それにしても王女様が街に一人でいるなんて、危ないよな。


 そうだ。一緒に食事に誘ってみよう。フローマーだって喜ぶはずだ。



 僕はフローマーを紹介しようと振り返るが、フローマーの姿が見当たらない。


 いったいどこへ行ってしまったのだろう。


 フローマーを探しに行きたい気持ちもあるが、今は王女のティアナが一人でいるほうが心配だ。


 フローマーには悪いけど、ティアナについて行くことにした。

 

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