第101話 14.月の光に輝く唇

 ティアナにお腹が空いたと言われて、一緒に夕飯を食べることにした。


 家に帰ったら、フローマーに激しくあやらまないとな…。



 ティアナは目立たないように、いつも身にまとっている艶のある高価そうな洋服ではなく、僕たちと同じようなレオンハルトの庶民服を着ていた。


 それでも髪の毛が真っ赤なので目立ってしまうのだけれども、こうして庶民の集う酒場で食事をしていると、誰もが王女だとは思わないだろう。



 所狭しと置かれたテーブルに人々が座り、その中を店員が人にぶつかりながら料理を運び、わいわいがやがや騒がしい酒場が物珍しいようで、ティアナは楽しそうだった。


 突然、アコーディオンとバイオリンを持った人が店の中に入ってきて、陽気な音楽を鳴らし始めた。


 すると、店の中央部が少し開けていいる場所で人々が踊り始めた。


「えー!人が踊ってるよ!」


 始めは驚いていたティアナだったが、自分も踊ると言い出し、強引に僕の手をとって、踊っている人たちの中に入った。


 ティアナの踊りは酷かった。リズムには乗ってないし、お世辞でも上手とは言えないほど、かっこ悪かった。


 でも、本人は今まで見たことないくらい目を輝かせて、弾けんばかりの笑顔で、めちゃめちゃ楽しんでいる。


 僕はティアナといると不思議な気持ちになる。


 王女様なのに、まるでふつうの女の子で、全然ちがった世界で生きて来たのに、自然に楽しく話ができる。


 何時間一緒にいても、飽きなくて、楽しくて、もっともっとティアナの事が知りたい。


 まだまだ一緒にいたいと思う。



 僕も負けずに踊った。


 クラブとか行った事なくて、踊りは初めてだったから、ティアナ以上に酷かったと思う。


 でも、思い切り踊った。


 お互いの踊りがひどくて、ティアナと腹を抱えながら笑いあった。


 食事でティアナが一番喜んだのはデザートに出てきたオレンジだった。


 コルネリアでは柑橘類は気候的に合わないのか無いらしく、食べたことも見たこともないと言ってた。


 甘くておいしいと感激しながら食べる姿が、また可愛くて、見ていて僕まで幸せな気持ちになった。


 踊って、お酒も飲んで、腹もいっぱいになり、僕はティアナを家まで送る事にした。


「はー、楽しかった。こんなに笑ったのは本当に久しぶり。


 あんな事、コルネリアではできないわ。


 レオンハルト王国って楽しいね!


 黒魔術の講義が終わっても時々来たいなー。」


「来ればいいじゃないか。僕はいつでも歓迎だよ。」


「え?そう?月に一度くらい、遊びに来ちゃおうか。あはは!」



 日はとっくの昔にくれていて、今は月明かりだけが頼りだ。


 この異世界では月は3つもあるが、今日は周期的に1つしか空に浮かんでいなかった。


 ティアナは僕を見ながら後ろ向きに歩いていた。


 酔っ払っているせいか、石畳に足を取られて転びそうになる。


「あ!あぶない!」


 僕はティアナを抱きとめた。


「大丈夫?ティアナ」


 僕の胸の中に、今ティアナがいる。


 すごく細くて、柔らかくて、ふわふわしてる。


 た、たぶん胸が僕の腕に当たっている…。


 い、意外と大きい!!!


 ティアナが振り返ると、ティアナの吐息が僕の頬にあたり、そして目が合う。


 真紅の瞳が僕の目を真っ直ぐに見つめていた。


 その瞳と、そして唇に吸い込まれそうになる。


 ティアナの唇…。月の光に輝きプルプルしている…。



 時が止まったように感じた。風すらも。


 僕の心臓だけが高鳴った。


 王女の唇を一介の賢者が奪っていいのか…。


 そんな理性が一瞬よぎったが、先の事とか今キスしたらどうなるとか、そんなの関係なくて、ただ僕はティアナとキスがしたい、そう強く思った。


 君の唇を奪ってもいいよね…。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る