第99話 12.ノーラ王妃の黒魔術

 コルネリア王ディートリッヒ3世とその妻ノーラ王妃。


 2人は完全な政略結婚ってやつで、夫婦仲はあまり良くないと専らの噂だった。


 王様は毎日激務で、王妃と食事をする事もほとんどなく、話をする事もほぼ無いのだそうだ。


 その為か王子もいない。



 いつもより早く黒魔術の講義室についたのに、僕以外の生徒は全員すでに席についていた。


 今日はノーラ王妃の授業だ。


 緊張とワクワクが高まっているのは、僕だけでは無いようだ。



 席はティアナとミルコの後ろの席しかなかった。


 この前の一件以来、なるべくミルコから離れた席を選んでいたのだが、仕方ない。



 ドアが開いて、ゲールノート先生がいつものように入ってきた。


 ノーラ王妃が続けて講義室に入ってきた!


「今日の講義は、黒魔術の中でも最も難しいとされている召喚について学びます。


 前回も連絡した通り、ノーラ王妃様です。」



「みなさん、こんにちは。


 王妃の私が黒魔術の講義なんておかしいと思うかもしれないけど、こう見えて黒魔術はとても得意なのです。


 王妃になってからは、少しでも若い人たちに黒魔術を伝えたいと思って、この授業だけは担当させてもらっています。」


 …………王妃って、確か王様と同い年だったはず。


 50歳くらい?


 王様は白髪混じりの年相応のおじさんだったけど、王妃様は信じられないくらい若く見えた。


 20代と言っても過言では無い…。



 巷では、良い物だけを食べて、高級な化粧品を使って、高級なあれこれを使っているから、若く見えるって話を聞いたことがあったが、ここまでとは。


 そういえば町の本屋でティファニーが「ノーラ王妃の美容と健康」という本を購入して、今大人気の本だと教えてくれた事があった。



 目鼻立もはっきりしていて、グレーの瞳が大きくて、シルクのような金髪のロングヘアーがサラサラ揺れる。


 王様とは違って、凛とした中にも可愛らしく、優しい人がらがにじみでている。


 近くに寄ったらいい香りがするにちがいない。



「召喚というと、みんなすぐイフリートやサラマンダーなどの召喚獣を思い浮かべるかもしれないけど、そういうS級クラスの召喚獣はとても危険だし、相当な訓練と魔力が必要です。


 今日は、まずは簡単なところから始めますよ。」


 ゲールノート先生が、ノーラ王妃が話している間に、生徒全員に球体の水晶を配った。


「あ、それからみなさん自分の杖があると思うけど、今日はこのエキナセアの杖を使ってもらいます。


 召喚するにはエキナセアの杖が一番なんです。」


 ラベンダー色の品の良いドレスをまとい、話をする時は両手を胸の前に合わせながら話す姿が、軽やかで大人のセクシーさを感じる。


 美しい女王に魅入ってしまう。



 王妃は全員に杖が行き渡ったのを確認して話を続けた。



「今日はまず召喚ではありません。


 この水晶にあなたたちの一番愛する人を映し出してみましょう。


 これが召喚の基礎になる魔術です。


 本当はね、誰でもいいんです。


 でも、自分が一番気になっている人が成功しやすいのです。


 だから愛する人なんですよ。さぁ、みなさん。


 目をつぶって、愛する人を思い浮かべましょう。


 そして呪文を唱えるのです。」



 愛する人。僕の中では、まだティファニーだった。


 でも、今、ティファニーはシルヴィオと一緒にいる。


 ティファニーだけは映し出したくなかった。



 現実世界では、僕が事故にあって、落ちぶれたスーパースターになっても連絡をくれたナナちゃん。


 不純な動機で付き合い始めたけど、こんな僕の隣に居てくれるなら、ちゃんとナナちゃんとと向き合って、大切にしたいと思う。


 現実世界に戻れたらだけど。



 僕はナナちゃんを思い浮かべて集中して詠唱した。僕の魔力を水晶に送る。



「水晶よ、我が愛する人を映し出したまえ。」



 僕は、そーっと目を開け水晶を覗き見る。


 ぼんやりとだけど、人が映っている!あれ?ナナちゃんが随分毛深い…。


 え?ナナちゃんじゃ無い、これは、フローマー!


 いや、フローマーも大好きだけどさ、何がいったいどうして!


 笑っちゃうな全く。


 こんな基礎中の基礎もできないなんて、僕は召喚魔法は向いてないのかもしれない。


 前の席にいるティアナの水晶には、僕と違ってくっきりと鮮明に人が映っていた。


 あれは間違いなくティアナの父、コルネリア王だ!


 ミルコでなくてよかった!



「はい、そこまで。水晶へ魔力を送るのをやめて下さい。」



 僕は言われた通り、魔力を送るのをやめ、杖を机の上に置いた。


 すると不思議な怠さが僕を襲った。


 あれ?この怠さは、呪いのお香を使いすぎた時に感じる怠さにすごく似ている…。



 まさか、ここで僕は消え始めるのか?!


 それは困る!


 まだ何もしてないのに!


 マルゲリータの予言によると、僕はこの呪いの秘密を解き明かす勇者のはずなのに!!!しかも妻と一緒に!


 まだ、消えたく無い!消えるには早すぎる!!!!

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