第63話05. 偽名 〜僕は現実世界での名前を忘れたかった。誰にも正体をばれたくなかった〜
僕はマルゲリータの言いつけを守って、週に一度だけお香を使うようにした。
何回か来たら、マルゲリータが勝手に僕の名前を決めた。
「お前の名前はベルギウスにしよう。
この異世界の人ははみんなそんな名前なんだよ。」
ベルギウス?なんかどこかの星座みたいな名前だけど、僕に拒否権や意見を言う権利は無いようだった。
偽名を使えるのは、僕にとってはとても都合の良い事だった。
僕の本名である沢口壮太は、多くの人が知りすぎている。
今後、ここにいれば、現実世界から来た人と会うかもしれない。
歩けない惨めになったスーパースターの名前なんて名乗りたくなかった。
それから、時々こちらに来るなら、職業についてないと法律違反になるとマルゲリータに言われ、僕は仕方なく職業を選んだ。
マルゲリータと同じ賢者にした。
興味がないから職業はなんでもよかった。
マルゲリータが賢者だったから、いろいろ教えてもらえら楽だなーくらいにしか思っていなかった。
マルゲリータは僕が賢者を選んだことを前向きに捉えたようだった。
「賢者の基本を教えるから、その後、呪いについて自分でも研究してみるが良い。」
「お香を使っても、死なないようになるんすか?」
現実世界よりも異世界にいたい。
お香は週に一度じゃなくて、毎日使いたい。
「それはあんたの研究次第だ。
実際のところ、私にもまだ分からない事が多すぎるんだよ。」
マルゲリータの部屋には数え切れないほどの魔術の本があるが、向かって左半分が黒魔術、右半分が白魔術の本である事がわかった。
マルゲリータは僕に呪いの研究をして欲しいからと、黒魔術の事ばかりを教えた。
黒魔術のエネルギーの源は、術者の魔力であり、精霊に願いを叶えてもらう代わりに自身の魔力を与えている事などがわかって来た。
マルゲリータは、呪いのお香を使ってしまった人を、どうやったら救えるかを研究しているようだった。
表向き研究に協力しますとは言ったけど、僕の狙いはマルゲリータとは違っていた。
現実世界で死なずに、こちらの異世界に居続けるにはどうしたら良いのか、を知りたかった。
そのためには、あのお香が一体何で、どうしてこちらに来れているのか、その仕組みを知る必要があった。
もし、それが分からなかったとしても、何かと契約し、何かを代償にすれば、現実世界の僕が歩けるようになる方法があるのではないかと思った。
黒魔術には、僕の明るい未来へのヒントがたくさん隠れている、そんな気がした。
僕はそのヒントを絶対につかみ出す。
「随分必死に勉強するな。ベルギウス。」
マルゲリータは一生懸命勉強する僕をみて嬉しそうだった。
「まぁ、できれば死にたく無いっすから。」
マルゲリータが静かなので、僕は本から目を離し、マルゲリータの方を見た。
壁に飾っている写真を眺めていた。
「息子さんですか?」
僕より少し年上かな。
マルゲリータと一目で親子とわかるくらい、そっくりな青年の写真が飾ってあった。
「あぁ。現実世界でね。一緒に暮らしているんだ。
昔は可愛かったんだけど、最近ではあまり話してくれなくてね。
息子ともあんたと同じくらい、いろいろ話せたらよいのだけど…なかなかね。」
「息子さんが好きなんですね。」
「子供のことを嫌いな親なんていないさ。
あんたも子供ができればわかるさ。」
僕は自分の両親のことを思った。
僕が車いすになってからは、特にたくさん守ってくれた。
それなのに、僕はひどい態度をとったりして…。
僕はマルゲリータに黒魔術を教えてもらいながら、呪いについては本を読みながら、賢者として知識を身につけて行った。
アガサが出した火の魔法くらいは簡単に出せるようになった。
もちろん、僕の炎の龍はミミズサイズではない。
頑張ったら犬くらいのサイズは出せる!
週に一度、異世界に来るのが楽しみでならなかった。
アガサとフローマーと一緒に遊ぶのも楽しかったし、黒魔術の勉強もたくさんしたかった。
時間が全く足りない。
現実世界が週に1回だったらどれだけいいか。
もう少し異世界にくる頻度を増やせないか、そんな事ばかり考えるようになった。
僕はいつも通り、黒魔術の本を読んでいると、部屋の外でマルゲリータがかなり怒って声を荒げている様子が分かった。
いったい何事かと思い、急いで部屋をでると、アガサを激しく怒っているようだった。
あんな小さい子供に、どうしてそんなに怒っているんだ?!
僕は慌てて、アガサに近寄った。
「どうしたんだアガサ。
なにをそんなに悪い事してマルゲリータ様に怒られてるんだ?ん?」
僕は優しく問いかけ、後ろから抱きしめようと、そばまで寄った時、アガサの体が透けていることに気がついた。
「アガサの体が透けている!?」
アガサは目に涙をいっぱいに溜めて振り向いた。
「お兄ちゃん、ごめんね…」
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