第130話 43.現実世界 1年後

 新解呪の薬ができてから、僕は現実世界によく帰ってくるようにしていた。



 窓の外のマスコミカメラマンが居なくなったようなので、僕は一大決心をした。


 家の外に出る!


 今まで、マスコミのカメラが怖くて、家から出られなくなったが、今ならいける!


 一生、家の外にいるわけにはいかないしな。



 とは言っても、さて、どこに行くか。


 人が大勢いるところは避けたい。


 外出先に悩んでいると、母さんが家の近くの公園を提案してくれた。


 本当は、買い物とか、映画を見に行くとかしたいけど…、外出訓練第一歩には、公園くらいがちょうどいいだろう。



 ナナちゃんも付き合ってもらうことになった。


 ナナちゃんは、いつも呼べばすぐ来るので助かるのだが、仕事が本当に無いようで、それはそれで少し心配だ。



 公園はとても近く、徒歩5分でいける場所にある。


 車いすの僕がいても10分はかからないだろう。


 二人は弁当を作り始め、公園でお昼を食べようという事になったようだ。


 楽しそうに弁当を作っているのが、台所から聞こえてくる。


 僕が外に出る決意をしたのを、とても喜んでくれているのが伝わってきた。



 春の日差しが温かそうな日で、たかが公園なのに、僕はすっごくワクワクしている。


 ベルギウスとして培った植物の知識をひけらかしてしまいそうだが、そんな事しないように気を付けなければ。



 念のため、深めのキャップをかぶりマスクもし、ナナちゃんも大きめの帽子をかぶりサングラスをして、玄関のドアをあけた。



 家を出て、数歩も歩かないうちに、僕たちの前に人が立ちはだかった。


 な、なんだ?!


 と思っていると、カメラを構えて、すばやく数枚写真を撮った。


「沢口壮太さんですね。少しお話聞かせてもらえませんか!!!!」


 マスコミだった。


 家の窓から見えないところに隠れていたのだ。


「すみません。僕は一般人なんで、写真は撮らないでもらえませんか。」


「一緒にいるのは、女優の広樹ナナさんですよね!


 では、ナナさん!お話聞かせてもらえませんか!」


「す、すみません。今はプライベートなんで…。」


 嫌がるナナちゃんを無理やり写真に収めているマスコミを防ごうと、車いすを一歩前に漕いで、手を伸ばした。


 ガタン!


 そこには小さな段差があり、僕は前のめりで手を伸ばしていたため、車いすごと倒れてしまった。


 僕の膝の上にあったお弁当が地面に転がり、ナナちゃんとお母さんが作ってくれたおにぎりが、砂まみれになって転がっている。


 マスコミは、やばいと思ったのか、倒れた僕を助けたりもせずに逃げて行った。


 母さんとナナちゃんが、せっかく作ってキレイに盛り付けてくれたお弁当が、地面に転がっている。


 母さんの助けもあり、僕は車いすに座りなおした。


 ナナちゃんは泣きながら、地面に転がったおにぎりや空揚げを拾い集めていた。


 僕はそんなナナちゃんを見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 ナナちゃんはこんなに僕につくしてくれているのに、僕は何もしてあげられない。


 どうして、こんな僕の側にいてくれるのだろう。

 

 今まで自分のことで精一杯だったけど、ナナちゃんの涙を見て、ふと気が付いてしまった。


 現実世界での僕は、無職で外出すらできなんだ。なんて情けないんだ。


 ◆◆◆


 数日後、ぼくはナナちゃんに別れを告げた。


 ナナちゃんがいなくなると、友達すらいなくなってしまうけど、それは僕の甘えだと思う。


 僕はナナちゃんに釣り合う人間ではない。


 すごく美人で明るくて可愛いナナちゃん、僕とじゃなくて違う人と付き合って、幸せになってほしい。



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