第23話 現実世界への未練


 現実世界への未練なんてない。


 母さんは異世界で死んだ。


 ベルギウスもおそらく現実世界に戻る事なく、このまま異世界で死ぬのだろう。


 俺も、ティファニーと結婚して、この異世界で暮らして死んで行く、悪くないと思う。



 現実世界に未練なんてない。



 現実世界ではひとりぼっちの俺。


 異世界には、生死を共にした親友ベルギウスがいて、心優しいフローマーがいて、なによりも愛すべきティファニーがいる。




 現実世界に未練なんてない。


 俺はこのレオンハルト王国での世界を異世界と呼び、どこか夢のようなものだと理解していた。


 その夢のような世界が、俺の現実世界になるんだ。




 現実世界に未練なんてない。


 ティファニーと結婚して、コルネリア王国で一緒に暮らして、子供ができて、俺は一生懸命子供のために働いて、この国で死んで行く。


 それでいいのか。



 現実世界に未練なんてないはずだ。


 未練なんてないはずなのに、どうしても、輝かしいこの異世界を、俺の現実世界にする事に違和感を感じて仕方ない。



 俺は現実世界に戻ってきた。


 久しぶりに家の周りを散歩した。


 毎日、家と会社の往復なので、こうして家の周りを歩く事は10年ぶりか、いやそれ以上かもしれない。


 暖かい日差しが気持ちいい。


 子供の頃、一生懸命通ってた公園、父さんとよく来た駄菓子屋。


 俺が具合悪くなると、母が連れて来てくれた小さい内科医院。


 中学生の頃、友達と試験勉強をした図書館。



 俺はこの現実世界ではボッチだと思っていたが、思い出は沢山あるんだ。



 今の俺の現実は、つまらなく厳しいものかもしれない。


 だけど、俺の生きて行くべき世界は、現実的なこの世界なんだ。



 俺はあの異世界は、夢のような物なんだと、自分自身で、そういう風に思っている事に気がついた。


 母が死に際に言った通り、ベルギウスの言う通り、もう異世界には行くべきではないんだ。



 ただ、ティファニーの事を考えると、苦しかった。



 俺はティファニーの事を心の底から愛していた。


 こんなに愛せる人は、もう二度と現れないだろう。


 そして俺の事を愛してくれる人も、二度と現れないだろう。



 お香の数も、もう10本もなかった。


 結婚の約束ができるほど、もう異世界に行くことはできなかった。



 俺は卑怯にも、ティファニーに別れの手紙を書いた。


 会って話したら、別れられなくなると思ったからだ。



 そっと異世界に行き、手紙を置いて、すぐに誰にも見られないように、マルゲリータ邸を去った。



『ティファニー、愛してる。

 でも、君の横にずっといる事ができない事情があるんだ。

 君と過ごした日々は幸せで、俺は一生忘れない。

 結婚できなくて、ごめん。』


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