第141話 10.失意の壮太

 壮太君が大怪我?!


 バスケットボール選手の沢口壮太さんって、壮太君の事だよね?!


 同姓同名?いや、バスケットボール選手って出てるから、どう考えても壮太君の事だよね?!


 携帯にメッセージを送ってみたけど反応は無い…。


 お願い!嘘だって言って!



 次の日、やっと壮太君のお母さんと連絡がとれて、病院の場所を教えてもらった。


 手術が終わって意識を取り戻し、面会はできるようになたったみたい。


 すぐタクシーに乗って病院に向かった。


 心配でたまらない…。

 壮太君、大丈夫だよね…。

 怪我、すぐに治るよね…。


 病院の前にはマスコミのカメラがたくさんいて、たくさん質問されて、たくさんマイクも向けられた。

 

「ごめんなさい。どうか通してください。」

「今はご質問に答えている場合じゃなくて…。」

「どうか、壮太君の様子を見に行かせてください。」


 昨夜は心配で眠れなかった。


 一刻も早く、壮太くんの様子が知りたいのに。


 泣きながら、何度も同じセリフを繰り返して、なんとか病院に入ることができた。


 病室の前に、壮太君のお母さんがいた。


「ナナちゃん、来てくれてありがとう。でも、壮太は今、精神的に参っているみたいで…。」


 お母さんは泣きはらした顔をしていた。


 前に一度会った時は丁寧に整えられた髪の毛も、今日は乱れていて、昨夜から寝ていないようだった。


 そして、壮太君は腰の骨を折ってしまい、歩けるようになる可能性はほぼ無いと、お医者さんから言われたとの事も教えてくれた。


 お母さんの目から、大粒の涙がいくつも流れた。


 もう、涙を隠すのも忘れるくらい、悲しみが溢れていた。



 壮太君は、もうバスケができないって事……?


 あんなに上手なのに…、あんなに一生懸命、頑張っていたのに…。



 この部屋の中に、本当に壮太君がいるの?

 お母さんの涙を見ても、信じたくない。

 自分の目で見ないと…。


 ノックをしてみるけど、返事はない。


 お母さんが思い出したかのように鞄から本を出した。


「これ、壮太が好きな漫画の最新刊なんだけど、渡してもらえないかしら。」


 鋼の刃の最新刊だった。

 お母さんが渡せないほど大変なの?


 私はおそるおそる病室に入った。


 壮太君は有名人なので、個室を用意されていた。


 大きな窓がある部屋だったけど、マスコミのカメラを恐れて、カーテンがかかっていた。


 壮太君は、車いすに乗っていた。


 カーテンで隠れていて何も見えない窓を、何をするわけでもなく、ただじっと見つめていた。


「壮太君…。」


 名前を呼んでみたけど…こんな時、どんな言葉をかけたら良いの?


「大変だったね…。」


 反応はない…。

 どうしよう…。


「今までバスケとかテレビ出演とか、忙しすぎたから、しばらくゆっくりできるね。」


「何しに来たんだよ…。」


「何って、心配で…。」


 気まずい沈黙が流れる。

 壮太君はずっとカーテンの方をみていて、私の方を向いてくれない。


「帰れよ。」


「う、うん。ごめんね。」


 病室を離れようと思って、手に鋼の刃の最新刊を持っているのを思い出した。


「こ、これ。鋼の刃の最新刊…。」


 壮太君に近寄り手渡そうと思ったけど、受け取ってくれなかったので、壮太君の目の前にあったサイドテーブルの上にそっと置いた。


 壮太君はゆっくりとした動きで漫画を手に取り、しばらく表紙を眺めていた。


 そして、急に振りかぶって、ドアに力いっぱい漫画を投げつけた。


「ご、ごめんね!」


 怒らせちゃったのかな。怖くなって、私は病室を慌てて出た。


 外に出ると壮太君のお母さんがいて泣いていた。


 私はお母さんを抱きしめて、一緒に泣いた。



 しばらく一緒に泣いた後、お母さんが言った。


「ナナちゃん、ごめんね、せっかく来てくれたのに、うちの息子があんなんで…。」


「いえ、謝らないでください…。今はまだ事故のショックが大きいんですよ…。」


 そしてお母さんは、鞄の中から何かを取り出した。


「これ、知り合いがリラックスするっていうお香をくれたの。


 少し多めにもらったから、ナナちゃんにもあげるわ。


 ごめんね。せっかく来てくれたのに、お礼が何もできなくて…。」


 そういって、壮太君のお母さんがくれたのは、不思議な香りのするお香だった。


 お香はヴァルプルギス村の生贄の儀式ぶりだった。


 香りも似ているような気がしたけど…、たぶん気のせいだよね。


 あれがこの日本にあるわけがない。


 せっかくのお母さんの好意を無下にするわけにもいかないので、いったんお香を受け取った。


●●●


 今日も仕事はなかった。


 沙也加さんはKaoriちゃんと一緒に、朝早くから仕事にでかけ、まだ帰ってきてない。


 

 仕事が無い。


 もう沙也加さんにとって、私は必要ないんじゃないかな。


 ここを出ていくように言われたらどうしよう。


 私に行く場所なんてどこにも無いのに。



 

 壮太君が事故で歩けなくなってしまった。


 あんなにバスケの才能があるのに…。


 病院で会った壮太君は、まるで別人だった。


 私の知っている元気で明るい壮太君には、もう会えないのかな…。


 漫画を投げつけられた時の事を思い出した。


 すごく怖かった。


 

 どうしよう。


 孤独だった。


 何したらいいか分からない。


 

 沙也加さんもいなくなって、壮太君もいなくなったら、これからどうやって生きていこう。


 私には誰もいない?


 この先どうなっちゃうの?


 

 一人っきりの部屋で泣いた。


 たくさん泣いた。




 いくら泣いても、悪い事ばかりしか頭に浮かばない。


 そうえいば、壮太君のお母さんからお香をもらったな…。


 

 ちょっと、気持ちを落ち着けよう。


 私はお香を焚いた。


 

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