第2話 行方不明の母


 最近、最悪なのは会社生活だけではなかった。


 家に帰ると、玄関前にスーツを着た男の人が立って、俺を待っていた。


 母の編集者さんだった。


「あ、鈴木さん。お疲れ様です。


 あのぉ、お母様から、その後、連絡等ありましたでしょうか。」


 母は父が亡くなってから急にファンタジー小説を書くようになった。


 話自体はそんなに面白いとは感じなかったが、あの母が現実離れした世界観を創造したという事が、とても意外だった。


「実は、私も連絡が取れなくてとても心配しているんです。


 どうぞ、上がっていってください。」


 この編集者さんは、俺の携帯にも何回か電話をかけて来て、母とは連絡が取れないことを伝えてあったのだが、埒があかなくなってとうとう、家にまで来たのだろう。


 亡くなる前の父の稼ぎも、母も俺の稼ぎもそんなに良いわけではなかったので、家は、昭和の雰囲気丸出しの古くて小さいものだった。


 編集者さんと一緒に、家の電気をつけ、数少ない部屋を見て回った。


 やはり母は居なかった。


「お母様は居場所がわからなくなる時はよくあったのですが、連絡は今まで取れていたんですけどね。


 こう何日も連絡が取れないと、ちょっと困ってしまって…。」


「社会人として連絡が取れないないんて、あるまじき行為ですよね。


 本当に申し訳ないです。


 ところで、なぜ居なくなってしまったか心当たりありませんか?


 締め切りが迫っているとか…。」


「いえ、締め切りも今月はありませんし、なぜ居なくなったのか、私の方では全く見当がつかないんです。」


 この編集者さんも本当に困っているようだった。


 その後、少し雑談を交わした後、そろそろ母の捜索願を警察に出した方が良いのではという話にまでなった。


 編集者さんが帰った後、警察という言葉を聞いたせいか、心配な気持ちがさらに大きくなった。


 そもそも親戚もおらず、母が頼りにしそうな人も思い浮かばない。


 母さん!!いったい何処にいってしまったんだよ!!


 仕事している場合じゃなくて、母さんを探しに行きたいが、行く宛もなく、繁忙期で会社を休むのもキツイ。


 会社ではこれ以上昇進も見込めず、給料だって上がらない。年下にはバカにされて生活する日々。


 くそっ、どうしていいか分からずイライラする。


 何か手がかりはないかと、あまり入ることのなかった母の書斎に入った。


 母の仕事部屋のためか、この部屋だけは完全に母の趣味のインテリアになっている。


 本棚や作業机などの家具と床は、全てニスの光沢が光るダークブラウンで統一されていて、重厚な洋風な感じだった。


 机の上には小説を書くときに使っていたパソコンが開いたまま置いてあった。


 積み重なった本、小説の参考にしたであろうさまざまな写真が無造作に置かれていた。


 そして、いつも母からしていた不思議な香り。


 そうだ。母はよくお香を焚いていた。


 そして、だから触らないように注意されていたのも思い出した。


 呪いなんてこの世の中にあるはず無いし、バカバカしいと思ったをよく覚えている。

 



 部屋を見渡すと、案の定、窓際にお香たてが置いてあった。


 近くにお香も数十本、まとめて綺麗に置いてある。


 ふと、母がいつもしているように、お香を焚いてみたくなった。


 束から一本抜き出し、お香立てに置いた。


 ふんっ、何が呪いがなんだよ、バカバカしい。


 俺は迷わず火をつけた。



 煙が上がってきて、少し甘い感じの香りが、俺の周りを漂い始めた。


 そうだ、母からしていた不思議な香りは、このお香のものだった。


 母は間違いなく、このお香を愛用していたと確信する。



 お香の香りを楽しんでいたら、吸いすぎたのか少しめまいを感じて、その場にうずくまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る