第56話 最後のお香〜もう異世界に来るのもこれが最後。彼にも会えなかったし…私ってこれからどうなるのかな〜

 お香は最後の一本だった。これが最後の異世界。


 ベルギウスには悪いと思ったけど、迷わず焚いた。


「ベルギウス、ごめんなさい。最後のお香を使ってきた。」


 ベルギウスの機嫌は悪かった。


「解呪の薬の作り方がわかったよ。


 僕はこれからアルゲンのダンジョンに行って、薬の材料をとってくる。


 そしたら、薬を飲むんだ。いいね。ティファニー。」


 ベルギウスは頑張ってくれてるけど、私はその薬は飲まないよ。


 ごめんね。ベルギウス。



 お香はもう無い。


 鈴木さんは戻ってこなかった。


 私は何もかも諦めていた。



 その時、フローマーが珍しく大きな声でニャーニャー言っている。


 どうしたのかと思ったら、だれか人を抱えてやってきた。


 心優しいフローマーがこんな事をするなんて信じられない。



 いったい誰を抱えてきたのかと思ったら、す、鈴木さん?!


「ひ、久しぶり。ベルギウス、ティファニー。」



 ずっと会いたかった鈴木さん。


 お香はもうない。


 今更、現れたって、もう遅い…。



 私は、鈴木さんに会いたかったはずなのに、複雑な気持ちになって、どうしたら良いか分からなくなって、部屋に戻ってしまった。



 ベルギウスと鈴木さんは、夕飯までには帰ると言って、出かけてしまった。


 しばらく心を落ち着けて考えてみると、もうお香はないから、この美人なエルフとして鈴木さんに会う事はできない。



 だったら、最後にちゃんと私の姿を見てもらおう。


 ちゃんと話してお別れしよう。



 そうだよ、私は鈴木さんに会うために、このマルゲリータ邸で待っていたのだから。


 私は、鈴木さんとベルギウスを出迎えに、マルゲリータ邸の門まで出た。


 しばらくすると、向こうの方から鈴木さんが一人で走って来るのが見える。



「シルヴィオ、さっきはごめんなさい。急に現れたから、私動揺しちゃって…。」


 鈴木さんは、急に私を抱きしめた。


「シルビィオ、い、痛いよ。」


「ティファニー、ごめん。俺、君のことを置いて行ったりして。


 俺は君の事が好きだ。」


「ど、どうしたのシルヴィオ、急に。」


「現実世界で元気に暮らしていけるように解呪の薬を飲むんだ。」


 現実世界で?私が小鳥遊たかなしって気がついてたの?


「えっと、わ、私、現実世界になんて戻りたくないの。


 ここ異世界で暮らしたい。


 優しいお父様とお母様がいて、あなたやベルギウスもいる、この世界で暮らしたい。」


「ここは俺たちの世界じゃない。


 わかっているだろう?ティファニー!いや、小鳥遊さん!


 一緒に現実世界に戻ろう。俺たち現実世界で結婚しよう!」


「わ、私の事、気がついてたの?」


「君は俺が鈴木だって最初から分かっていたはずだ。


 俺は外見は変わってないからな。


 君はエルフだったから小鳥遊さんだって気がつくのに、すごく時間がかかったよ。」


「ティファニーじゃなくて、現実世界の小鳥遊でも…その…。」


「ティファニーも小鳥遊さんも君じゃないか。俺は君と結婚したいんだ!」


「現実世界の私は美人じゃないし、ダメなところしか見せてないし、何にも良いところなんてないし…どうして?」


「俺は異世界で君の可愛いところ、優しいところ、たくさん見てきた。


 現実世界だろうと、異世界だろうと、君は君じゃないか。


 それに、現実世界の君も、僕にとっては十分すぎるくらい可愛いよ。」


 現実世界の私でも、いいんだ…。


「ありがとう…。」


 鈴木さんは優しく抱きしめてくれて、そしてシルヴィオとして、最初で最後のキスをしてくれた。

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