第121話 34.消えたエンリコの手

「誰か!!!!!誰か急いでベルギウス様を呼んで!!!」


 王様の執務室で話していた僕たちの耳に、テレジアの悲鳴が聞こえてきた。


 王様、ミルコ、ティアナ、そして僕は急いでテレジアがいる中庭へと向かった。


 もしかしてエンリコに何かがあったのではない。



 中庭でエンリコが自分の両手をみて立ちすくんでいた。


 いや、両手があるらしき場所と言った方が良いだろう。


 エンリコの両手は肘から先はまったくないような状態だった。


 体が消える範囲が広がった!



 まずい!危険な状態だ!



「ベルギウス様!どうか、どうかエンリコを助けてください!!!」


 テレジアは僕にしがみついてきた。


「まずは一度、エンリコと話をさせてください。」


 しかしテレジアは僕に強くしがみついていて、離れようとしない。


 泣きながら「エンリコが消えていってしまう。エンリコの手が!!!」と喚き散らしている。


 気が動転していて、自分が何をしているのかわからないのだろう。


「王様!このままではエンリコをみれません!


 テレジア様を抑えてください!」


 王様とミルコが力づくでテレジア様を僕から引き離した。


 自分の手を見て呆然と立っているエンリコの肩に触れてみた。肩にはまだ触れることができる。


「エンリコ、僕のことを覚えているね。


 この前一緒にボール遊びをしたベルギウスだよ。」


 エンリコは正気のない目で僕の方を見た。


「お兄ちゃん。僕のね、手がなくなってしまったの。僕の手が無いの。」



「薬を飲めば治るかもしれないんだ。


 でも、そのためには、人間として生きていくか、エルフとして生きていくかを決めないといけない。


 この前会った時、ちゃんと考えるように言ったの覚えているな?」


 エンリコは大きく、自信を持って頷いた。


「僕はエルフとして生たいよ。おにいちゃん。」


「そうか。では今から薬をだすよ。


 でも、この薬を飲むと、二度と人間には戻れないよ。いいんだね。」


 テレジアが隣で心配のあまり喚いたり、暴れたりしていた。


 ミルコと王様が必死に抑えてはいたが、声がうるさくて、エンリコの小さい声が聞こえない。


 大事な話をしているのに!


 僕はテレジア様のそばにより、ほっぺにビンタを食らわした。


「エンリコを救いたくないのですが!!!


 今、エンリコと大事な話をしている!


 あなたの声がうるさくて話ができない!」


 そのビンタでテレジア様は少し正気を取り戻したのか、その場に座り込み大人しくなった。


 王女様を殴ってしまった。

 これまた王様に激怒されるな。


 でも、今はそれどころではない。


「エンリコ、エルフとして生きていくと言ったね。


 この薬を飲むと二度と人間には戻れなくなるよ。


 それでも本当に良いね。」


 エンリコは大きく頷いた。


 5歳の子供に人生を決める大きな判断をさせるなんて…。


 でも、たとえ5歳であっても、僕が勝手に彼の人生を決める事もまたできない。



 エンリコにとって何が正解なのか、僕にはわからない。


 でも、5歳といえど、それは彼が選んだ人生なのだから、尊重するしか無い。



「王様、テレジア様、僕はこの呪いの解呪の薬を研究していまして、今、解呪の薬を持っています。


 人間の大人1人試してみて、効果がある事は確認したのですが、エルフのしかも子供にはまだ与えたことがなのです。


 どんな副作用が出るか、全く分からないのです。」


 人間の大人とは僕のことだ。


 僕しか試したことがなく、エルフに与えて問題ないのか、子供だから量は僕よりも少ないはずだが、いったいどれくらい?


 分からないことはいくつもあったが、今はそれを確認している余裕はない。


「その解呪の薬を飲んだ人間は、その後どうなっているのだ?」


「飲んで半年以上たちますが、後遺症は何もなく、元気にこの世界で暮らしています。」


 正気を失ってしまったテレジアの代わりに王様が質問してきた。


「人間とエルフは薬の処方は同じで問題ない。


 大人の半分の量をエンリコに与えなさい。」


「わかりました。ではこの薬を与えてみます。」


 呪いの魔術書には、この解呪の薬は現実世界で飲むようにとあった。


 実際に僕も現実世界で飲んだ。エンリコは子供だから現実世界で自分で飲めるか?分からない!


 こうなったら一か八か、今ここで、この異世界で飲ませるしか無い。


「薬を飲むための水を至急持ってきてください!」


 ティアナが走ってドアに向かっていき、すぐに水を持ってきた。


 僕は自分用に作った解呪の薬の瓶を出した。“現実世界に戻れなくなる薬”と、“異世界に戻れなくなる薬”だ。


 エンリコのために、慎重に“現実世界に戻れなくなる薬”の瓶を開けて薬を取り出した。


 そして丁寧に半分に割る。



 まさか他人に飲ませることになるなんて、本当に思ってもいなかった。


 エンリコは自分の手がもう無くなっていたので、僕が薬を口に入れてあげて、水を飲ませた。


 僕も飲んだことあるけど、解呪の薬はひどい味だった。苦くてまずいのだ。


 エンリコも、うっ!と吐きそうになっている。


「頑張れ!エンリコ!薬はまずいよ!


 でも頑張って飲み込むんだ!


 大好きなテレジア様とずっと一緒にいたいんだろう?!」


 エンリコはなんとか薬を水で流し込んだ。


 本当にこんな小さい子が、よく頑張ったと思う。


 そして飲み終わったかと思うと、白目を向いて、その場に倒れてしまった!


 あれ?こんな症状、僕にはなかった。やっぱりエルフだから?子供だから?よく分からない…。


 僕はエンリコを救うために、必死になってやった事だが、もしこれでエンリコが意識を取り戻さなかったら?


 王族に薬を飲ませた僕の責任は…?


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