第187話 08.マルゲリータ邸

●●●フローマー●●●


 ノーラ王妃は、今まで光の精霊たちを杖で弾いてきたように、聖なる剣も弾こうとした!


 しかし、光属性である聖なる剣は、ノーラ王妃の闇属性の杖を真っ二つ切り裂いた!


 ベルギウスの風の精霊は威力が弱まる事なく、私の体を押し出し、聖なる剣はそのままノーラ王妃の体にも到達し、ザクッと鈍い音を立てて王妃の体を引き裂いた!


「ギャアアアアアアアア!」


 ノーラ王妃の動きが止まった。

 かと思うと、その場に倒れこんだ。


 ……

 ……

 ……


 う、動かなくなったな…。


 やっぱり確認に行かないと…。


 ドミニクさんと目があった。


 一緒に近寄ってみる。


 体から煙のようなものが出ていて、若々しく美しかった顔にたくさん皺ができ、やせこけたおばさんの姿になった。


「ディート…私はディートの愛がほしかっただけなの…。」



 ノーラ王妃は倒れたまま、シワシワになった手を天に向かって伸ばした。


 レオンハルト王の手を最後に握りたかったのかもしれない。



 愛はどんなに頑張ったからと言って、手に入れられるものじゃないのに…。



 ノーラ王妃は、その場で亡くなった…。



 好きな人の愛を手に入れられなかった王妃。


 少し可愛そう。


 でも、人を犠牲にするのは間違っているし、若くてきれいになったからと言って愛されるわけではないのに…。



 壮太君!


 振り返るとそこには、エルフと人間が20人ほど倒れていた。


 私は真っ先に壮太君のところに向かった!


 あぁ、私に白魔術が使えれば、蘇生術や回復魔法をかけるのに!



「壮太君!壮太君!目を覚まして!お願い!」


 上半身を抱き上げると、うっすらと目を開けた。


「フローマーに戻らないんだな…。」


「ノーラ王妃に魔力を吸われてしまったせいか戻らないの…。」


「ううっ」


 壮太君はすごく怠そうで、顔色も青くなってきた。


 魔力切れだ!


 ノーラ王妃に魔力を吸収されて、ほとんど無いのに、無理して魔力を使ったんだ!


「ナナちゃん、僕、呪いの謎を解いたよ。


 これからは呪いで死んでいく人は、いなくなるはずだよ。


 異世界でだったけど、僕のかっこいい姿、見てくれた?」


「うん!しっかり見たよ!」


「現実世界では、情けない姿ばかりで、ごめんな。


 無職で家の外にもでれなくて、情けなくて…。」


 壮太君の姿が薄くなってきた!


「体が!!!」


「……あぁ、そうか。


 ノーラ王妃、術者が亡くなったから、呪いが解けて、現実世界に戻るんだと思う…。」


「もう、異世界には帰ってこないってこと?」


「そうだよ…。


 現実世界で、僕たちやり直せないかな。


 僕にはフローマーしかいないと思っていたんだけど、まさかナナちゃんだったとはなぁ…。


一番つらい時に、僕の側に居てくれたのは、異世界でも現実世界でもナナちゃんだったんだね…。


 異世界ほどかっこいい姿は見せられないと思うけど、今の僕になら…、現実世界でもっと頑張れるんじゃないかって思うんだ…。


 僕の側にいてくれないか…。」


 壮太君の体はほとんど透けて見えなくなっていた。


「最後に、こんな事を言うのはなんだけど、ティアナの事を、倒れた仲間たちを、なんとか蘇生させてほしんだ…。」


「今、ドミニクさんが賢者を探しに行ったから、た、たぶん大丈夫だよ!」


 最後の私の言葉が言い終わる前に、壮太君の姿は完全に消えてしまった。


 

●●●



 1か月がたった。


 ノーラ王妃を倒した後、大至急、魔術が使える賢者に来てもらって、蘇生術をかけたけど、誰も生き返らせる事はできなかった。


 体の多くが欠損していたり、時間がたってしまい魂を呼び戻す事ができなかったのだ。


 残念ながら、ティアナさんも…。


 生き残ったのは私とドミニクさんだけになってしまった。



 術者であるノーラ王妃を倒したから、現実世界から呪いでこちらにやってくる人はいなくなった。


 そしてノーラ王妃を倒したベルギウスは勇者になり、世界に幸せをもたらしました…とはならなかった。


 もともと現実世界から来た人は、異世界の人たちの記憶に残らないので、呪いがあってもなくても、何の影響もない。


 この異世界のために、命をかけて戦ったベルギウスの事すら覚えていない…。


 知っているのは、コルネリア王とレオンハルト王だけみたい…。


 

 生き残ったのは私とドミニクさんだけなので、二人でレオンハルト王に報告に行った。


 報告といっても、壮太君ほど内容を知っているわけではないので、王妃を倒しましたとの簡潔な報告だったけれど…。


 「よくやってくれた。ありがとう。」


 そう言った王様は、とても寂しそうだった。


 ノーラ王妃が亡くなった事については、謀反を企てたため、レオンハルト王によって倒されたという噂になっていた。


 聖なる剣は、ノーラ王妃を切った後、煙のようなものが出始めたかと思うと、徐々に消えて無くなってしまった。


 伝説では、この世に危険が迫った時に使えるようになる剣だったから、消えたということは、危険もこの世から無くなったと言うことなんだろう。


 聖なる剣を使っていた私は勇者のはずだったけど……、

 

 一応、この世界の危機を救ったのだから、勇者と言えば勇者なんだけど、誰の記憶にも残らないから、自分としての勇者感は全くない。


 残念な勇者極まりないけど、もともと勇者に興味は無かったら、あまり気にしていない。



 それでも、これからは呪いで苦しむ人がいなくなったのだから、本当に良かったと思う。



 現実世界は厳しいこともある。


 異世界はとても楽しくて、現実逃避することはとても素晴らしい事だと思った。


 現実逃避して、ストレス解消するのはとても素晴らしい事。


 でも、その現実逃避を呪いとか身を亡ぼすような事でしては、いけないよね。


 私もストレス解消の方法があまり見つからないので、えらそうな事は言えないけど。



 異世界の人は何事もなかったように、いつものように、魔法を唱え、剣を振るって、一生懸命生きている。



 私はというと、ずっと人間の姿のままでいる。


 ノーラ王妃に魔力を吸収されてしまい、猫に戻る事はなくなってしまった。


 エルフになりたいとか、猫は便利だとか思ったこともあるけど、今は正直どうでもいい。



 ベルギウスはマルゲリータ邸には2度とやってこなかった。


 マリゲリータ邸は、私達ががってにマルゲリータ邸と呼んでいたけれども、元はゲールノートという大臣の館らしい。


 マルゲリータ様もベルギウスも居なくなり、そして現実世界から訪ねてくる人もいなくなった今、この館を使い続けるわけにはいかないので、私とドミニクさんはできるだけ館を片付けた。


 ドミニクさんが荷造りを終えた。


「そろそろ行こうと思う。」


「生まれ故郷のゾーンエック国に?」


「あぁ、そうだ。


 レオンハルト王からノーラ王妃を倒した褒美をたんまりもらったからな。


 これでゾーンエック国に腰を落ち着けて商売を始められる。」


「ドミニクさん、本当に会えてよかった。」


 ドミニクさんを抱きしめた。


「苦しい時や寂しい時、ドミニクさんがいたから乗り越えられた。」


 もう会えないかと思うと、急に悲しくなって、声が震えてきちゃった…。


「寒い時もだろ?」


 ツークシュ山で、マントも持たずに急に人間になってしまって、真っ裸で過ごした事を思い出した。


「やだ!あの事は忘れて!本当に恥ずかしかったんだから!」


 二人でひとしきり笑った。


「泣いたり笑ったり、忙しいやつだな。」


 ドミニクさんは私の涙をそっと、拭いてくれた。


 長い爪が目にあたらないように、慎重になっているのがわかる。


「俺のところに来たくなったらいつでも来い。」


「ありがとう。会えて本当に良かった。」


 ドミニクさんは、犬らしく私のほっぺを軽くペロッと舐めて、マルゲリータ邸を去って行った。


 マルゲリータ邸の前をまっすぐに通っている道。


 ずっと先にはレオンハルト王国の国境がある。


 私は、ドミニクさんがその国境を越えていく後姿を、ずっとずっと見ていた。


 見えなくなるまで、ずっと…。


 

 誰もいなくなったマルゲリータ邸。


 いろんな事が蘇る。


 どうやって生きていけば分からなくなった時に助けてくれたマルゲリータ様。


 呪いで苦しんで亡くなっていった人々。


 壮太君との幸せな日々。


 いろんな事があって、楽しい事ばかりじゃなかったけど、私、成長して強くなったと思う。


 昔は辛くて諦めたことも、今なら挑戦して、そして乗り越えられると思う。


 なんの確証もないけど、そんな気がする。


 もう、ここへは帰ってこないつもり。



 私も、去ることにしよう。

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