第110話 23.再びツークシュ山へ

 ツークシュ山へ行くのに、僕はフローマーと一緒に必要そうなものを揃えた。


 ビーバー退治の時に行っているので、持ち物のイメージはすぐに沸いた。


 今回は強力なモンスターを退治に行くわけではないので、その点では気が楽だが、たった2人で行かないといけないので、道中に出るモンスターは全て2人で倒さないといけない。


 その点が少し心配だ。


 でも僕も新しい魔術を覚えたし、フローマーも新しいロングソードを手に入れたので、なんとかやって行けるだろう。


 長時間マルゲリータ邸を離れるので、僕は念のため解呪の薬を作った。


 万が一、僕の体が消えはじめたら、すぐに飲めるようにだ。


 アルゲンの藻は雄株と雌株の両方をそれぞれ作った。


 つまり、”現実世界に戻れなくなる薬”と、”異世界に戻れなくなる薬”の2種類だ。


 それを乾燥させて、肌身離さず持ち歩くことにした。


 僕は呪いのお香によって、この異世界に来た。


 通常の呪いならば、僕は現実世界で気力(異世界では魔力)を吸われ続けて、死ぬはずだ。


 でも間違った薬を飲んでしまったので、いったいどうなるかは分からない。


 いざとなった時に、どちらの解呪の薬を飲めば良いのかも分からない。


 今は判断がつかないので両方持っておくしかないのだ。


 フローマーは大量にオレンジを買っていたのでびっくりした。


 見ていたら、全て絞って庭の一部にその果汁を撒いていた。


 僕が不思議そうに見ていると、茶色い苔のようなものを持ってきて見せてくれた。



 あぁ、なるほど、この気持ち悪い茶色いドロドロ苔が生えないように、オレンジの果汁を撒くのだな。


 除草剤みたいな物だろう。


 フローマーは一人でこの広いマルゲリータ邸を管理してくれている。


 僕の知らないところで、こういう細かい事をたくさんやってくれているのだろうな。



 ツークシュ山への道すがら、いろんなモンスターにエンカウントする。


 この異世界に来たばかりの頃、クマ型のモンスターに遭遇し、フローマーと2人でビビってしまったのを思い出す。



 その頃よりは、僕は魔術を素早く落ち着いて詠唱できるようになっていたし、威力もずっと強くなっている。


 フローマーも僕とパーティを組むようになって、僕との戦い方が分かったせいか、多少の事では動じないようになったようだ。


 特にオステオスペルマムの剣を装備した事で、モンスターとの距離をとって戦う事が出来るようになり、大分楽になったようだった。



 フローマーは相変わらずロングソードを二つ装備していた。


 しかし使うのは僕がプレゼントしたオステオスペルマムの剣だけだ。


 もう一つの謎のロングソードはいったいなんなのだろう。



 二日目の夕方、僕は先を少しでも早く進みたくて、日が沈みかけても歩き続けた。


 夜になるとエンカウントするモンスターも増えるし、昼間と違って強いモンスターが出現するので、結界を張って休むのが普通だ。



 フローマーがそろそろ野営の場所を探そうと催促して来たが、「もうちょっと行こう!」と歩き続けた。


 フローマーとの戦闘のチームワークもよくなって来たし、ゲールノート先生の黒魔術の講義を受けたから、魔術に対して多様性が出てきたし、少し自信過剰になっていた。


 そんな時に僕たちはモンスターにエンカウントした。



 コカトリスだった。



 体長5メートル、下半身は鶏、首から上は蛇のモンスターだ。


 大きいだけでなく、動きが素早く毒を吐いてくるので、かなり厄介な相手だ。


 特にコカトリスの毒は強烈で、当たっただけで死んでしまう。


 多くの冒険者がこの毒でやられていた。



 すでにコカトリスの方が戦闘態勢に入ってしまい、背を向けて逃げたら危険な状態だった。


 もうやるしかない。


「フローマー行けるか!」


「にゃー!」


 頼もしい返事が帰ってきた。


「毒唾攻撃だけは食らわないようにな!」


 フローマーがコカトリスの前に出て、気を引いている間に、僕が魔法の詠唱をする、という作戦だ。


 何も言わなくてもフローマーには間違いなく通じているのだ。



 コカトリスは羽を広げて威嚇してくる。


 ただでさえ大きいのに、羽を広げると本当にデカイ。


 この威嚇でビビってはダメだ。


 魔力が弱まってしまう。

 僕は心を落ち着ける。


 コカトリスの蛇頭がフローマーに噛み付こうと何度も試しているが、ロングソードを使ってうまくかわしている。


 それどころが、ロングソードの刃先が少し当たってコカトリスが、「シャアアアアアア!」と痛がっている!



 今がチャンスだ!

 僕は火の魔術を唱えた。至って冷静に。


 キレイにコカトリスにヒット。

 クリティカルダメージ。


 戦闘終了。


 丸焦げになったコカトリスが出来上がり、今夜のおかずは、鶏モモのソテーで決定。



 と思っていたが、僕のすぐ横を毒唾がすり抜けていった。


 火の魔術は完璧で、コカトリスにヒットしたのも確認したのに、コカトリスは何事もなかったように、その場に立っていた。


 そして、今はフローマーではなく、攻撃を加えた僕の方を見ていた。



 火の魔術が効かない?!



 コカトリスは首を上の方に向けて、毒唾の準備をしていた。


 やばい!


 僕は横っ飛びをして逃げたが、間に合わず左足に毒唾を食らってしまった。



 モンスターの中でも蛇類に火の魔術は効かないというマルゲリータの教えを思い出した。


 体が鶏なので油断していたが、コカトリスは蛇族に分類されているのだった。



 僕は慌ててコカトリスの属性に合った魔術、つまり雷の魔術を詠唱した。


 雷の魔術は得意ではないので、あまり威力はなかったが、それでもコカトリスを弱らせる事ができ、フローマーがトドメを刺すのには十分だった。



「にゃー!!!!」


 コカトリスを倒したのを確認すると、フローマーが、毒唾を食らった僕を心配して駆け寄ってきた。


「ごめんな。フローマー。かっこ悪すぎだな。」


 靴を脱いで足を見てると、紫色になっていた。コカトリスの毒が回っている。


「んにゃー!んにゃー!」


「そんなに情けない声を出すなよ。


 大丈夫だ。

 ポイズレス(毒消し)は簡単に作れるんだ。


 ドラゴンアイとロータスの実っていう薬草を取ってこれる?


 よくある薬草なんだけど。


 それを粉々にして、混ぜて飲めば大丈夫だ。」



 大丈夫と言ったものの、意識は朦朧としてきた。


 賢者でもエルフでもないフローマーが、ドラゴンアイとロータスの実を知っているとは思えなかった。


 だけど、もう体は動かない…。フローマーだけが頼りだ…。


「僕はもう動けそうにないんだ。

 フローマー、君が行ってくれるね。」


 もし偶然、冒険者が通りがかったとしても、言葉が話せないフローマーが薬草の名前まで伝えることはできないだろう。


 ほんの少し先行きを焦ったばかりに、こんなことになるなんて…。


 コカトリスの毒が全身に回って、僕は意識を失った。このまま、僕はこの異世界で死んでいくんだな…。


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