第115話 28.王の孫

 僕は中庭で3人のエルフがボール遊びをしているのを見て、ショックを受けた。


 エンリコがボールをキャッチしたように見えたのだが、ボールはエンリコの手をすり抜けて地面に転がった。


「王様!まさか!」


「そうなんだ。エンリコが呪われてしまってな…。」


 僕が作った解呪の薬があります!と言おうとして、やめた。



 魔術書に載っていた解呪の薬は、飲むと異世界に戻ってこれなくなる。


 つまり異世界の人にとっては、呪いで死んでも、解呪の薬を飲んでも、どちらにせよ、その人は消えて無くなるという事だ。



 異世界の人にとって、解呪の薬は意味のないもなんだ。


 ところが、この天才の僕は”現実世界に戻れなくなる薬”を偶然に作ってしまった!!!


 アルゲンの藻の雌株と雄株を間違ったんだけどね!


 じゃ、新解呪の薬をあの子に飲ませれば良いのでは!と思ったがそれでいいのだろうか。


 あの子は現実世界に二度と帰れなくなって、現実世界で悲しむ人は居ないのだろうか。


「ティファニーも呪いで失い、エンリコまで…。


 私は王なのに何もできない。


 なんて無力なんだ…。」


 王様はティファニーを覚えている?


 ティアナはあんなに仲が良かったのに、名前すらも記憶から無くなっていた。


 王様はどうやらしっかり覚えている。なぜ?



 消えた人を覚えている人は、僕、マルゲリータ、レオンハルト王、コルネリア王、この4人だけだ。他の人にも確認したが、何も覚えていない…。



 僕たち4人に共通する事があるだろうか。


 ティアナはコルネリア王は魔力が強いからと言っていたが、レオンハルト王は人間なのでそれほど魔力はない。


 ティアナの方がよっぽど魔力があるのに…なぜだ?


「レオンハルトは年に7人の被害との事だが、コルネリアでは少なくとも100人だ。


 私の周りだけでも、これだけの被害が出ている。


 把握できないものを含めると、数はもっと増えるだろう。」



「100人?!それほど被害が甚大だとは思ってもいませんでした。」



「ティアナに調査を依頼しているが、やはり記憶に残らないのだよ。


 どうして私やお前は記憶から消えないのだろうか。」


「王様、それは僕にも分かりません。


 でも、僕にできる事なら、力にならせてください。」


 ティアナは用事でもあるのか、ボール遊びから離れてどこかへ行ってしまった。


 僕はティアナがいなくなったのを十分に確認した後、王様に許可を取って中庭に降りた。


「やぁ。エンリコ。僕はベルギウスだよ。」


「はじめまして。人間は久し振りにみたよ。」

 

 それまで楽しそうに遊んでいたのに、僕を見るなり俯いて固まってしまった。


 ボールを握りしめ、怪しい人を見るかのような目で僕を見ている。


「僕を連れ戻しに来たの?僕はあっちには帰らないよ。」


 あっち?あぁ、そうか。


 異世界に来たっていうのが理解できていないのか。


 異世界が隣町くらいに思っているのかもな。


 子供なりにこの現状をそのように理解しているのだろう。


「いや、違うよ。君と友達になりたくて。


 君も前は黒い髪で黒い目をしていたんだろう?


 僕たちは仲間じゃないか。」


 とりあえず、仲良くなろうと思い、僕は話を合わせた。


「あっちは嫌だ。


 あっちはお父さんもお母さんもお姉ちゃんもいない。


 こっちには皆いる。」


「あっちではお父さんとお母さんはどうしていないの?」


 エンリコは、僕を怪しんでいるようだったが、身の上話をしてくれてた。



 現実世界でのエンリコは、どうやら家族で車に乗っている最中に交通事故が起きたようだ。


 子供が何歳から人の死を理解するのかはわからないが、聞いたところ、エンリコは両親がその事故で亡くなったことを理解しているようだった。


 その後、同い年の女の子がいる親戚の家に引き取られて暮らしているようなのだが、女の子が両親に甘えていたりするのを見ると、とても辛いみたいだった。


 相手は5歳児。僕はそれ以上聞くのをやめた。



 エンリコもまちがいなく、僕と同じ現実世界から来ている。


 シルヴィオやティファニーの場合、大人だったから辛い現実をちゃんと受け入れて、自分の世界で生きると決意したが、エンリコは5歳だ。


 どちらの解呪の薬を与えたら良いのだ。


 僕にこの子の人生を決めろというのか。


 まだ急を要する状況ではない。


「エンリコ。まだお前は子供だ。


 でも、人間として生きていくか、エルフとして生きていくか、真面目に考えるんだ。」

 


 口調はなるべく優しく気を使った。


 でも、エンリコにはとても厳しい内容だと思う。


 彼の人生なんだから、どこまで彼が何を思うかはわからないが、言うだけ言ってみた。


 5歳だけど、考える時間を少し与えよう。


 テレジアには状態が悪くなったら、急いで僕を呼ぶように伝えた。



 ◆◆◆


 コルネリア王の計らいなのか、コルネリア城の客間を貸してくれることになった。


 早く準備をして明日にでもヴァルプルギス村に出発したいのだけど…。



 客室は3番目の塔の上の方にあり、窓から夜のコルネリア王国の景色がよく見えた。


 この隣の塔にでもティアナの部屋ががあるのだろうか。


 今頃、ティアナはエンリコと食事でも取っているのだろうか。


 レオンハルトにいた頃はティアナの事なんて考えなかった、いや、考えないようにしていたのだけど、こうも距離が近いと、どうしても考えてしまう。



 ティアナの部屋はどの辺なのだろう。


 王族だから、あの中央にある一番大きい塔のどこかなのだろう。


 ティアナが見えたりしないだろうか、窓から顔を出し、塔の方をゆっくり見てみた。



 遠くて見えるはずも無いよな…。



 ん?


 窓の外に、何か生き物のような…何かが動く気配を感じる…。


 僕の部屋は塔の上の方、ビルでいうと10階くらいの高さなので、いるとしたら鳥かな。


 ただ、その気配は鳩のようなサイズではなく、人間のような大きなサイズのような感じだ。


 身構えながら、その気配の方を見た。


 そこにいたのは、鳥ではなかった。

 真っ赤な髪をしたエルフだった!

 

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