第116話 29.巨木の中
ビル10階の窓の外に、普通人はいない。
ごく稀に窓拭きの人がいたりするけど、それはちゃんとゴンドラに乗っていて、安全に仕事をしている。
僕が見たその人は、塔を覆っている蔓性の植物にしがみついている状態で、命綱もつけずに、そこに立っている?!
いったいこんな所で何をしているんだ?!
しかも、それが、今一番会いたくない、絶世の美女で王女様のティアナなのだから!
「ティアナ!なんで君はそんな所にいるんだ!」
僕は恐怖におののき、全身に鳥肌がたち、それと同時に必死にティアナの方に手を伸ばした。
命綱もつけずに、どうして女の子、いや、普通の女の子じゃない、王女様だよ?!王女様がなんでこんな危険な事をしているんだ!?!?!?
ティアナは僕の手をめがけて、そこからジャンプした!
なんて事を!
誰かが事故が起こる瞬間はまるでスローモーションになったかのように感じるって言っていたけど、人間は恐怖を感じるとそうなるのかもしれない。
ティアナと僕の間は、そんなに距離があったわけでもないし、長時間飛んでいたわけでもないが、ティアナが飛んでいる間、全ての事がスローで動いているようだった。
高い塔の上をティアナが、僕の手をめがけて飛び切りの笑顔で飛んでいる。
風になびく、ティアナの髪、服、全てがゆっくり動いている。
ティアナ、君は本当に妖精なんだな。
きっとその背中には見えない羽が生えていて、そうやっていつもフワフワ飛んでいるだろう。
ティアナの白い細い手が近づいてくる。
僕は、両手でキャッチし、掴んで強く握った。
そして、そのまま窓から部屋の中に引っ張りこんだ。
いくら細い女の子といえど、エルフ一人を引っ張り込むのはたやすい事ではない。
全身の力を一気に使った疲れと、息切れと、驚きと、困惑で、混乱状態だ!
僕たちは床に倒れこんだ。
床が藻で覆われていて、フワフワしているの、唯一の救いだ。
「イタタ…」
そう言いつつ、ティアナは急いでいるのか、すぐに起き上がった。
「ベルギウス!久しぶりね!道に迷っちゃって!
びっくりしたでしょ?ゴメンね!」
「み、道に迷う?!どうやって道に迷ったらあんなところに出るんだよ!」
「説明している暇は無いわ。あまり時間がなのよ。
あ、そうそう。
あなたにも関係のあることよ。
今から一緒に行きましょう。
ちょっと道に自信が無いのだけど…。」
動揺と混乱と迫力に負けて、僕は何も判断ができない。
「歩きながらでも説明してくれ!
君はいったい何をしようとしているんだ!」
「しっ!」
ティアナはドアに耳をあて、それから少しだけドアをあけ、誰も部屋の外にいないのを確認した。
「説明は後でするわ。今はだまって付いてきて。静かにね。」
ドアを開けようとしたティアナは、こちらを振り返って言った。
「実は道に迷ってしまって、これが4回目の挑戦なの。おまじないをかけさせて。」
そう言うと、ティアナは僕の両手を握り、自分のおでこを僕のおでこにつけて、魔法を詠唱した。
「全能の神エルフ神アデライードよ。我に幸運を、彼に幸運を、そして我らに正しき道を導きたまえ。」
そう詠唱すると、白魔術独特な美しい光が僕たち2人を包んだ。
「行くわよ。」
するとティアナはドアをあけ走り出した。
廊下の端まで走った。
そこは袋小路になっていて、何も無いところだった。
ティアナは人がいないのを確認して、壁に手をつっこんだ!?
魔術でとかでなく、物理的に壁の中心に手を突っ込み、力づくで両側に壁を引っ張った!
壁だと思っていたのはつる植物の集合体で、そこには人が1人通れるくらいの穴が現れた。
ここはもともと穴があったが、植物が覆ってしまい壁に見えているという事なのだろう。
穴を抜けると、そこは巨大な木の中だった。
おそらく、コルネリア城を支えている巨大な世界樹の中なのだろう。
外から見たときは、巨大な木が2本あるのかと思っていたが、いくつもの木が集合し融合して2本に見えているだけなのだ。
木の中にもまた木があり、ところどころ、通りやすいように階段があったり、梯子があったりして、上まで登れるようになっている。
ティアナはその中を歩いていた。
しばらく歩くと、小さな扉があり、少しだけ開けて見せてくれた。
「さっきはここかと思って開けてみたの。
そしたら塔の上に出てしまって。
外から扉が開かなくて困っていたところを、あなたに助けてもらったの。」
と、小声で教えてくれた。
小声ということは、声を出してはいけないのだろうと察した。
僕はさらに何も言わず、だまってティアナについて行った。
ティアナ、君はずるいよ。本当にずるい。
僕はこの国に呪いの調査で来なければならなかった。
なるべく君に合わないように努力した!
君に会うと好きな気持ちが止められないからだ。
なのに、窓の外にいるなんて、ずるすぎるだろう!
あんな危険な状態なら、誰だって助けないわけにはいかない。
そして手を伸ばした時の君の美しさ。
一瞬だったけど、飛んでいる時の君の冒険心溢れる笑顔、風にたなびく美しい髪、君はどれだけ自分が魅力的かをわかっていない!
それに、あのおまじないだ。あんなに近くに顔を寄せてきて。
もう、僕の心をかき乱さないでほしい!!!
そう思って、僕は足を止めた。
ティアナが急いでいるというので、訳もわからずついてきてしまったが、ダメだ。
僕はティアナがどうしようもなく好きだ。
これ以上一緒にいない方が良い。引き返そう。
そう思って後ろを振り返ったが、似たようなドア、穴、螺旋階段のようになっている道無き道、考え事もしていたせいで、あまり景色をみていなかった、1人では帰れない。
ティアナの方は、ドアを開けて中を確認している。
僕にOKの合図を送った。目的地に着いたのだろう。
僕は仕方なく、ティアナの方に向かって足をすすめた。
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