第7話「昔から病気なく頑丈なのが取り柄です」
「あっ………」
私は思わず後悔した声が溢れる。
――加減はしたつもりですが、キョウさんの体は私が思った以上に飛んで行ってしまいました。
気絶出来ないのは可哀想なので、少し力を込め過ぎてしまった様です。
「大丈夫ですか?」
私は思わずキョウさんのもとへ駆け寄る。
自分で傷付けておいて酷い言い草なのはわかっています。
ですが、これも全てはキョウさんの自由の為。
私がキョウさんとパートナーになれば他の人は手出しする事はできません。
あとは私が手を出さないよう我慢できれば、キョウさんの望むタイミングでパートナーを解消してあげることが出来ます。
勿論私自身はキョウさんとちゃんとしたパートナー関係になることを望んではいますが、それはこんな無理強いの形ではなくきちんと両者合意の上での関係です。
こんな昔の妖魔のようなやり方には賛同することは出来ません。
「………………」
キョウさんは吹き飛ばされた体勢のまま、ピクリとも動かない。
――やはり強くやり過ぎてしまったようです。
私は自分の行為に後悔する。
謝って済む問題ではありませんが、後で誠心誠意謝り、せめて完治するまで責任をもって介護しましょう。
私はキョウさんがキチンと息をしているのを確認すると、審判の方へと向き直る。
「私の勝ちです。終了の合図をお願いします」
そして私は審判を務めている美鈴会長にコールをお願いした。
「少し待っていてね。一応気絶確認しなければいけないルールだから」
美鈴会長の言葉に私はしかし、と言いそうになって口を
長引けば辛くなるのはキョウさん本人だ。
加害者である私が引き伸ばして良い道理はない。
「キョウくん、大丈夫? 私の声が判るかしら?」
私の見てる前で美鈴会長がキョウさんに触れようとする。
その光景にズキリと胸に痛みが走った。
――傷付けたのは私、ですからその私にキョウさんに他人が触れることを嫌がる資格などありません。
私は唇を噛み、爪が食い込むくらい両の手を握り締めると、会長の手がキョウさんの首元に近付くさまを目に焼き付けた。
この暴虐に対する戒めとして。
ですが、その手は思わぬ人によって止められます。
「――――いつまでそうして寝てるつもり? 戦う気がないならさっさと降参しなさい。晴れてその馬女のパートナーになれるよ」
美鈴会長の手がキョウさんに触れるか触れないか、といったところでどこからか声が掛かかる。
この声は確か――。
私は直ぐ様振り向こうとする。
「くう……」
「―――?!」
しかし私が思い出す前に側にいるキョウさんの口から答えが出る。
私はその声に驚くと同時にほっとする。
――万が一にでもキョウさんが起きなければ私は……。
キョウさんは人間なのだ。
どれだけ力を緩めたとしても、妖魔の力で突いてしまえば簡単に死んでしまうことだってある。
やはりこんな馬鹿げた決闘は今回限りにしなければ、と私は心の中でよりいっそう強く誓った。
「よかった、気が付いたんですね」
「え、え~っと」
出来る限り優しい声で話しかけると、何故かキョウさんは困った顔をする。
――負けたことに気が付いて怯えているのでしょうか?
だとするならば、私が安心させなければいけません。
私は再びキョウさんに声をかけようするが、彼女の声で遮られる。
「『気が付いた?』何を言っているの。キョウは一度足りとも気を失ってはいない。あなた程度では精々擦り傷を付けるのが関の山。――――それでもまあ、無駄ではなかったけれど」
「何を言って……」
突然捲し立てる彼女に私と会長、それから周りのクラスメート達は混乱する。
だが彼女はそんなこと一顧だにせず、言葉を続けた。
「起きなさいキョウ、戦いに対する心構えを忘れたとは言わせない。あなたが手加減したまま勝つなら私は何も言わない。戦わず降参するのであれば何も言わない。でも―――」
彼女は一度言葉を切り、何かを想起するように目を瞑る。
その表情から心情を読むことは出来ないが、まるで嵐の前の凪のように辺りは静まり返り、彼女の言葉だけを待つ。
――彼女は一体キョウさんに何を伝えようというのでしょうか?
私は彼女の雰囲気に不信感を募らせると同時に、何かが起こるといった予感を感じ取る。
そしてそれは彼女が目を開いた直後、確信に変わった。
「――手加減したまま戦って負ければ、私はあなたを絶対に許さない」
彼女がその言葉を言った瞬間、彼女の周りから一介の妖魔では有り得ない量の妖気が辺りに充満する。
「―――っ!!?」
反射的に全身が震え上がり、私の体は即座に完全に戦闘態勢へと変わる。
――これがきよ理事長の一族の力っ?!
私を含め大半の妖魔が身を竦ませる。
勿論慰魔師の方も例外ではない。
皆、強大すぎる妖気に当てられ、次々とその場に蹲っていった。
「これは私とキョウさんの決闘です。邪魔をしないでくださ――」
彼女に抗議しようとすると、誰かが立ち上がるのが視界に映りこむ。
それにより、私は言おうとしていたことが全て吹き飛んでしまう。
「え?」
私は驚きを隠せなかった。
何故ならそれは有り得ないことだから。
先の一撃を受け、慰魔師の皆が立つことすら出来ない妖気の中で。
まるで何事もないようにキョウさんが起き上がり、立ち上がってきたのだから。
「――ありがとう、くう。少し目が醒めたよ。やっぱり寝たフリじゃだめだよね。傷付けたくなんてないけれど、僕なりのやり方でクリスティナさんに応えてみるよ」
立ち上がったキョウさんは私に頭を下げて謝罪する。
その雰囲気は先程の彼の様子とは少し異なるように感じた。
異なると言っても小骨が喉に刺さったかのような程度の違和感。
しかし、今の私の思考にそんなことまで気にする余裕はなかった。
――無意識に手加減しすぎたのでしょうか?
いえ、そんなはずはありません。
私は確かに、一度で気絶するよう少し強めに突いたはず。
それでは彼女の言う通り本当に――。
「――――っ!!」
私は思い浮かんだ考えを振り払うように棒を構える。
――例え先ほどの攻撃で気絶しなかったとしても、妖魔である私の有利に変わりはありません。
妖魔と人間では膂力に絶対の差が存在する。
上から押さえ込めば、それだけで勝敗が決してしまうほどに。
私は再びキョウさんを寝転ばせるために、素早くキョウさんに近づくと横薙ぎに棒を振る。
びゅんと鋭い風切音とともに、キョウさんの足元が刈り取られる。
しかし――。
「よ……っと」
キョウさんはそれを縄跳びでもするかのように、軽々ジャンプして避けてみせた。
あまりの呆気無い回避に、私は一瞬呆然とする。
手加減していたとはいえ、普通の人間に軽々避けられる速度ではない。
それをキョウさんは完全に目視した上で回避してみせた。
偶然でも予知でも勘でもなく私の攻撃に反応し、楽々と避けれると判断した上で軽くジャンプしたのだ。
こんな芸当を見せられて、呆然とするなという方が無茶というものだろう。
「なっ!! くっ!! この!!」
最早相手がキョウさんだということを半ば忘れて、私は本気で棒を振り回す。
棒術・槍術の基本は突きではなく薙ぎ払いだ。
頭や足など、避けやすい部位ではなく胴を中心に添えて振り抜く。
例え見えていようと、普通の人間では対処不可能な速度と範囲の連撃。
棒を振る度に轟々と風が巻き上がり、普通の人間には目視すら困難だろう。
そんな攻撃を前にキョウさんは――。
「――――」
右に左にと私の完全に攻撃を見切り、最小の労力で敏捷に避け続ける。
まるで獣かナニかが乗り移ったかのように、攻撃に対して超反応を繰り返す。
気弱で幼く、庇護欲を掻き立てられるようなその風貌からはとても考えられないほど、卓越した動きだ。
――この身のこなし、普通の妖魔と比べても遜色ないレベル?!
そんなキョウさんの身のこなしに驚きながらも、私は冷静に戦局を見極めようとする。
例え身のこなしが人間ではあり得ないレベルで速かろうと、それは私達妖魔からすれば同じ土台に立っただけの事。
即ち攻撃を当てれない道理などどこにもないのだ。
「――っ!! そこですっ!!」
私は一瞬のキョウさんの仕草から回避方向を予測し、縦に振り上げようとした攻撃を止め、刺突へと切り替える。
線から点に。
その速度は薙ぎ払いよりも速く、捉えることが難しい。
「っ!!」
突然の刺突にキョウさんの動きが固まる。
続いて振るう腕に鈍い衝撃が伝わり、反応の遅れによる直撃だと私は確信した。
「――ちょっと、びっくりしました」
「なっ、受け止めたのですか?!」
クリーンヒットしたかに見えた棒はキョウさんの手によって掴まれていた。
それも不安定な体勢でこの刺突を片手で受けて尚、蹈鞴を踏む様子さえなない。
――身のこなしだけではなく力までも?!
私は最早驚愕を通り越し、呆れるしかなかった。
耐久力・敏捷性・膂力共にどれもが妖魔の一線に踏み入れているレベルなのだから。
――これが人間? これで人間?
正直中身が妖魔だと言われたほうがまだ現実味があるだろう。
一体キョウさんは何者なのでしょうか。
私はキョウさんの存在に疑問を抱きつつも、戦闘を続行する。
「ハァッ!!」
私はそのまま筋力に物を言わせ、キョウさんごと上空に棒を振り上げる。
棒を掴んでいたキョウさんは、そのまま私の前から上空へと掻き消えた。
「――――っ!!」
少し可哀想ですが、空中で身動き取れないキョウさんに一撃加えて完全に気絶させるとしましょう。
私は撃ち落とすために空を見上げる。
「?」
しかし上空には誰も居ない。
人間であるキョウさんが空を飛べない以上、私が加減を誤って変な場所へ飛ばしたのでしょうか?
私が辺りを見渡そうとすると振り上げた腕から棒が抜き取られる。
「なっ!?」
急いで振り返るとそこには、私の棒を持ったキョウさんが済まなそうな顔で立っていた。
「一体どうやって……?!」
「えっと、クリスティナさんが棒を振り上げる瞬間に合わせてジャンプして、上空に飛ばされたと見せかけて後ろに回りこんで抜き取っただけです」
自信のなさそうなその顔からは、考えられない言葉がスラスラとキョウさんの口から出てくる。
まるでこの程度のこと、何のことでもないように。
「そんな、事が……」
私はここに来て漸く、理事長と彼女の言葉の意味の一端を理解する。
理由はわからないが、キョウさんは人間では到底考えられないほど強い。
それも半端な妖魔程度、軽く打ち倒せるほどに。
「……………………」
私は目を閉じ、呼吸を整える。
いい加減認識を変えなくてはならないでしょう。
これは狩りではなく、対等な戦いなのだと。
「?」
攻撃する意思がないのか、キョウさんは黙ってそれを見送っている。
いや、本当に攻撃する意思がないのだろう。
先程も隙だらけの私の背中に攻撃するどころか、謝罪する始末なのだから。
「条件が同じというのであれば、加減は無用。ならば――」
目を見開き、私は決闘相手としてキョウさんを睨みつける。
武芸者としてこの決闘場に立っていると分かれば、手加減は失礼に値するというもの。
私も覚悟を決める。
「私も本気で挑まなければ無礼というもの」
私は抑えていた妖気を全て開放し、両の手も蹄へと変える。
これで両手で武器を握ることは出来なくなるが、もとより『ユニコーン』の妖魔である私にあんな武器など必要ない。
――これが私本来の姿、そして本来の戦い方。
私は四足共にしっかり地につけ、己にとって最大の武器である角をキョウさんに向ける。
「始めに言っておきます。この角は鬼であろうと、巨人であろうと問答無用に貫きます。それを踏まえた上で対処してください」
「……………」
私の警告にキョウさんは無言で頷き、手に持っていた武器を捨てる。
そしてあろうことか、この私の角と体勢を見て、受け止めるようなポーズを取った。
――本当に、本当に受け止めれるというのでしょうか?
私の脳裏に一瞬そんなことが浮かぶ。
だが本気を出すといった己の言葉を思い出し、直ぐにかき消す。
「――っ!! 後悔しても知りませんよッ!!」
私はキョウさんにあたっても致命傷にならない部位をロックすると、四肢の筋肉を限界まで膨張させます。
そして―――。
「―――ッ!!」
引き絞られた弦のように弾けると、私は弾丸のごとくキョウさんへ駆け出す。
この状態の移動速度は先程の比ではない。
空気の層を突き破り、尚加速していく。
今の私にとってこの程度の距離など無いに等しく、私の角は刹那の間にキョウさんに激突する。
大地を踏み砕き、風を突き破り、その間に岩盤があろうと、大木があろうと、私の足を止められるものは存在しない。
だと言うのに―――。
「っ――!!!!」
わずか数歩。
たった数歩キョウさんの足を後退させただけで、私の脚は止まる。
全身の筋肉を使い、体を前に進めようとするのに、まるで見えない巨大な手で押さえられているかのように体が前に進まない。
――あり得ない。
角の能力を考慮しなくても、今キョウさんには車とぶつかり合うような負荷がかかっているはずなのに。
それを堪えるどころか、上回るなんて――。
「?」
私は自分の体の違和感に気がつく。
キョウさんの力だけが強まっているのではない。
私の力が徐々に抜けていって、相対的にこの現象を引き起こしているのだ。
まるで吸い取られているかのように。
「………くっ!!」
このままではまずいと思い、私は角を振り上げてキョウさんを持ち上げようとする。
先程は棒を抜き取られてしまったが、今度は角だ。
抜かれることなど――。
「よいしょ――っと!!」
「え? ―――きゃっ!」
しかし持ち上げるはずの私の体は、逆にキョウさんによって持ち上げられます。
「えぇ?!! ちょっ、ちょっと待って下さい」
力負けし、そのまま宙に持ち上げられたことには当然驚いたが、今の私にはそれよりももっと驚くべき事態が起こっていた。
決闘の際、私は制服のまま臨みました。
人化の法を解いたとはいえ、服は当然そのままです。
尻尾の関係があるので、他の女子生徒と全く同じとはいえませんが、それでも大部分は同じと言えます。
つまり何が言いたいのかと言いますと。
今の私はスカートを履いていると言うことです。
そして今の私はキョウさんによって持ち上げられ、逆さ吊りの状態にされています。
するとどうなるか、想像しなくても誰にでもわかります。
私は今、スカートが捲れそうになり、逆さに吊るされたてるてる坊主のような状態になろうとしているのです。
「――っ!!!!!!!!」
私は脚と腕を使い、なんとか下着の露出を防ぐ。
比較的ロングなスカートなので、挟んで抑えれば何とか露出を防ぐことが出来る。
しかしほっとするのもつかの間――。
「お願いします、クリスティナさん。降参、してくれませんか?」
私の体を軽々と持ち上げながら、キョウさんは私を見上げてお願いをする。
その際、私の体をグラグラ揺らすのでスカートを抑える腕と足が外れそうになる。
「なっ!? わっ、わわわっ!!!」
――キョウさんにそんな意図はないのでしょうが、これは……耐えれません。
グラグラ揺らされ、お願いされながら、私は女としての最低ラインを保ち続ける。
こんな状態を長いこと続けられれば、間違いなくいつか私の下着は露出するでしょう。
しかし、こんな屈辱的な状態で降参するわけにはいかないのも事実。
何とか脱出しようと思い、私は体をしならせ、キョウさんの手から逃れようとする。
だが、どれだけ体を動かしてもキョウさんの手はぴくりとも動かない。
それどころか――。
――ひっ!!
体を動かした所為で、スカートが少し捲れて、太腿を大きく露出してしまう。
「おおおぉぉぉ――――ッ!!!!!!」
いつの間に復活したのか、クラスメートの男性陣の下卑た歓声が聞こえる。
――男……男……雄……オス……オトコ。
「い、いやぁああああああああっ!!!!!」
その声を聞いた瞬間、私の全身のあらゆる箇所から拒否反応から蕁麻疹が起こる。
『ユニコーン』と言う種族は雄は元より雌であっても、男に拒否反応を示してしまう一族なのだ。
――視線が視線が無理です無理です汚い穢らわしい気持ち悪いし、とにかく無理無理無理です。
私はその瞬間、降参を決意しました。
「…………………降参、します。私の……負けです。ですので、降ろしてください……」
足掻きも虚しく、結局私は屈辱的な体勢のまま降参せざる負えなかったのであった。
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