第34話「壁ドン権=壁殴り代行権」
「いい? 先ずは軽~くだからね? 絶対本気で投げないでよ?」
真さんはしつこいくらい念を押しながら、僕から25メートル以上距離を取る。
一体僕をなんだと思っているのだろうか。
そんなことを思いながらも、僕はゆっくりとボールを投げる体勢に入る。
ボールを投げるのは実を言うと久しぶりだ。
暴投しないか少し不安である。
「よっと」
僕は心持ち軽めにボールを投げる。
手から離されたボールは球威を落とすこと無く、狙い通り真さんへと一直線に向かう。
久しぶりだったけど、どうやらそんなにコントロールは落ちていない模様。
先生から直接手渡されたボールだから何かあるのかとも思ったけれど、そんな事もなく至って普通のボールのようだ。
そんな事を考えながら、僕は真さんへと視線を送る。
すると――。
「~~~~っ!!!!」
僕が視線を送ると同時に、真さんは全力で横へ転がった。
それも爆撃されたような必死の形相で。
「??」
僕は真さんの突然の行動に、疑問符を浮かべる。
どうして横に転がったのだろう。
足でも挫いたのだろうか。
僕がそんな事を思っている間に、ボールは真さんが元いた位置を通り抜けて行く。
そしてそのまま真さんの後ろの方に陣取っていた男子達に、ボールは向かっていった。
当然球威を落とさないままだ。
「ぐぉ――っ!!」
「健二ぃいいいいい――――ッ!!?」
僕があっと思う暇もなく、男子にボールが命中した。
ボールにぶつかった男子は錐揉み回転しながら吹き飛んでゆき、顔から地面にダイブする。
あまりの痛そうな光景に、僕は目を背けてしまう。
「しっかりしろっ!! ただボールが後頭部にあたって、数メートル吹っ飛んで顔面からダイブしただけじゃないかっ!!」
「いや……それ……普通に……死ぬ……」
「馬鹿野郎っ。何のためにドッヂボールするんだよ、デートのためじゃなかったのかよっ!!」
「俺はもう……駄目だ。お、俺の分まで頼む。あぁ、も、モテたか……った」
「健二ぃいいいいい――――ッ!!」
目を背けた僕の耳に、悲痛な叫びが聞こえてくる。
軽く投げたつもりが大惨事へとなってしまった。
この事態は、もしかしなくても僕のせいだろう。
――どうしよう、どうしたらいいのだろう。
今すぐ土下座して謝ったほうがいいのだろうか。
僕は動揺しながらもなんとか視線を事故現場へと戻す。
するとそこにはスキップでもしているかのような、軽い足取りで二人に近づく真さんの姿があった。
それもその表情は満面の笑みである。
僕は凄惨な光景と真さんの満面の笑みがアンバランス過ぎて、恐怖を覚えた。
「ごめんごめん、ボールが逸れちゃったよ。許してね、テヘペロ☆」
舌を出して可愛らしく謝りつつも、真さんのその眼はボールしか見ていない。
誰が見ても今の真さんに、謝る気がさらさら無いのが分かるだろう。
そして相手の反応も見ずに、真さんはもう用が済んだというようにボールを拾い上げる。
「さぁ、キョウ。じゃんじゃん逝こう。まだまだ
「え? でもその人達に謝らないと……」
「あれはネタだよネタ。キャッチボールで死傷者が出る訳無いじゃーん」
「は、はぁ……」
有無をいわさず、ボールを返してくる真さん。
確かにボール当たった人も結構余裕ある感じだったけど、でも本当に大丈夫なのだろうか。
僕は少し不安になる。
僕が悩んでいると、真さんからさらに催促がかかる。
「何してるの、早く~。それとも真面目にキャッチボールする気がないの? 止めて一人隅っこでじっとしている?」
「ご、ごめんなさい、すぐ投げます」
僕は真さんの声に急かされて、考えを振り払うようにボールを構える。
心なしか真さんの立ち位置がさっきよりズレているようにみえるのも、僕の気のせいなのだろうか。
僕はそんなことを考えながら、真さんに先程よりも弱くボールを投げる。
「~~~~っ!!!!」
そして先程の巻き直しのように、再び転がる真さん。
いったい何がしたいのだろうか。
僕には真さんの意図がさっぱりわからなかった。
「ぎゃ―――っ!!!」
真さんが転がった後ろで派手に吹き飛んでいく他の男子生徒。
本当にネタ、なのだろうか。
僕はますます不安になる。
「おぉー、凄い飛んだ、皆ノリが良いね。さあさあ皆待ってるよ、次逝ってみよ~」
にこやかにボールを投げ返してくる真さんに、僕は疑問を覚えながらもボールを投げる。
もしかすると、僕が知らないだけでキャッチボールとはこのようなものなのだろうか。
あまりに楽しそうな顔をする真さんに、僕は何が正しくて何が間違っているかわからなくなってきていた。
「た、助けて~~~~っ!!」
「皆演技がうまいね。その真に迫る顔……将来役者になれるよ、うん」
「総員退避っ!! 退避――――っ?!」
「あはは~、その顔すっげーウケる」
「い、嫌だ。お、俺はまだモテてねぇ、まだデートもしてねぇ。せ、せめて死ぬ前にクリスティナさんの胸に頬擦りしてから……」
「あ~、何度も転がって疲れてきた。早く皆ぶっ倒れないかな」
「え?」
「あっ、何でも無いよキョウ。さあ、次、次、皆が
最後に何だか不穏なセリフが聞こえた気がしたけれど、僕は言われるがまま真さんに投げ続ける。
その度に宙を舞う男子達。
何だか僕も目の前の光景が非現実的すぎて、大道芸のように思えてきた。
それに先生や他の女子も止めに入る様子はないし、きっとこれは大丈夫と言う判断なのだろう。
「うん、きっとそうだ」
僕は自分に言い聞かせるように呟くと、勢い良くボールを振りかぶる。
今のところ、一度だって僕のボールが真さんの腕の中に入ったことはない。
僕はキャッチボールってこんなものだったかな、と首を傾げつつも僕はボールを投げるのであった。
真さんの後ろに着々と築かれていく男子生徒の山から目線を逸らしながら。
無論後で僕と真さんが大目玉を食らったのは、言うまでもないことである。
†
「ではこれよりデモンストレーションを兼ねた男女対抗ドッヂボールを始めさせていただきます」
肩慣らしのキャッチボールも終わり、僕らは男女別れて整列していた。
因みにだけれど僕と真さんのキャッチボールは最後、真さんが吹っ飛んで終わった。
真さんの後ろに先生が居なければ、大怪我だったかもしれない。
僕は今度誰かに投げるときは、もっと力を抑えて投げようと心に決めた。
――もっとも皆、何事もなかったかのようにピンピンした体で整列しているけど。
僕はウキウキ顔で整列している男子達を見ながら、ため息を吐く。
何だか狐につままれた気分だ。
僕が訳がわからない状態に悩まされていると、女子達の中から手が上がる。
「こっちは賞品とかってないんですか?」
その内の一人が先生に質問する。
でもんすとれーしょん、に賞品は要るのだろうか。
僕はそんな疑問が持ち上がった。
だけどそう思ったのは僕だけらしく、その質問を皮切りに皆一斉に口を開き始める。
その内容は――。
『膝枕権』『壁ドン権』『手料理権』『お姫様抱っこ権』『尻枕権』『股ドン権』
などなど、僕にはよくわからない単語も結構混じっている。
そんな皆の熱意に押されてか、先生は少し困った顔をしながら口を開く。
「そうですね、デモンストレーションとはいえ、ただ勝負するというのも皆様の言う通り、味気無いと言えましょう」
「じゃあっ」
先生の言葉に、皆は一歩詰め寄る。
凄い熱意だと思いながらも、僕は視界の隅でくうとクリスティナさんが一歩引いた場所に居ることにほっとする。
「皆様の意見を踏まえまして……、ボールを当てた生徒に『お願いごとを一つ聞いて貰える権利』と言うのはどうでしょうか」
「何でも願い事を聞いて貰える権利ですか? それって『一日デート』よりいい権利じゃ?」
「いえ、あくまで『お願いごとを“一つ”聞いて貰う権利』です。期限などはありませんが、無理難題は拒否できますので、あまり大層なお願いはできないかと思います。と言っても全ては相手の方次第ですが」
「なるほど」
皆は納得するように頷く。
勝ち負けではなく、当てられるか当てるかで権利が発生するのだから男女別でもきっと平等だろう。
僕も嫌な願い事は叶えなくて済むのだから、全然問題ないように感じた。
「では、この取り決めで始めさせていただきます。参加を拒否される方は遠慮なく申し出てください。強制は致しませんので」
先生の言葉で女子の内の数人が手を挙げる。
その中にはくうやクリスティナさんが居た。
片や男子は僕を含め全員参加である。
なぜ僕が拒否しなかったというと、ボールをぶつけ合うのは怖いけれど、男子の中で僕だけ参加しない状況はもっと怖かったから、と言う単純な理由からだ。
ただでさえボッチなのだ、自分からボッチになるなんて行為僕に出来るはずがないのだ。
「それにしても」
僕はくうとクリスティナさんの方に視線を向ける。
くうは兎も角、クリスティナさんはどうして参加しないのだろうか。
僕は不思議に思った。
そうこうしている内に、僕らはコート内に立つ。
「申し訳ありません、一つ伝え忘れていたことがあります。権利についてなのですが、今回は内野からの場合のみとさせていただきます。以上を踏まえて外野一名を選出してください」
その言葉に僕ら男子は顔を突き合わせる。
「「「………………」」」
誰も外野をやろうと言い出す人はいない。
賞品のことを考えるなら、初め内野とやらに居たほうが得られる機会が高いと思うから、当然だと思うけれど。
対する僕はルールをまだよく分かっていないけど、内野にいると当てられるのであれば外野に行きたいと思っていた。
しかし、この雰囲気の中手を挙げる勇気はない。
つまり今の僕に出来る事は、皆の邪魔にならない隅のほうでオロオロするだけである。
そんな僕を見て、何を思ったのか真さんは溜息を吐き、口を開いた。
「キョウが行けば、外野」
ぶっきら棒な口調で真さんは呟く。
突然指名されたことにより、皆の視線が僕に集中する。
僕が緊張で、びくっと震えた。
「そうだな、俺もキョウが行けばいいと思う」
「あぁ、俺もだ」
「正直キョウ以外有り得ないと思っていた」
晒し上げられる、と思う僕をよそに皆真さんに同意していく。
もしかして僕、期待されているのだろうか?
僕は感動のあまり、少し涙が出そうになった。
「わ、わかりました。まだ全然ルール分かってませんけど、精一杯頑張りたいと思いますっ」
皆の期待に答えれれば、きっと皆僕と仲良くしてくれるはず。
まともにボールを投げないと誓ったけど、この場合は撤回してもいいよね?
そう思いながら握り拳を作る僕。
しかし、皆の反応は冷めたもので――。
「いや、お前は頑張るな」
「俺達にそっとボール渡していればいい」
「お前が頑張って投げたら(俺達の中から)怪我人が出る」
「大人しくしていろ、それが俺達の総意だと知れ」
と、僕がやる気を出した途端、スプリンクラーの如く水を浴びせられ鎮火させられた。
本当に僕、クラスメートの男子にどう思われているのだろう。
僕は失意に沈みながらも、とぼとぼと外野へ向かった。
「例の“彼”が外野みたいね」
「えぇ、これはチャンスよ」
「今なら選り取り見取り」
僕がとぼとぼと歩く横で、女子達が僕の方を見ながら何かヒソヒソと言っている。
やっぱり女子達にも僕はバカにされているのか。
そう認識した途端、僕は貝になりたいと思った。
貝になって海の底でずっと眠っていたい。
そんな憂鬱な僕の気持ちとは関係なしに、試合の準備は整う。
「試合時間は5分、ボールは男子から。それでは開始させてもらいます」
先生のその言葉を皮切りに、地獄のドッヂボールが幕を開けたのであった。
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