第33話「奇数人数で二人組を作れとか言う先生は滅んだほうがいい」
浄蓮先生が大まかに説明してくれたルールはこうだ。
基本ルールは普通のドッヂボールと同じ。
チームは最低五人、上限はなくまた男女混合でなくてもいい。
人数の多いチームは内野と外野を少ないチームの数に合わせなければならない。
試合はトーナメント方式に行い最後まで勝ち上がったチームが賞品、参加者との一日デート権を手に入れることができる。
チームが2チームしか出来なかった場合は、その試合が事実上の決勝戦となる。
始めの外野は一人固定で、内野に戻れる外野も始めのその一人限定。
初期の外野は内野が全滅した場合を除き、どのタイミングで戻ってもいい。
ただし、試合終了前に戻ることが出来なければ外野のままである。
男子は首から上がセーフ。
男子の投げるボールはワンバウンドでも当たればアウト。
試合中、何らかの要因で続行不能となった場合、内野の点数には加算されるが、人員には加算されない。
内野(初期の外野含め)人員が全滅すれば試合終了、相手チームの勝利となる。
試合は五分。
タイムアップ時、男子は三人分として計算する。
妖魔化は禁止だが、妖魔の固有能力の使用は可能。
ただし、直接攻撃に該当する能力は使用禁止。
衣服や自分の能力で創りだしたものは自分の一部とする。
勝者チーム内で相互デート関係が生まれた場合、賞金として金貨5枚貰える。
デート対象がチーム内で被った場合、何らかの方法で決着を着けるか、反故になる。
「――と、この様な感じでしょうか。細かいルールでガチガチに固めても仕様がありませんので、後は審判に委ねて貰えると有難いです」
先生はそこで漸くルール説明に区切りをつける。
皆黙って真剣に聞いている中、僕は話があまり理解できずに目を瞬かせた。
自分頭が悪いのもあるだろうけれど、まずそもそもとして僕はドッヂボールが何なのか根本的に分かってないのだ。
その上でこうなるのは当然の帰結ではないだろうか。
僕は自分に弁解しつつ、続く先生の言葉を待つ。
「では準備体操の後、二人組を作ってキャッチボールを致しましょう。男女別々で」
先生が言葉を最後まで言い切った瞬間、僕の時が固まる。
二人組……それはまだいい。
しかし最後の文字が問題だ。
『男女別々』
そう、男女別々と言ったのだ。
男子に知り合いなんて全くいない僕にとって、それは拷問宣告に等しかった。
僕はあまりのことに目の前が真っ暗になる。
「親交を深めるためのドッヂボールなのに、キャッチボールは男女別なんですか?」
真さんが明らかに不満顔で先生に質問する。
そうだ、もっと言ってやってください。
僕は心のなかで真さんを応援する。
「私も別々なのは心苦しいと思っておりますが、これはあくまでも準備運動ですので……。いえ、実際にご覧になっていただけたほうが理解が早いでしょうか」
そう言うと先生は列の一番前に居たクリスティナさんを手招きした。
クリスティナさんは少し眉を
「では、その辺りの位置に立って私のボールを受け止めてください」
「? …………分りました」
首を傾げながらも、クリスティナさんは先生の言う通りにする。
距離にすれば5,6メートルといったところか。
二人は皆の見る前で向かい合う。
先生はそれを見て、全然力の入らなさそうな体勢でボールを振りかぶる。
「先生~、実際に見せるって何――」
何か見世物でも始まるのかと思ってか、前列の男子生徒が僅かに近づこうとしたその瞬間。
ぶぉんと言う音共にその男子の眼前を弾丸が通過していった。
勿論先生が投げたボールだ。
「―――――」
「受け取って終了ですか?」
男子生徒が言葉も出ず唖然としている横で、クリスティナさんは難なくキャッチしたボールを持て余していた。
「――と、この様にキャッチボールで肩慣らしをしますので、能力的にどうしても男女別で分けざる負えないのです。決して私が意地悪をしているわけではないことをご了承ください」
先生がクリスティナさんからボールを返してもらっても、男子達の顔は凍りついたままだ。
そして僕の顔も別の意味で凍りついたままだった。
――回想終了。
そんなこんなで、僕は現在に至る。
「お願いします、どうか、どうか誰か僕と組んでください」
「ふざけんなっ!! あんな球を受け止められる奴より強い奴と組んでたまるかっ!! こっちが死ぬわ」
「どうかお願いします、このままだと僕、一人なんです」
「うっせっ!! そのまま氏ねボッチ。お前がボッチで居ることが俺達の総意だと知れっ!!!!」
「そんなっ!?」
膝から崩れる僕に、辺りの男子生徒全員が頷く。
酷い、あんまりだ。
僕が何をしたというのだろう。
僕が崩れ落ちている間にも、使命感に突き動かされるように急いでペアを作っていく男子達。
僕はそれを為す術もなく見ているしかなかった。
そして僕の周りにペアを組んでいない男子が全ていなくなった頃。
「えっと……キョウ、さん? 私達と一緒にしますか?」
哀れみと慈愛の笑みを半々に綯い交ぜした顔で、クリスティナさんは僕の声をかける。
その隣にはくうが心底呆れた視線を向けていた。
どうやらくうとクリスティナさんは組むことにしたらしい。
人付き合いの嫌いなくうにも組んでくれる人が居てよかった。
僕は思わず安堵する。
――ってそうじゃなくて。
今は僕のことだ。
そんなことを思っていると、くうが無言で視線の暴力を容赦なく僕にぶつけてくる。
「………………」
無表情ながらも、ダメ人間を見るような眼差しだ。
見ないでっ!! そんな眼で僕を見ないで。
僕が悪いんじゃないんだよぉ。
そんな言い訳じみたことを思いつつも、事実なので口にすることは出来ず、僕は涙をのむ。
「お願い、出来ますか?」
主に心が満身創痍になりながら、僕は涙目でクリスティナさんにそう言う。
情けないことこの上ないけど、一人でキャッチボールするよりはきっとマシだろうから。
「では向こうで私達と一緒に……」
「それは少しお待ちください」
「え?」
僕らが場所を移そうとしているところに、声が掛かる。
見ると浄蓮先生がいつの間にか側に立っていた。
「もし生徒が足りないのであれば
先生は僕らに話しかけながら、僕とクリスティナさんの間に移る。
それにしても、と僕は少し恨めしげな視線を先生に送る。
先生はどうして『もし』なんて言葉を使ったのだろう。
男子は皆ペアを組んでキャッチボールをしている。
『もし』も何も現在が既にその状況になっているのだ。
これでは僕が尚更惨めになるだけではないのだろうか。
そう考えると僕の心は絶望でいっぱいになった。
「はぁ、先生がそう言うわれるのであれば……」
クリスティナさんとくうは僕と先生をその場に残し立ち去る。
残った僕はどうしようもない虚脱感に苛まれていた。
きっとこれから未来永劫『二人組を作って』と言われる度に、僕は先生と組むしか道がないに違いない。
僕は次は隣の人とペアと言う指示を、先生が出してくれるよう祈るしかなかった。
「では早速先生と、といきたいところではありますが。あちらに居る彼は貴方と同じくペアの組めていない男子生徒ではないでしょうか」
僕の心がどんより寒色に染まる中、先生は女子達がペアを決めている辺りを指さした。
僕は僕以外にボッチが残っているわけが、と思いながらその方角を向く。
するとそこには――。
「ねぇ、私と組みませんか? この機会に色々と仲良くなりたいなぁ~、なんて」
「えと、気持ちは嬉しいんだけど、やっぱ先生の手前色々とあるし……」
「種族の差なんて飾りだよ、
そこには女子の中に混じってペア探しをしている真さんが居た。
――居たっ!!
僕以外に残っている男の娘いた。
初めから男子生徒は一切眼中に無く、徹底して女子生徒とペアを組もうとしている男子?がここに居た。
あまりの出来事に、僕は三回居たと思ってしまう。
本当何をしているんだろう真さんは。
僕は呆れ半分、納得半分のなんとも言えない気持ちになった。
「では彼と組むということで、よろしいでしょうか」
「……はい」
僕が頷くと、浄蓮先生は無言で真さんに近づき、半ば引っ張るような形で僕の前に連れてきた。
「先生? 私野郎と組むのはちょっとといいますか、絶対お断りしたいといいますか、組めば男割りしますといいますか、兎も角無理なんですってば」
引っ張られながらも真さんは視線は女子達に向けたまま。
ここまで来るといっそ清々しいのかもしれない。
と言うか男割りってなんだろう。
僕は妙に寒気のする謎の単語が気になった。
「それではキョウさん、よろしくお願い致します」
嫌がる真さんをよそに、浄蓮先生は僕と真さんを向き合わせる。
さっきの引っ張って来た時もそうだったけれど、何だか浄蓮先生は真さんの扱いが手馴れている気がする。
根拠はないけど、僕は何となくそう思った。
「は? え? あ、相手ってキョウ?」
「あ、あの、よろしくお願いします」
突然の事に困惑している真さんに、僕はペコリと頭を下げる。
僕としては知っている真さんが組んでくれるのであれば、言うことはない。
寧ろこちらからお願いしたいくらいだ。
「他のクソ野郎に比べたらマシだけど、でも……これはこれで嫌な予感しか……いやでも、逆にこの機会を利用してクソ野郎共を殲滅することも?」
「僕と、組んでくれないんですか?」
ぶつぶつと何かを呟いている真さんに、僕は縋るような視線を送る。
ここで見捨てられたら僕のボッチは確定する。
僕は必死だった。
「うぅ、わ、わかったってば。でも、絶対ボールを本気で投げないでね? 絶対よ絶対。三回も言ったから絶対なんだから」
「はい、ありがとうございますっ。絶対に本気では投げませんっ」
暗い気持ちから一転、漸く僕のキャッチボールのペアが決定した。
そもそも男女ともに偶数なのだから、一人余ることはないということに僕が気付いたのはしばらく先の話だった。
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