第三章 『避球』

第32話「クラス内に友達がいないのでわざわざ友達の教室に会いに行く」

 朱さんとクリスティナさん。

 僕は二人の顔を思い浮かべる。

 僕がこの学校に入って出来た、初めての友達。

 クリスティナさんはとても真面目で礼儀正しく、僕にすごく良くしてくれる。

 朱さんはこの前の誤解も解け、まだちょっと怖いけれどぶっきら棒ながらも色々と助けてくれている。

 二人共すごく綺麗で、僕なんかの友達にはもったいない人達だ。

 そんな二人に囲まれて、僕は薔薇色の学校生活が続くはずだった。

 だと言うのに、あぁ神様――。


「………………」


 僕は大空を見上げる。

 雲が一つ、プカプカと浮かんでいた。

 そんな空から神様が見下ろしているのであれば僕はぜひとも聞きたい。


『どうして僕はまだ一人ぼっちなのでしょう』と。


 今、周りにいるクラスの男子達は僕から距離を取り、誰一人として目を合わせようとしない。

 いや、それだけに終わらない。

 僕は今まで何回も繰り返したことをなぞるように、一番近くに居る男子生徒に話しかける。

 今度こそこの状況を打ち破ってくれると祈って。


「あ、あの……」

「わ、悪い。お、俺もう組む予定があるから」

「えっと、僕と……」

「ファッ――!? い、いや、俺、俺もう組んでいるから……、そ、そう、こいつと。なっ?! なっ?!」


 しかし結果は今までと同じ。

 話をするどころか声をかけるだけで距離を取られて逃げられる始末なのだ。

 その顔には恐怖の相がにじみ出ている。

 一体僕が何をしたのだろう。

 僕には神様にもう一つ聞きたい事がある。


『僕は何か悪い事しましたか』と。


 友達ができても、僕はやはりボッチだった。


 †


 事の起こりは数分前くらい。

 僕らは体操服に着替えて、体育の授業に出ていた。

 体育の授業は週に一回で、午後の授業すべてを使って行われる。

 何でも妖魔と慰魔師のコミュニケーションのためにも必要な科目だそうで、男女合同で行われているんだとか。

 その様な事をさっき僕はクリスティナさんから聞いた。


 現在僕らは男女整列して座っており、今は側に居ないが当然クリスティナさんも体操服姿で並んでいる。

 クリスティナさんは制服姿もかっこいいけれど、初めて見る体操服姿もまた凛々しい。

 やはりあのスラッとした足に、引き締まった肉体はこう言うスポーツをする格好でこそ映える。

 そんな風にクリスティナさんの体操服姿を思い浮かべていると、先生が到着する。

 それと同時に辺りからあちらこちらから漏れていた談笑の声がピタリと止んだ。

 先生はその静寂に満足するように微笑むと、一礼する。


「――皆様、お待たせいたしました。私が保健体育科を担当する浄蓮じょうれんと申します。どうかよろしくお願い致します」


 丁寧な言葉遣いとともに、絹のような綺麗な黒髪を揺らしながら浄蓮先生は顔を上げる。

 先生と自己紹介しながらも、見た目は朱さんや生徒会長さんくらい若く、先生というよりかは和服が似合いそうなお姉さんと言う印象を受けた。


 ――それにしても、この人何処かで見たことがあるような。


 僕は何だか既視感を感じるその様に、頭を捻る。


「…………あっ」


 僕は、いや僕らは改めて見たその姿に声を上げる。

 きっと思い出したのは僕だけではないだろう。

 実は僕らは浄蓮先生と会うのは初めてじゃない。

 と言うのもあの時は自己紹介する暇なく終わったから、大して印象に残らなくて忘れてたけれど、よくよく思い返してみると浄蓮先生は入学式の日、僕らを引率してくれた人だった。


「入学式以来、皆様にお会いできる日を待ち望んでおりました。あの場は少々トラブルが有りましたゆえ、紹介が遅れましたが、私が皆さんのクラスの副担任でございます」


 優雅にお辞儀してから、浄蓮先生は僕らを見渡す。

 浄蓮先生は副担任だから、僕らのクラスを引率していたみたいだ。

 それにしてもトラブルとは、一体何があったのだろうか。

 僕は首を傾げる。

 隣では、真さん(女子用の体操服着用)が苦い顔をしていた。

 どうしたのだろう。

 あの日居なかったことに何か関係有るのだろうか。


「それで今日は何をするんですか?」


 一人の生徒が浄蓮先生に声をかける。

 それを受け、先生は優雅な動作で空を仰ぐ。

 僕は一つ一つの動作が上品で、精錬された人だなと思った。


「そうですね、本日は天気もいいことですし、ドッヂボールをしてもらおうと思っております」

「「「っ!?」」」


 先生の言葉の瞬間、男子達から歓声が上がる。

 僕も一応は男子なのだけれども、なぜ皆そんなに喜んでいるのかさっぱり分からず、出遅れていた。


「え~、ドッヂボールぅ?」

「テニスとかバレーとかバドミのほうがいいな」


 逆に女子の方はあまり乗り気ではない言葉が聞こえてくる。

 こんなにも男女で意見の別れる『どっぢぼーる』とは一体何なのだろう。

 僕は気になって隣で嫌そうな顔をしている真さんに尋ねてみる。


「真さん、真さん、『どっぢぼーる』ってなんですか?」

「だから、さん付けは寒気がするからやめてってば。――――って、ドッヂボール知らないの? ほんとに?」


 僕の質問に真さんは驚く。

 まるで僕が大嘘を言っているかのような、仰天具合だ。

 僕は至って真面目だというのに。

 僕は嘘ではないことを示すため、質問を続ける。


「えっと、有名なのですか?」

「有名も何も知らない人見たのキョウが初めて」

「…………」


 真さんの言葉に僕は言葉を無くす。

『どっぢぼーる』とはそんなにも有名なものだったのか。

 一体どんな物なのだろう。

 僕は興味がわいた。


「ドッヂボールっていうのは、簡単に言うとボールをぶつけ合って最後に残っている方が勝つスポーツね」


 僕の脳裏に屍の山の上に、血まみれとなったボールを手に勝者が立っている光景が目に浮かぶ。

 その瞬間、僕の興味は一瞬で冷めることとなった。

 そりゃあ、女子は乗り気にならないのも当然だろう。

 寧ろなんで男子がこんなに喜んでいるのかさっぱりだ。


「け、結構危険そうなスポーツですね」

「いや違うから、キョウの想像とは絶対に違うから」


 何だか恐ろしいスポーツである『どっぢぼーる』に脅えていると、先生から再び声が掛かる。


「皆様、少し落ち着いてください。不平不満、賛否両論色々とあると思います。ですが、今回はドッヂボールをさせてはもらえないでしょうか?」


 先生の物腰丁寧な問いかけに皆は静かになる。

 恐ろしいスポーツではあるけど、先生の言うことには逆らえないということなのだろうか。

 僕はこの先不安でしかなかった。

 静かになったことで先生は話を続ける。


「ただ、普通にしても趣がないと思いますので、一つ賞品を設けさせてもらいます」

「賞品?」

「はい。ここは妖魔と慰魔師が伴侶になるための学園です。それに関しました賞品、つまり一日デートする権利を賞品にさせてもらいたいと思います」

「ちょ、ちょっと待って下さい。誰とデートする権利ですか?! 先生とですか?!」


 先生がそういった瞬間、詰めかけていく大半の男子生徒。

 真さんすら消えて、周りからぽつんと一人取り残された僕は、自分がボッチである所以を見た気がした。


「有難う御座います、勿論誘っていただけるのであれば私でも構いません」

「うぉおおおおおおおおおおおお――――っ!!!!!」


 少しはにかみながらOKをだす浄蓮先生に、男子生徒は絶叫する。

 真さんも、男子からかなり離れてだけど飛び跳ねている。

 確かに浄蓮先生は清楚で礼儀正しく、物凄い美人だ。

 その先生をデートに誘えるなら、皆がこんなにも興奮するのも分かる。

 だけど、それに反して僕の心は憂鬱だった。

 何故なら僕にそれが関係あるかと言われると、間違いなく無いからだ。

 ボールをぶつけてノックアウトさせるスポーツなんて、僕に出来るわけがない。

 従って僕には関係のない賞品なのだから、憂鬱にならざる負えない。

 そんな僕の横で女子達が次々と立ち上がる。


「先生だけ、ですか? デートを誘える候補は」


 若干敵意が混じった視線で女子達が先生に質問する。

 なんだろう、この異様な威圧感は。

 僕は体育座りしながらも、若干女子達から距離をとった。


「先ほど申しました通り、ここは妖魔と慰魔師が伴侶になるための学園です。ですので、その権利は平等といきたいと思います」

「つまり?」

「ドッヂボールに参加した生徒一人を一日デートに誘える権利、と言うのはどうでしょうか。勿論優勝した班のみの話ですが」


 先生が付け加えた言葉で、女子達は黙りこむ。

 それに比例して女子達の纏う威圧感は増していく。

 その威圧感に、少しの恐怖を感じながらも僕は横目で女子達を観察する。

 すると何人かは口を動かし何かを言っているのがわかった。

 僕は怖いもの見たさと言うべきか、少し気になり耳を澄ましてみる。


「負けても相手からデートのお誘いが来るかもしれないという希望が? いやでも相手は選ぶべき?」

「肉食よ、今こそ肉食系になるのよ私。そして彼氏居ない歴=年齢を卒業するのよ」

「略奪愛って、燃えるよね」

「ドッヂボール、私苦手~☆ ――――なんて言ってられる時じゃないか」


 黙っていると思っていた女子達だけど、どうやら小声になっただけのようだ。

 それはそうとしてはしゃぐ男子達とは対比的に、妙な威圧感を漂わせながら小言を呟いている女子達はすごく怖かった。

 僕はそのどちらにも馴染むことが出来ず、蹲るしか無い。


「「異議なしです」」


 そんな僕をよそに、男子も女子も異口同音で賛成の声を上げる。

 ここに、よくわからないドッヂボール大会が開催された。

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