第42話「負ければ一位のチームの妖魔を憎しみで晒しあげる」
「それでは第二試合Bチーム『負ければ一位のチームの妖魔を憎しみで晒しあげる』対Fチーム『
僕らはコートを挟み、Bチームと向かい合う。
眼前に並ぶBチームの面々は、一回戦のAチームと違い殆ど女の子である。
点数的には此方が有利となるが、
逆に此方は相手のチームメンバーが6人だという事で、人数制限の為シルヴィアさんには休んでもらっている形だ。
だが元々試合が出来る状態ではなかったし、ちょうど良かったといえばちょうど良かったのだろう。
――それにしても。
僕は先ほど耳に入ったチーム名に耳を疑う。
一位のチームを晒しあげるとは、どういう事なのだろうか。
僕はチーム名の奇抜さ云々以前に内容が気になった。
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
そうこうしている内に挨拶が終わり、試合が始まる。
前回と同じくジャンプボールによるスタートで、僕らのチームからはクリスティナさんが出ていた。
相手のチームからは紫の髪の女子生徒。
確か紫雲さんと呼ばれていた人だろうか、その人が出ていた。
対する此方の外野はくうで相手方は名前は知らないが、同じ顔の人がいる人である。
恐らくは双子なのだろうが、あまりにも姿形がそっくり過ぎて双子ですら違和感があるのだ。
「さあキョウ、真、作戦実行じゃ」
「うぇーい」
「あ、うん」
気合十分なつき子ちゃんの声に、やる気のなさそうな真さんの声と僕の返事が重なる。
つき子ちゃんの作戦とはこうだ。
つき子ちゃんの能力で半無敵と化した僕と真さんで、つき子ちゃんを守るというもの。
と言うのも、つき子ちゃんの能力は自分には適用できないらしく、且つつき子ちゃんがやられれば能力が解ける事から、このような形をとるしかないということだ。
僕はあの時のつき子ちゃんの言葉を思い出した。
『吾の能力は幸運を呼び込むそれはそれはすごい能力なのじゃが、ちと欠点がありこの能力は人間にしか使えん。しかも、ある一定以上の距離を離れると効力がなくなってしまうのじゃ。運気上昇の能力を持続させるには、能力発動中吾を誰かに守ってもらう必要がある。――そこでじゃ』
僕と真さんはつき子ちゃんを間に入れ、背中合わせに密着する。
傍から見れば、きっとサンドイッチのような光景だろう。
「野郎と一緒に子供挟んでおしくら饅頭……。あ~あ、これがクリスさんと刹那さんだったら喜んでいつまでもしているのに」
「誰が子供じゃっ?!」
隠すつもりもない真さんの願望?を聞きながら、僕はシルヴィアさんとくうがその対象から外れたのはなぜだろう、と考えていた。
シルヴィアさんは物凄い美人で、くうも纏わり付いている威圧感さえなければかなりのレベルだと思う。
僕は改めて確認するように、くうに視線を送る。
「…………」
くうは僕の視線に気づいているのかいないのか、ただじっと相手チームに視線を送っていた。
僕はその視線の先をたどる。
その先には男子VS女子の時に見かけなかった顔がいた。
「――――――」
その人はボサボサの白金の髪を直そうともせず、両手をジャージのポケットに突っ込んだまま、面倒くさそうな視線を審判がいる方の外野に向けていた。
くうは彼女の何が気になるのだろうか。
僕は気になりつつも、つき子ちゃんにしっかりと掴まれているせいでその場から動けずにいた。
「それでは……始めっ」
先生のホイッスルの音とともに、ボールが宙高く放り投げられる。
それと同時にクリスティナさんが跳躍体勢に入る。
紫雲さんはクリスティナさんと同じくらいの背丈だが、とてもジャンプでクリスティナさんに競り勝てるようには見えない。
僕は客観的な体格を見てそう判断を下す。
だからボールは順当に行けば、まず間違いなくクリスティナさんが取るはずだ。
そう思いながら僕はクリスティナさんをじっと見つめる。
「…………―――」
すると、相手チームの暁理さんだっただろうか、その人が静かにクリスティナさんの方に歩み寄ると、一言何かを呟いた。
その瞬間、クリスティナさんはビクッと反応する。
「なっ?!」
距離が遠くてよく聞き取れなかったが、クリスティナさんは暁理さんのその言葉に顔を真赤にした。
一体何を言われたのだろう。
僕がそう思っている間に、紫雲さんによってボールは奪われていた。
「――ふっ!!」
僕がボールを奪われたと認識すると同時に、紫雲さんはすぐさま自分のコートに戻りながら体を反転させ、投球体勢に入る。
ジャンプボールに参加したプレイヤーをすぐ狙うことはできないので、紫雲さんの狙いは自ずと僕らか刹那さんに限られていた。
そして僕はその腕の振りかぶりから、狙いが僕らであることを知る。
「つき子ちゃんっ!!」
「分かっておるわ――ッ!!」
僕の呼びかけにつき子ちゃんは大きく柏手を打つ。
パンという乾いた音と共に、僕と真さんの周りにつき子ちゃんの妖気が纏わり付いた。
これで準備は完了だ。
僕ら目掛けて飛んできたボールは、突然吹いた突風により向きを変え、逸れていった。
「これで何をしようが無駄じゃ。しかも今回は肉壁までついておる。これで吾らの勝利は決まったも同然じゃな」
「高速でフラグ立てるのやめてくれない?! その皺寄せがくるの基本私なんだけど?!」
高らかと宣言するつき子ちゃんに、真さんが空かさずツッコミを入れる。
僕はその様を見て、なんだかいいコンビだと思った。
「本当に何をしようと無駄なのかな? どう思うハクちゃん?」
ボールを受け取った相手の外野の人が、首をひねりながら僕らを見据える。
「完全無敵なんてありえないよ、ハクちゃん。だってそれなら一回戦の時当たってないもの」
ハクと呼ばれた女子生徒が同じ名称を呼びながら、にやりと笑い、僕らの方を見据える。
――あれ? どっちがどっちの名前なんだろう?
僕は意味が分からず混乱する。
単純に状況を整理するなら僕らは今、同じ顔と名前の二人に内野と外野から挟まれている状態だった。
「ならばやってみるが良い」
「ちょっ?! あんまり挑発するのやめてってば」
悲痛な真さんの声をBGMにつき子ちゃんは二人と対峙する。
その言葉を受け、ハクさん?はボールを構え、つき子ちゃん目掛けて投げつけた。
だけど、ボールは当然すぐ側にいる僕らから離れるように逸れていく。
「ふはははっ、やはり無駄ではないか」
「それはもうちょっとやってみないとわからない、よっ!!」
僕から見て左側付近から、内野のハクさんはつき子ちゃんを狙う。
今度は斜めから直接つき子ちゃんを狙いに来ている。
しかし、それでもボールがつき子ちゃんに当たることはなかった。
軌道が僅かに逸れたボールは、外野のハクさんから離れた位置に飛ぶ。
「次々行くよ――ッ!!」
離れた位置に飛んでいたはずのボールに、ハクさんは易易と追い付くとボールをつき子ちゃん目掛け放る。
今度は真横から、それも完全につき子ちゃんだけ当たるような形でだ。
僕はその足の速さに驚くと同時に、何が起こるかを瞬時に理解する。
このまま行けばつき子ちゃんの能力は発動せず、そのまま当たってしまうと。
そう理解した瞬間、僕の体は自然と力を込めていた。
「「っ?!」」
僕は後ろにいる真さんとつき子ちゃんを背負うような形で持ち上げ、体を反転させる。
それによりボールの先にいたつき子ちゃんをズラすことに成功した。
「こ、これ、急に揺らすでない……」
「青い空が見えた瞬間、走馬灯が見えたよ、私」
僕が急に動かした所為か、後ろの二人から抗議の声が上がる。
僕は二人に謝りつつも、ボールとハクさん達の動向を探ろうとした。
「ダメだよ、一回避けたくらいで気を抜いちゃ」
「っ?!」
僕がハクさんの姿を確認すると同時に、投球がつき子ちゃんに迫っていた。
何が起こったのか、困惑しつつも僕は再びつき子ちゃん達を持ち上げ、場所をズラす。
二人からまた抗議めいた呻きが聞こえるけれど、今はそっちに構っていられない。
今度は何が起こっているのかしっかりと見定めるために、僕はハクさんから視線を逸らさず見据える。
何の能力なのか、それさえ見定めれれば対策できるかもしれない。
僕がそんなことを思っていると、ハクさんが動き出す。
「え?」
僕はその光景に思わず声を上げる。
ハクさんは能力なんて使ってはいない。
少し信じられない光景だが、自分の足でボールを追い越し、キャッチしたのだ。
一人キャッチボールという曲芸じみた光景を前に、僕は再び二人を持ち上げようとする。
「はいパス、ハクちゃん」
「了~解っ!!」
だけどそんな僕の意表をつくようにハクさんは、内野にいるハクさんへボールを回す。
それを受け取ったハクさんは間髪入れず、つき子ちゃん目掛け投げつけた。
「――くっ」
ハクさんの疾風と見紛う脚力の所為で、前後左右から次々へと僕らにボールが飛んで来る。
僕と真さんに当たりそうなボールは、つき子ちゃんの力で当たりはしないが、つき子ちゃんにだけ当たるボールはそうではない。
そして向こうは最早つき子ちゃんしか狙っていないのだ。
何故か知らないけれど、完全につき子ちゃんの能力がバレていると見ていいだろう。
「ま、待て、待つのじゃ。そう、何度も振り回されると……」
「うぅ……お昼に食べたものが……うぷっ」
悲痛な二人の声に僕はどうすればいいのかわからなくなってくる。
振り回さなければつき子ちゃんはアウトになってしまうし。
振り回すと二人にトラウマを植え付けるようなことが起きる可能性が高い。
何より今二人に吐かれると主に僕の被害が甚大だ。
色んな意味で皆から引かれる事間違いなしだろう。
そう僕が一瞬葛藤した瞬間、その間隙を突くかのような絶妙なタイミングでボールが飛んでくる。
しかも、今回は僕と同時につき子ちゃんが反応するような角度で。
「わっ?! わあ――ッ!!」
迫り来るボールに驚き反応したつき子ちゃんと、ワンテンポ遅れて回避させようとする僕の行動が噛み合わず、つき子ちゃんは一緒にくっついていた真さん諸共転けてしまう。
幸い転んだおかげでボールは当たらなかったが、次来れば確実にあたってしまうだろう。
僕はそう思い、慌ててつき子ちゃんをボールから庇うように立つ。
「あーあ、転んじゃった」
「うん、転んじゃったね」
けれどいつまで待ってもボールは飛んでこなかった。
僕は先程の声と相まって、二人のハクさんを見る。
視線の先のハクさん達はさも愉快そうに笑っていた。
一体何がそんなにおかしいのだろうか。
僕は怪訝な眼で二人を見比べようとする。
「「アウトー」」
「? ――――――ッ」
僕がその様子に疑問を持ったのは一瞬。
すぐに二人から沸き上がる妖気に事態を理解した。
今度こそ何らかの能力を使うつもりなのだ、と。
「つき子ちゃん、僕から離れないでください」
僕は二人に神経を集中させながら、つき子ちゃんに言う。
相手が能力を使う以上、つき子ちゃんの能力に頼り切るのは危険だろう。
だから次の飛んでくるボールは逃げずに掴む。
僕はそう決意する。
『我らを恐れるならば、この歯向かう所
朗々した宣言と同時に、ハクさんはボールを放つ。
もちろん狙いは僕とその後ろにいるつき子ちゃんだ。
僕は周囲に気を配りながらも、ボールに対して身構える。
威力はカルビやシルヴィアさん達と比べると、一段見劣りする威力。
――大丈夫、僕なら問題なく取れる。
そう思って構えているが、何故か僕の頭のなかで掴めるイメージが全然浮かばない。
内心の焦りを振り払うように僕はボールに手を伸ばす。
「無駄無駄、今のキョウ君はそこの座敷わらしの能力で当たらないんだから」
「え?! なんで、それを……」
僕が疑問に思うと同時に、向かってきたボールは軌道が逸れ、僕から離れ始めた。
僕から離れるということは即ち、つき子ちゃんから離れるという意味でもある。
ホッと安心するのもつかの間。
目で追っていたボールは僕からすり抜けた瞬間、生き物のように軌道を更に変える。
いや、軌道を変えるなんて生易しいものじゃなかった。
「なっ?!」
まるで見えない獣がボールに乗り移ったかのように、つき子ちゃんに飛び掛かっていった。
転んでいるつき子ちゃんに避ける術などなく、ボールにヒットする。
「ぶべ――っ!!」
ボールに当たったつき子ちゃんは外野に弾き飛ばされる。
「つき子ちゃんっ!!」
叫ぶ僕の視界の片隅で、リバウンドしたボールを捕まえようとクリスティナさんが走り始めるのが見えた。
そうだ、ボールが地面に付く前にキャッチできればアウトじゃないんだ。
僕はドッヂボールのルールを思い出し、クリスティナさんと同様に駆け出す。
「――あ~あ、その対処は一番不味いんだけどな」
何処からともなく聞こえた声を振り払い、僕は必死に足を動かしボールに向かう。
ちょうどクリスティナさんと僕とでボールを挟みこむような形だ。
高さもクリスティナさんの跳躍なら余裕で届く高さで、もし仮に取り零したりしてもその頃には僕が間に合う。
しかし――。
「言ったでしょ?」「私達の牙は」
「「
ハクさん達がそう言うと同時に、再びボールが意思を持つかのように動き始める。
それも重力や物理法則を無視し、今まで向かっていた方向とは逆方向にだ。
その挙動はどう見ても野生の獣のよう。
意思を持ち、宙を縦横無尽に駆け抜けていく。
その行く先には転けたまま、唖然としている真さんがいた。
「真さんっ!!」
僕は無理やり体の方向を変えると、弾けるように駆け出す。
ボールは僕の前方やや上の位置を駆け抜けている。
僕は必死の思いで手を伸ばす。
その腕をすり抜けるように、ボールが掠めていく。
「――――ッ!!」
脳裏に浮かぶのは前回の試合の出来事だ。
あの時僕は真さんを守ることができずに、ただ腕を伸ばすことしかできなかった。
けれど今回は違う。
「届け――っ!!」
僕は覚悟の叫びとともに、前方に飛ぶ。
腕の間をすり抜けたボールが眼前に迫る。
加減など初めから頭にない。
例えこのまま相手のコートにすっ飛んでいこうとも、このボールを弾き飛ばせるのであれば僕はそれでよかった。
「こっの~~っ!!!!」
「――キョウっ?!」
真さんの驚く声とともに、僕は思いっ切り頭をボールにぶつける。
両足によって生み出された加速度と、上半身の捻りによって生まれた渾身の頭突きは、ボールを弾丸のように相手コートに射出した。
「……っ!!」
「これは凄まじい……ね!!」
そのあまりの威力に相手チームのメンバーは爆撃されたかのように地面に伏せていく。
ただ一人、射線上にいる彼女を除いて。
「ちっ、面倒くさい切り返しの仕方をしたな。これじゃあ避けるわけには行かないか。前門の虎、後門の狼ってな」
僕の渾身のボールが迫っているにもかかわらず、その女子生徒はちらりと一瞬後ろを見ながら、面倒くさそうな動作で両手をジャージのポケットから抜き出し、ボサボサの白金の髪をかき上げる。
あまりの怠そうな仕草に僕は一瞬目を疑った。
自画自賛にはなるが、そのボールはそんな悠長に構えていられるほど、生半可な威力のボールではないはずなのだ。
それなのに彼女の目に映る色はただ『面倒』一色であり、恐れも焦りも微塵も抱いていなかった。
周りの皆が固唾を呑んで見守る中、ボールとその人が接触する。
「――――ッ!!!!」
ぶつかった衝撃により風圧で砂煙が巻き上げられ、その姿を覆い隠す。
「ボールは?!」
誰かが叫んだ声に、皆ほぼ同時にボールの行方に視線を送る。
晴れた砂煙の先には――。
「……ったく加減しろっての。受けても痛いんだからさ」
片方の手に息を吹きかけながらも、ボールを握りしめているその人がいたのであった。
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