第53話「食堂で一人食べていると周りの視線が気になってしょうが無い」

「こんな庶民のいる場所へわざわざ何の用だ、現生徒会長様よぉ」

「学校の食堂に庶民も生徒会長も関係ないでしょ。いいからその妖気を消しなさい。あなたクラスの妖魔がそのレベルの妖気を放出すればどうなるか、分からない訳ではないでしょう?」


 生徒会長である美鈴さんの登場に、朱さんは一層強く妖気を放出する。

 まるで美鈴さんを敵と見定めているように。


「普段食堂に寄り付きもしない奴が何言ってやがる」

「それはあなたも同じでしょう。自ら拒絶していたあなたと違って、私は別にこの場所を忌避していたわけではありません。今日のように手が空いていれば訪れることもあります」


 美鈴さんは朱さんの敵意の篭った言葉に、全く動じずに返答する。

 しかしその姿は普段の優しげな様相ではなく、犯罪者でも見るような冷たい表情だった。

 僕はその二人の様相に思わず息を呑む。


「学年でトップクラスに優秀な生徒会の方々が、仕事に追われて食堂にも行けないってか? 冗談も大概にしろや」

「いくら個々人が優れていたとしても、限度というものがあります。だから私達生徒会は新規メンバーを募集していて……」

「はっ、テメェには腐るほどファンが居るそうじゃねぇか。だというのに生徒会の人員はお前が会長になってから全く変わってねぇ。素直に言えよ、ってな」

「――っ。少々口が過ぎるわね」


 嘲笑うかのような朱さんの言葉に美鈴さんは嫌悪感を顕にする。

 両者ともに敵意は十分で、何時戦いの火蓋が切られてもおかしくないと思っていたその時。

 一触即発のこの場に、新たに二人割って入ってきた。


「もうその辺にしたらどうじゃ。こんな所で妖怪大決戦しても喜ぶのは儂だけじゃぞ。よいのか、儂を喜ばせて? 際限なく御主らを囃し立てて学園を二分する大戦争に発展させるぞ?」

「若の仰ることにも、ほんの僅かですが一理あります。どうかここは矛を収めください。貴方様達がぶつかることはただの妖魔の喧嘩とは訳が違います。慰魔師の方への配慮をどうかもう少しお願い致します」


 その声に僕は自然と視線が向いた。

 一人は若と呼ばれた女子生徒。

 白髪の頭に天狗のお面をつけ、団扇を扇ぎながら履いている下駄をカラカラと鳴らしている。

 もう一人の女子は丁寧な物腰ながら、鉄の冷たさを感じるような表情と声音。

 何より身長が二メートル近くもある大きな人だった。

 どちらも纏う空気が他の妖魔達とは明らかに違う。

 恐らく朱さんや美鈴さんクラスの妖魔だろう。


「ちっ、副会長に書記と生徒会メンバー揃い踏みか」

「ごめんなさい、どうやら少し熱くなってしまったようね」


 朱さんが棍棒を引っ込めると同時に、美鈴さんは謝罪の言葉を口にする。

 一時は一触即発までいったけれど、どうやらこれで一件落着のようだ。

 僕は自然と握りしめていた拳を解き、安堵の息を吐く。


「見苦しい所を見せてごめんなさいねキョウくん。改めて紹介するわ、こっちが生徒会書記の若。そしてこちらが副会長の飛鳥ひとり。どちらも生徒会長の私より優秀な生徒会自慢のメンバーよ」

「学年主席様に『私より優秀』とな、はてさて何を持って優秀と言われておるんじゃろうな儂は。あれか? 駒として私より優秀とかそういうことかの?」

「…………どうぞよろしく」


 対照的なテンションで挨拶する若さんと飛鳥さん。

 美鈴さんに若さんに飛鳥さんと、生徒会の人は皆一癖も二癖もありそうだ。

 僕は三人揃ったところを見てそう思う。


「こ、此方こそよろしくお願いします」


 僕は見上げなければ顔を見ることが出来ない飛鳥さんと、僕と同じくらい背丈の若さんとを見比べながら頭を下げた。

 その際に若さんの格好、というより頭につけている天狗のお面へと自然に視線が寄ってしまう。

 天狗が好きなのだろうか?


「何じゃ? 儂のコレが気になるのか?」


 天狗のお面をじっと見ていると、流石に気付いた若さんが声をかけてきた。

 僕は嘘を言ってもしょうがないので、正直に言う。


「えと……は、はい」

「かっかっか、まあ気になるのも分からんでもない。この赤さ、この太さ、この硬さ、そして何よりこの長さ。数あるコレクションの中でも自慢の一品じゃからの」


 若さんは機嫌良さそうに笑いながら、お面の鼻を撫で付ける。

 その手つきはどこか生き物を触っているかのように、優しく撫で付けていた。

 と言うより数あるといっているが、別の天狗のお面もいっぱいあるのだろうか?

 僕は部屋の中、いっぱいに飾られた天狗のお面に囲まれて暮らす若さんを想像して、少し吹き出しそうになった。


「む? 今どこかで逸物の話が聞こえたが、私も混ぜてはくれないだろうか」

「聞こえてません、寧ろ死んでください」


 僕らの後ろではクリスティナさんとシルヴィアさんが何やら騒いでいる。

 そんな二人を気にせず、僕は若さんに話しかける。


「えと、天狗……好きなんですか?」

「好きも何も、儂は天狗じゃからの。誰もがパッと見て分かるようにこう言う格好をしているだけじゃ」


 若さんの言葉に、クリスティナさん達はビクリと反応する。

 僕は天狗と言われて目の前の若さんと、あの赤くて鼻の長いイメージが全然合わず首を傾げた。


「? 天狗だから天狗の格好しているんですか?」

「そうじゃ、こうして面までつければ誰が見ても一発で分かるじゃろ? 少なくとも儂は自分の種族に誇りを持っておるからの」


 若さんはそう言いながら、美鈴さんや飛鳥さんを意地の悪い笑みを浮かべて見る。

 対する二人は慣れているのか、動じていないのか、涼しい顔で聞き流していた。

 そんな二人を気にせず、若さんの話は続く。


「だと言うのに、この学園の妖魔おんな共はどいつもこいつも正体を隠そうとする奴ばかりじゃ。その癖慰魔師おとこには普通に擦り寄りよる。慰魔師にしても正体を隠されたままパートナーを選ばされるなど詐欺もいいとこじゃろうにの。のぅそうは思わんか?」

「え? あっ、えっと……その……」


 急な問いかけに僕は焦って言葉が出なくなる。

 僕が答えられないでいると、横から美鈴さんが割り込んできた。


「詐欺は言いすぎじゃないかしら? 第一印象をよく見せたいと思うのは誰もが持っている願望だろうし、キョウくんにしたって初めて会う人に自分のコンプレックスや欠点を教えたくはないでしょう?」

「は、はい」


 何故だか若さんと美鈴さんは僕に同意を求めてくる。

 僕はどちらの肩を持つこともできず、オロオロと両者に視線を這わせるしか出来ない。

 後ろで朱さんが他所でやれよ、と呟いていたが、今回ばかりは僕も同意したかった。


「ほぅ? 種族はコンプレックスや欠点の類なのか?」

「そういう子も居るって話よ。誰も誰もが自分の望んだ種族に生まれるわけではないわ」

「じゃからと言ってそれを拒否してもしょうが無いじゃろ。逃げられぬ以上向き合わねばの」

「誰も彼もが強い訳ではないわ。そしてそれを助け、楽しい学園生活を送らせるために存在するのが私達生徒会。そうでしょ?」

「……上手い事言って誤魔化された気もするが、まあよい」


 僕抜きでどんどんヒートアップしていくかに思われた所で、若さんがくるりと向きを変え、僕を真正面に見据える。

 童子のような幼い顔つきだが、その瞳は妖艶な大人のような色気を帯びていた。

 僕はドギマギしながらも、若さんに視線を返す。


「それにしても貴様がキョウか。かっかっか、直に見れば見るほど面白そうな成り立ちをしておるの。どうじゃ、一つ儂とも決闘してみるか? ん?」

「え? あ、いや、その……」


 若さんの言葉に僕は否定も肯定もできず、戸惑う。

 拒否できるとはいえ、実質僕に選択する権利はあまりない。

 僕が答えに詰まっていると、若さんは豪快に破顔した。


「かっか、冗談じゃ、そう焦るでない。少なくとも今は手出しする気はない。――――今は、の」


 表情は笑いながらもその眼だけは笑っておらず、若さんは僕にだけ聞こえるような声で、ぼそっと囁く。

 突然の出来事に、僕は蛇に睨まれた蛙の様に硬直する。

 そんな僕を他所に若さんはカラカラと笑いながら側から離れた。

 何処迄が冗談で、何処迄が本気なのだろう。

 裏が全く見えない若さんに僕は言いし得ぬ恐怖を覚えた。


「――そう、その話をしようと思っていたところなの」


 美鈴さんは思い出したように、ポンと手を叩く。

 どうやら若さんの最後の言葉は、僕以外の誰にも聞こえなかったようだ。


「キョウくんの決闘に関してだけど、校則で決まっている以上この学園の生徒が彼に決闘を申し込むことは誰にも邪魔できない権利よ。あなた達がそれを邪魔するのであれば、私は生徒会長として彼女達を守る必要がある。今回は彼女達の方にも非があったし見逃すけれど、次回同じ様な事があれば流石に見過ごすことは出来ない。――――この意味わかるわよね?」


 美鈴さんの顔つきが温和な眼差しから、非情な眼差しへと変わる。

 視線の矛先は当然朱さんだ。

 その態度から僕でもその意味がわかった。

 コレは美鈴さんからの警告なのだ。

 妖気こそ纏っていないが、そのあまりの威圧感に僕は身が竦んだ。


「キョウの自由は二の次ってか? 巫山戯るのもいい加減にしろよ」

「そうね、その事については申し訳ないとは思っているわ。けれど、そのセリフは校則を利用し、決闘を申し込んだことがある貴方が言っていいセリフじゃないわね」

「ぐっ」


 美鈴さんの言葉に、朱さんが痛い所を突かれたとでも言うように顔を歪める。

 そんな朱さんを後に、美鈴さんは僕の方に振り向くと、穏やかな顔に戻った。


「キョウくんはどう? やっぱり決闘はいやかな?」

「え? えーっと、それは……」


 諭すような優しい声音に、僕はゆっくり考える。

 決闘について、今まで本当に嫌だったかどうか。

 瞼を閉じると僕の脳裏には決闘の光景が映し出される。


 ――クリスティナさん、朱さん。

 痛いのも誰かを傷付けるのも嫌だけど、でも……。


 僕は瞼を開くと、結論を出した。


「えと、殴ったり殴られたりするのは嫌なんですけど、でも、クリスティナさんや朱さんのような友達が出来たりして、だから決闘もそんなに悪くないんじゃないのかな、と」

「キョウ……」

「キョウさん……」


 僕は自分の言葉で一生懸命に話す。

 誰かと戦うのは嫌だが、決闘という校則がなければそもそも朱さん達と巡り合うこともなかった。

 だからそんなには嫌だと思っていないことを。

 美鈴さんはそんな僕の言葉を、優しい顔で聞いていた。


「そう、わかったわ。でも途中で嫌になったら何時でも言ってね。何処迄出来るかはわからないけれど、私達生徒会が必ず力になるから」


 そう言うと、美鈴さんは僕の頭の上にポンと手を載せる。

 その瞬間、クリスティナさんと朱さんがすごい顔をした気がするけれど、僕は見なかったことにした。


「…………美鈴、そろそろ」

「あっ、もうそんな時間? ごめんなさいね、また何かあったら何時でも声を掛けて頂戴。生徒会室で待っているわ」

「じゃあの、下級生共。また会おうぞ」


 美鈴さん達は僕らに手を振ると、食堂を後にする。

 食堂にはまだ多くの人が居たが、美鈴さん達が通る道は人垣が避け、自然に道ができていく。

 三人は何の疑問も持たない様子で、その開いた道を歩いて行った。

 その後姿を眺めながら、僕はデジャブを感じる。


 ――最近似たような光景を見たような。


「あっ」


 僕の脳裏にこの前の昼食時の光景が思い出される。

 初めての購買部で人混みに酔ったこと、咲恋さんに助けてもらったこと、一緒に昼食をとったこと、また会いに来ていいかと約束したこと。

 そうだ、あれから咲恋さんに全然会っていない。

 普段クリスティナさん達と普通に食事をとれる喜びから、僕はすっかり忘れていたのだ。


「? どうかしましたか?」

「えと、その……」


 僕の声に気付いて、声を掛けてくれるクリスティナさん。

 僕は咲恋さんの事を皆に言おうか迷う。


「言いたいことがあるなら気にせず言えよ。それが友達ってもんだろ?」

「朱さん」


 やや不機嫌そうにしながらも、朱さんはそう言ってくれる。

 僕は意を決して咲恋さんとの事を皆に言うことにした。


「――――と、そんなことがあったんだけど、今度は咲恋さんとも一緒にお昼をしていいですか?」

「えぇ、勿論……」


 クリスティナさんが首肯しようとした瞬間、を覆い尽くすような勢いで禍々しい妖気が噴出する。

 それにより、それまで蜂の巣を突付いたかのような騒ぎをしていた食堂は、まるで時が止まったかのような静寂が訪れた。

 その場に居る誰もが一瞬で理解したのだ。

 その存在が苛ついていることに。

 もしここで機嫌を損なえば、即座に縊り殺されると理解できるほどの怒気。

 だから誰も喋ることは疎か、身動きひとつ取ることすら出来ない。

 こんな芸当ができるのは他でもない、くうだ。


「――駄目よ」


 ぽつりと、けれど何よりも確固とした口調でくうは呟く。

 僕はその光景に驚きを隠せないと同時に、思わず抗議してしまう。


「え? どうして……だって咲恋さん――」

「あの女は駄目。他は大抵許してあげるけど、アレは駄目。――いいわね?」


 普段では考えられないほど冷たい表情で、くうは僕にそう言う。

 血の様に赤い瞳が、今にもその眼を突き破り溢れ出しそうになるほど爛々と輝いている。

 基本的に無関心、無感動なくうがここまで激しい感情を表すなんて。

 長い間一緒にいるが、滅多に見ることのないその表情に僕は戸惑いが隠せなかった。


「……咲恋さんと何かあったの?」

「アレは駄目、いいわね?」


 有無を言わさぬくうの剣幕に、僕は黙るしかなかった。

 お通夜のようなムードの中、お昼休みが過ぎていくのであった。

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