第54話「部活に入っても結局馴染めず孤立する」

「咲恋さんだけは駄目、か……」


 放課後、僕は一人で夕暮れの校舎を徘徊しながらくうの言葉の意味を考えていた。

 確かに初めてきよさんと出会った時のような強い妖気を感じたが、禍々しさとかそう言ったものは全然感じなかった。

 一緒に昼食をとって色々と話してみたが、やっぱり悪い人には見えない。

 これは僕の考えが甘いせいなのだろうか。

 僕は考えが纏まらないまま廊下を歩き続ける。

 伽藍堂な廊下とは打って変わって校庭からは部活動を行っている人たちの声が、愉しげに響いていた。

 その声に引き寄せられるように僕は窓際による。


「クリスティナさん達は運動部に入るのかな?」


 僕はグラウンドで部活動をしている人たちを見ながら、思わずそう呟いた。

 クリスティナさん達は今、入部する部活を探している。

 僕も一緒に入る部活を探そうと思ったが、まずは下見が必要だとか言われて断られてしまった。

 下見と僕が何の関係があるのかさっぱりわからないが、僕も昼の件もあってあまり乗り気ではなかったので好都合といえば好都合だった。


「それにしても、本格的に活動しているのはやっぱり妖魔おんなのこばかりか」


 この前のドッヂボールで見せた身体能力を駆使しながら、スポーツする女の子達を見て僕はそう呟く。

 もしかしたら運動部は女子限定なのかもしれない。

 男子生徒の見当たらなさに、僕はそんなことを思った。


『――――』


 そんな風に黄昏れていると、ふと僕は何かを感じ取る。

 ごく僅かな違和感というか、何か変わったという気配と言うのだろうか。

 兎に角身近で何かが変化したのだ。

 僕はその何かを探そうと辺りを見渡す。


 ――窓? 廊下? いやもっと近く?


 僕は神経を研ぎ澄まして辺りを探る。

 すると、以外な所から反応があった。


「内ポケットの中? でもこんなところに何も……」


 そう思い、僕はポケットをまさぐる。

 すると折りたたまれた紙のようなものが指先に当たる。

 取り出して広げると、それはドッヂボール大会の際中に拾った手紙だった。


「すっかり忘れてた。でもどうしてこの手紙が…………っ?!」


 僕が触れると同時に手紙は独りでに震え始める。

 僕は突然の事態に驚いて手紙を手放してしまう。

 それにより手紙は重力に引かれ落下する……はずが、何かによって吊り下げられているかのように空中に静止した。


「??」


 僕は目の前の光景に混乱する。

 コレは手品か何かだろうか。

 僕がじっと観察していると、手紙は意思を持つかのように変形を始めた。

 まるで見えない手でも存在するかのように、手紙は特定の形に折りたたまれていく。

 そうして完成した形は初めて見た時と同じ紙飛行機だった。


「あっ」


 僕が黙って眺めていると、紙飛行機は風もないのに飛び始めた。

 僕は慌てて紙飛行機を追いかける。

 ふわり、ふわりとどこか目的地があるかのように紙飛行機は移動していく。

 廊下から踊り場へ、踊り場から階段へ。

 まるで誘うような速度で紙飛行機は飛行を続ける。

 幾つもの階段を登り、渡り廊下を抜け、再び階段を登ったその途中。

 その壁際で紙飛行機は力を失ったかのように床へと落下した。


「ここが終点?」


 僕は紙飛行機を拾い上げると、辺りを見渡す。

 階段の途中なので当然何もなく、ただ屋上に続く階段が続けているだけだった。


「おかしいな、電池(?)でも切れたのかな?」


 僕はそう言いながら、紙飛行機が止まったあたりの壁を触ってみる。

 ガコンとブロックが凹むような感触、そして――。


「え? えぇっ?!」


 ゴゴゴ、と言う音とともに何の変哲もない壁が開いていく。

 その先には螺旋階段が上へと永遠と続いていた。


「登っても、大丈夫なのかな?」


 僕は恐る恐る螺旋階段を見上げる。

 するとまるで僕を招待するかのように螺旋階段にあるロウソクに火が灯り、辺りが照らされた。

 どういう仕組だろう、と思いつつも僕は好奇心から登ってみることにする。


「それにしても、ここは何のための階段なんだろう?」


 僕はゆっくりと、慎重に辺りの気配を探りながら登っていく。

 一歩踏みしめるごとに石畳で出来た螺旋階段に、足音が反響して少し気味が悪かった。

 どの位歩いた頃だろうか、僕は漸く螺旋階段の終着点にたどり着く。

 そこには金の十字架の装飾が施された、どこか荘厳でありながらも暗い感じのする扉が存在した。

 ここまで来た以上引き返すという選択肢もなく、僕は生唾を飲み込みながら扉を開いた。


「――ようこそお出で下さいました。わたくしの名はヴァーミリオン。あなたを歓迎致しますわ」


 飛び込んできたのは聞くものを惹きつけるカリスマ性のある声。

 扉の装飾といい、恐らくは高貴な家柄の人なのだろう。

 僕は勝手な予測をしながらも、声の主を探す。

 部屋は蝋燭の明かりのみでやや薄暗いが、古風で気品に満ちた調度品と家具で取り揃えられている。

 そしてそのまま視線を部屋の奥へと移すと、そこには如何にも絵本などに居る貴族然とした女子生徒が、天蓋付きのベッドに腰掛けたまま僕を出迎えていたのであった。


 †


 一方場面は変わって夕暮れの運動場。

 少女達(?)の楽しそうな談笑が辺りに響く。


「……あまり本気で打ち込んでいる部はないようですね」


 クリスティナは活動中の野球部を見ながら、少し残念な声を上げる。

 その背には銀色のポニーテイルが夕日を受けて鈍く輝いていた。


「そりゃそうだろ、甲子園もなけりゃあ他校との練習試合すらもねぇんだぞ。当然そうなりゃ同好会レベルのゆるい活動にしかならねぇだろ」


 クリスティナの声を聞き、先導していた朱が返答する。

 その燃えるように赤い髪が彼女の気性を表しているかのようだった。

 彼女達は今、朱に案内されて部活の見学中だった。


「それはそうなのですが、しかし、それならば何のための部活動かと思いまして」

「何の為も何もだな、そもそも学園ここは妖魔と慰魔師がパートナーを作るための学校だぜ? 部活動もその一環でしかねぇよ」

「ふむ、つまり単刀直入に言うと合体同好会と言うことか」


 二人の言葉を受けてシルヴィアが納得したように大仰に頷く。

 それにより目に悪そうなピンク色の髪と、大胆に開いた胸元から見える胸が大きく揺れる。


「合た――ッ!?」

「じゃあ、あの部室では今も皆励んでいるって事ですか?」


 絶句するクリスティナを他所に、真は至って平常に朱に尋ねる。

 その格好は当然他の女子と同じ格好をしており、茶色のツインテールと本人の小動物染みた可愛らしさもあって、真の事を知っている人が見ても女子にしか見えないだろう。


「あのな……、お前ら何の為に『泡沫館』があると思ってるんだよ。そ、その……そ、そう言う時の為だろ?」


 朱は顔を赤らめながら言う。

 それを見た真は意地の悪い笑みを見せる。


「あっ、じゃあ、『泡沫館』は事実上愛のホテル的なものと同じで、今もリア充達が夜の部活動してるってことですか?」

「あっ、い、いや、その……じ、実際には知らないが、パートナーになってんだし、その、そういう事も、し、してんじゃねぇのって話だ」


 顔を真赤にしながら朱はぼそぼそと声を絞り出す。

 それを見て真の口角がますます釣り上がった。


「朱ってさ、見かけによらずっていうか、意外と初心だよね」

「わ、悪いかよっ?! つか、見かけによらずってどういう意味だ?!」

「あ、いや、不良っぽいから、結構遊んでいるのかなぁ……って。まあそうならクリスさんがこんなにも近付くことはないんだろうけどさ」


 真は肩が触れそうなくらい距離でいるクリスティナと朱を見る。

 その言葉に二人は目を瞬かせた。

 半ば硬直している二人の代わりにシルヴィアが質問を引き継ぐ。


「む? それはどう言う意味だ?」

「え? もしかして気付いてたの私だけ? だってそういう事でしょ、のクリスさんがって」

「あぁ、成程。真は朱嬢がだからクリス嬢が近付いていると言いたいのか」

「うん、まあそんな感じ。と言うか私には『嬢』付かないんだ。ちょっと残念」


 至って普通であるかのように真達は会話を続ける。

 その会話を無言で聞きながら、朱はおもむろに口を開く。


「クリスティナ、お前俺に近付いて来たのは俺が未通女おぼこだからか?」

「い、いえ、そういう訳では……」


 ジト目で睨んでくる朱からクリスティナは目を逸らす。

 その額からは少し冷や汗が滲んでいた。

 そんなクリスティナに朱は更に追求する。


「じゃあ俺が経験済みだったらお前俺とダチになろうとしたか?」

「それはその……」


 答えに困窮するクリスティナ。

 何故なら実際に朱が経験済みであったのなら、クリスティナからの第一印象は最悪だっただろうからだ。

 しかし、ここで嘘をつけば嘘が嫌いな朱は激怒することだろう。

 だが本当の事を言っても怒ることは目に見えているので、現状クリスティナは八方塞がりである。

 そんな蛇と蛙が向き合っているかのような様相をしている二人を他所に、真とシルヴィアの会話は続く。


「しかしそれならばクリス嬢は処女の私にもっと近付いてもいいはずだ。だが現状私に対してクリス嬢は友好とは言いがたい状況」

「あ~、それは多分ユニコーンはビッチが嫌いだからじゃないかな。シルヴィアさん夢魔サキュバスだし、例え処女だとしても遊んでそうな気がするし」

「失敬な、私は何時でも本気だ。遊びでなどするものか、私は何時でも墓場まで面倒を見る覚悟でアプローチしている」


 真の言葉により憤慨するシルヴィア。

 その仕草、表情共に性別問わず魅了出来るくらい凛々しい物だ。

 だが、それを見ている真の表情はどんどん苦笑いの度合いが深くなっていった。


「うん、私ね、きっとそれが不味いんだと思うな」

「何故だ? 私は何時でも真剣真摯に向き合ってきたつもりだが」

「真摯に向き合う方向性がズレているんだと思うんだけどなぁ」


 目線を逸らしながら苦笑いしている真に、シルヴィアは困惑するように首を傾げる。

 その後ろでは朱に追い詰められたクリスティナが、覚悟を決めた所だった。


「正直に言いますと、朱が乙女だったことが私の第一印象に関わらなかったといえば、嘘になります。ですがそれはあくまで初対面での話です。朱を知った今なら例え朱が清い体じゃなくなったとしても、私は友達で在り続けます」


 クリスティナは嘘偽りのない自分の言葉で朱に宣言する。

 その表情は真剣そのもので、一目で朱も嘘ではないことがわかった。

 朱は肩の力を抜くとそっぽを向きながら照れた様相で口を開く。


「……清い体じゃなくなるって言い方は止めろ。俺が無理やりヤラれるみたいに聞こえる」

「私達ユニコーンが好むのは乙女の清廉さです。例え暴漢に襲われようともその清廉さが無くならなければ嫌いになることなどありません」


 クリスティナはチラリとシルヴィアに侮蔑の視線を向けながらそう言う。

 対するシルヴィアはその視線の意味がわからず眉を寄せる。

 それは二人の永遠に相容れぬ価値観の違いでもあった。

 そんな両者を見比べていた真は、突然何かを閃いたかのようにポンと手を打つ。


「若しかしてクリスさんがキョウのこと好きなのって、年頃はつじょうき男子サル共と違って純真で無垢だから?」

「えぇ?! い、いえ、それはその……なんと言いますか……」


 突然の質問に、クリスティナは耳まで赤く染めながらワタワタとする。

 もし妖魔化していれば尻尾を箒のようにバサバサと揺らしていたことだろう。

 その様子を見ながら、真を面白くなさそうに次の質問を口にする。


「じゃあもしキョウが誰かとパートナー契約を結んで、そういう事をするようになったらクリスさんはその時どうするんですか?」


 二つ目の真の質問にクリスティナは少しの間口を閉じ、思案するように黙りこむ。

 耳まで真っ赤にしていた少し前と違い、今度は真剣且つ少し悲しげな表情で。


「キョウさんが納得した上での関係であれば、私から何か言うことはありません。勿論縁など切ることもなく、私はキョウさんの友達で在り続けます」

「じゃあ、もしキョウが決闘で負けて無理矢理な形でそういうことになったら?」

「その時は私が……」


 クリスティナが目を細め、何かを言おうとした瞬間、ガラスの割れるような音が上空から鳴り響く。

 それと同時にその場に居た全員が上空を見上げた。

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