第四章 『真祖』

第52話「妖魔の格」

「あ~そういやあった、確かにあったな。俺達も1年のこの時期、体育でドッヂボールさせられたな」

「そうなのですか?」


 午前の授業が終わり、昼休憩時。

 学食には大勢の妖魔と慰魔師でごった返して、喧騒極める中。

 僕らは朱さんにこの前行ったドッヂボール大会の顛末を話していた。


「その時もやはり浄蓮教諭達が?」

「あぁ、うちの担任や学生寮の担当二人が参加してきやがった」

「結果はどうなりましたか?」


 豪快にうどんを啜っている朱さんに、クリスティナさんは少し興奮気味に聞く。

 クリスティナさんの前には山盛りのサラダがあり、それを上品にフォークで食べていた。

 ここ最近の食事をこっそり観察する限り、どうやらクリスティナさんは野菜と果物以外はあまり好きではない様だ。

 他の女子達の例に漏れず、あのくうですらチョコレートパフェなどのスイーツには目が無いというのに、果物以外の甘味を食べようとしないところから、もしかすると食べられないのかもしれない。

 一緒に居ても中々会話に加わることが出来ない僕は、今日も一人寂しく話題になりそうな観察を続けていた。


「タイマンならまだしも、あんな奴らに俺一人で勝てるかっての」

「まあ、普通はそうですよね」

「?」


 そう言いながらも何故だか僕を見てくる朱さんとクリスティナさん。

 一体どうしたのだろう。

 僕はオムライスの乗ったスプーンを咥えたまま、首を傾げた。


「それだけキミが凄いということだ。キミはこの前の偉業をもっと誇るべきだと私は思う」

「うん、うん、そ~だよね~」


 すると両隣の席に居たシルヴィアさんと刹那さんが僕に声をかけてくる。

 シルヴィアさんはスコーンに紅茶とサンドイッチ、刹那さんは素麺にかき氷となんとも質素な食事だ。


 ――それにしても。


 僕は改めて食堂のメニュー欄に視線を送る。

 この食堂ではという、始末。

 それも汎ゆる妖魔のニーズに答えるために、普段人間があまり食べない料理などが多彩に存在するのだ。

 例に上げると、牛の丸焼き、コモドドラゴンの姿焼き定食、B型の生き血スープから鉱物、夢、霞などなどなど。


 流石の僕も食べれる気がしない料理名がところ狭しと並んでいた。

 と言うかB型の生き血スープってなんだろう。

 人の生き血そのものじゃないのだろうか。

 考えるだけで血管がゾワゾワする名前に、僕は一人震えた。


「せめてヴァーミリオンが居れば、まだ分からなかったんだがな」

「ヴァーミリオン?」


 朱さんの言葉にクリスティナさんが聞き返す。

 その言葉に、僕らから少し離れた所でお結びを頬張っていたくうが少し反応した。


「…………」


 お結びをモグモグとしながら、くうは二人に視線を向ける。

 何か気になることでもあったのだろうか。

 僕はくうのほっぺにご飯粒が付いていることを発見しながらも、朱さんの言葉を聞く体勢に入った。


「あぁ、わりぃ。ヴァーミリオンってのは俺のクラスの妖魔でな、大妖クラスの力を持ちながら常時貧血なんで体育だとかのイベントには参加できないやつだ」

「そんな方が……」

「けど、能力の多彩さは妖魔の中でも頭一つ二つ抜けていてな、あれは生徒会の美鈴や若と変わらないレベルじゃねぇのかな」


 僕は朱さんの話を聞きながら、再びくうの方を覗き見る。

 しかしもう興味がなくなったのか、くうは無表情のままお結びを頬張り続けていた。

 ついでに先ほどまでついていたご飯粒もいつの間にか消えている。


「はい、はい、朱……さん? 質問があります」


 そんな中、クリスティナさんの隣でパフェを突いていた真さんが手を上げる。


「朱でいい」

「えと、じゃあ朱。その妖魔おんなのこたちの間でちょこちょこ出てくる大妖クラスって、何? 私前々から凄く気になっていたんだけど」

「わ、吾もじゃ」


 真さんの言葉にお汁粉を飲んでいたつき子ちゃんが反応する。

 慌てて反応した所為か、その口の周りは汁粉まみれだった。

 そんなつき子ちゃんの様相を見て、くうは心底呆れた顔で口を開く。


「……お前は知っていないとダメでしょ、洗濯板」

「何をっ?! だいたいそう言うお前もそう変わらぬ大きさではないか、このひんにゅー!!」

「……殺されたいの?」

「ひぃ――っ!!」


 くうとつき子ちゃんが揉めている横で、朱さんは何事もなかったかのようにお茶を啜る。

 と言うか、朱さんだけじゃなく、僕以外誰も気にした様子がないのがあれだ。

 僕はつき子ちゃんが少し可哀想になった。


「あ~、大妖クラスってのはだな。所謂の名称なんだよ」

「妖魔の格?」

「そうです、西洋では妖魔の格をAからDまでの4つに分けていて、大妖クラスはその内の最高ランクAに相当します」


 朱さんの説明に補足する形でクリスティナさんが付け足す。

 僕はその話を聞きながら少し首を傾ける。

 昔きよさんに聞いた話と少し違うような気がするのだ。

 何が違うのかと言われれば、全くわからないのだが。

 でもクリスティナさんや朱さんが口を揃えていっているのだから、恐らく僕の記憶違いだろう。

 僕はそう思うことにする。

 そんな僕を他所に、真さんは興味津々そうな顔で乗り出した。


「へぇ~、じゃあそのヴァーミリオンて妖魔ひとってめちゃくちゃ強い妖魔なんだ。あっ、参考程度に教えて欲しいんだけど、クリスさん達のランクってどの程度なの?」

「朱はその方と同じくAランク。私はBランクといったところでしょうか。他の方も大抵はBかCランクだと思います」

「吾は? 吾のランクはどうなのじゃ?」


 クリスティナさんの言葉につきこちゃんがキラキラとした笑顔で質問する。

 くうとの諍いの中でも、ちゃんと聞いていたようだ。

 僕はその逞しさは素直に凄いと思った。


「貴方は、そうですね……」

「お前は限りなくDに近いCよ」


 クリスティナさんが答えようとした所で、セリフに割り込んでくるくう。

 もしかするとだが、意外とくうも会話に参加したいのかもしれない。

 最近のくうの口数を見て僕はふとそう思った。

 僕がそんな事を思っている間にも、会話は進む。


「何っ?! こんなに凄い能力を持っておるのにか?」

「妖魔の格に能力の質はそこまで関係しない。そもそもこの格付は退魔師にんげんによる討伐難易度を表しているだけのもの、この学園ではマイナス要素でしかない」

「討伐難易度……」


 くうの言葉に少し皆の雰囲気が沈む。

 それも当然だろう。

 

 妖魔と人間の共生を謳うこの学園の理念とは相反する言葉である。

 僕もどうして仲良く出来ないのだろう、と気分が暗くなった。

 そんな雰囲気の中でくうだけ無表情のまま淡々と話を続ける。


「そう、汎用的な基準だとDは一般人でも討伐可能、Cは退魔師か複数の一般人が討伐可能、Bが一流の退魔師か複数の退魔師が討伐可能、Aが複数の一流の退魔師が討伐可能と言った具合に。勿論こんな基準だと時代や土地毎や測定者によってかなり差異が出る。このランク付けはその程度の分類でしかないものよ」

「あーっと……。その、つ、つまり朱やそのヴァーミリオンさん達Aランク妖魔はすごく強くて、私達普通の人間じゃどう足掻いても勝てない存在ってこと?」


 真さんは無理にテンションを上げたような、上ずった声で聞き返した。

 それだけで沈んだ空気が少し緩和したような気がした。


「……基本的には、そうね」

「じゃあ、この前のキョウは一体……」


 真さんの言葉に、皆の視線が一斉に僕に向く。

 完全にこの場の置物と化していた僕は、突然の注目にスプーンの力加減を誤る。


「――ぐえっ?!」


 自分の喉をオムライスの乗ったスプーンで思いっきり突いてしまい、僕は盛大に噎せ返った。

 どうにも暗い話が続きそうなので、ご飯を食べていようと思ったのが失敗だったようだ。


「……鹿

「お水ですぅ~」

「あ、ありがとうございます」


 くうの罵倒を受けながら、僕は刹那さんが手渡してくれた水を一気に飲み干す。

 そのお陰で何とか嚥下できたが、直前までの話が何の話かすっかり分からなくなってしまった。

 まあ元々あまり分かっていなかったのだけれども。


「そ、そう言えば朱はヴァーミリオンという方と親しいのでしょうか。良ければどのような方知りたいのですが」


 どこか少し慌てた様子でクリスティナさんが朱さんに話題をふる。

 そのやや不自然な話題の切り替えに、僕だけじゃなく周りの皆が少し不思議そうな顔をした。

 何か都合の悪いことでもあったのだろうか。

 僕はクリスティナさんに視線を送る。


「親しいって程じゃねぇが、まあ、クラスの連中に比べりゃましな方だな。俺もアイツもはみ出しもんだからな」

「朱、そう言う自分を卑下するような言い方は……」

「事実だからしょうがねぇよ。妖魔おんな共は兎も角、慰魔師やろう共にとっては大妖クラスの妖魔ってのはみてぇなもんだからな。武装パートナーとしては過剰すぎてコストが割に合わねぇし、かと言ってふとした拍子に銃口を向けられれば対処しようがないから腫れ物にさわるような感じになる。どうやったって浮くわけだ」

「朱……」


 朱さんの言葉にクリスティナさんは悲しそうな顔をする。

 僕はその言葉を否定するために口を開こうとした。

 しかし、その前に朱さんは僕を見ると照れたように笑う。

 僕はその顔を見ると何も言えなくなった。

 何故なら朱さんの顔には負の要素なんて微塵も感じなかったのだから。


「けどま、キョウのように俺とダチになりてぇ、なんて言ってくれる変わりモンも偶にはいるからな、そう悪いことばかりでもねぇよ」

「朱、私も友人のつもりですが?」

「……んなこと言わなくてもわかってる」


 クリスティナさんの言葉に、朱さんは顔を恥ずかしさを誤魔化すように瓢箪に口をつける。

 僕はそんな二人の関係を見て羨ましくなった。

 僕もいつか二人にそう言ってもらえるようになれるのだろうか。

 二人はそんな僕の視線に気付くこと無く、寧ろ遮るように真さん達がその周りに群がり始めた。


「あっ、私真。正直まだまだ怖いけど、でも朱はかっこいい系の美人だから私も友達になる」

「なんか引っかかる言い方だが、まあよろしくな、真」

「刹那ですぅ~、私も友達になりますぅ~」

「お、おう、よろしくな、刹那」

「吾はつき子じゃ、何だか状況が全く分からぬがよろしくの」

「いや、全く分かんねぇ状況でよろしくしていいのか?! 後々後悔しねぇか?! 色々と大丈夫か?!」

「朱嬢、私もその男と女が複数人で組んず解れず友好を深め合う間柄になりたいのだが……」

「てめぇは何か俺らの関係を誤解してないか?! 俺とコイツらの間に淫らな要素は……これっぽ、っちも……ないん……だぜ……」

「――朱? やはり貴方はキョウさんをそういう眼で……」


 皆口々に友達になろうと朱さんに声をかけていく。

 そんな中、再び置物へと戻った僕は非常に疎外感を感じた。

 僕も皆の輪の中に入っていけばいいのだろうけれども、しかしそんな勇気と言葉はなく、ただ黙って見ていることしか出来ない。

 どうすれば皆と自然に会話ができるのだろうか。

 考えても考えても一向に答えは出ないのが、ボッチの所以だと思った。


「話が逸れたな、あ~っとヴァーミリオンの事だっけ? アイツはだな……」


 皆に囲まれたまま、ヴァーミリオンと言う人のことを話しだす朱さん。

 僕は相変わらず黙って聞いていることしか出来ない。

 しかし、少しくらい皆に距離を詰めてもいいかもしれない。

 もしかすると自然に会話に混ざれるかもしれない。

 そんなことを思案し始めたその時だった。


「――ねぇ、ねぇ、キミがキョウ君?」


 ふと後ろに気配を感じて振り向くと、幾人もの女性ようまが僕を見つめていた。

 いきなり起きた状況に僕はビクリと震え固まる。

 何の用だろうか、どうして僕の名前を知っているのだろうか。

 僕は緊張で口の中がカラカラになった。


「えと、えと……その……はい」

「キミに決闘で勝てば何してもいいってほんと?」


 目を輝かせている先輩達(恐らく)を前に、僕は全身から冷や汗が出てくる。

 決闘? 何してもいい?

 一体僕をどうするつもりだろう?

 生意気だとか言われて、校舎裏で暴力を振るわれたりするのだろうか?

 僕の脳裏にバイオレンスな光景が浮かび、心臓が更に早鐘を打つ。

 それでも何か答えなければと、僕は懸命に応答する。


「えーっと、何でもってわけじゃ、ないです……けど、その、パートナーには、ならせてもらい、ます」

「きゃーっ! じゃあ、私決闘申し込む」

「あっ、ずるいー、私も私も」

「えっ? えっ? あ、あの……?」


 僕がパートナーになるといった瞬間、辺りから雪崩のように押しかけてくる先輩達。

 途端に僕は押しつぶされそうな勢いで先輩達に囲まれた。

 そんな状況もあってか、僕の頭の中で情報が処理できずパニック状態になる。


 ――どうしよう、どうしよう?

 決闘って一日一回以上受けれたっけ?

 申し込まれたら必ず一回は受けなければならないって聞いたんだけれど、それ以上は駄目なのだろうか?

 そもそも何でこんな状況になっているんだろ?

 分からない、分からない。


 押し合い揉み合い、熱気と体の所々に柔らかい感触と幾つもの混ざり合った香水の匂いで僕の混乱は頂点に達した。


「ひゃぁん?! な、何これ?! キョウ君の体に触れるとすっごい気持ちいいんだけど?! 若しかして私の運命の人?」

「え? ほんと? ぁふっ! やば、これ超気持ちいい。私ハマるかも」

「私も私も――。お? おおおぉぉぉ――――っ?!!! すごっ!! 体に触れただけでビクッ、ってなった!!」


 次々と伸びてくる腕に僕は頭や顔、腕、胸、腹部、太腿を触られ続ける。

 ちょっと嬉しい気持ちも無きにしもあらずだが、こんなに近くで囲まれるのは少し怖い。

 僕は思わず目を瞑る。

 その時――。


「おいテメェら、それ以上薄汚い手で俺のダチに触れるな。――――殺すぞ」


 平穏な食堂内で極大の妖気が膨れ上がったと思うと、ある一点に収束される。

 僕は殆ど反射的に瞼を開き、その方向に視線を向ける。

 そこには樹齢何百年の大樹を思わせるような太さの棍棒が、朱さんの手に握られていた。

 僕と決闘したあの時とは違い、

 妖魔化していないとはいえ、こんな所で振れば僕でも一溜まりもないだろう。

 そう思えるだけの圧力をこの棍棒は発している。


「ひっ!! 『血塗れの朱』」

「ま、待って、私達はただ決闘を……」

「――決闘の申し込みを引っ込めここから逃げるか、今ここで俺に叩き潰されるか、どちらか選べよ」

「「「ご、ごめんなさ~い」」」


 ドスの利いた朱さんの声に、一目散に駆け出す先輩たち。

 その光景にホッとしつつも、少し名残惜しい気もする自分が居た。

 そんな僕の側に朱さん達が駆け寄ってくる。


「大丈夫か、何か変なことされなかったか――」

「大丈夫キョウくん? 怪我はなかったかしら?」


 しかし朱さん達が駆け寄ろうとするより一瞬早く、優しく声をかけてきた人が居た。

 その聞き覚えのある声に、僕は思わず視線を向ける。

 絹のように滑らかな金色の髪に、知性を感じさせる目鼻の通った顔立ち。

 それでいて少しも冷たさや怖さを感じさせないという、温和で優雅な面持ちの人物。


「――朱、追い払うためとはいえ、流石にそれは物騒ね。早々に仕舞ってくれないかしら?」


 そこには現生徒会長、美鈴さんが居たのであった。

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