第51話「もしかすると誰も優勝賞品を覚えていないのかもしれない」

「やった、勝ったよ皆」


 僕はきよさんの試合終了宣言を聞いて、皆の元へ駆け出す。

 そこには保健室から戻ってきたシルヴィアさんの姿もあり、全員揃っていた。

 これで漸く僕達の戦いが終わったのだ。


「えぇ、お疲れ様でしたキョウさん」


 皆を代表して、クリスティナさんが僕を出迎えてくれる。

 だがその表情はあまり嬉しそうではなく、目線も僕に合わせようとしない。

 一体どうしたというのだろうか。


「?」


 僕は不思議に思いながらも、この喜びを表現するために両手を広げクリスティナさんに抱きつこうとした。

 しかし――。


「――っ」


 その瞬間、クリスティナさんを含む皆が一歩後ろに下がった。

 僕は突然起きた出来事に思わず目を瞬かせる。

 自分でも何が起こったのか、理解できなかったからだ。

 僕は皆の顔にそれぞれ視線を這わせていく。

 だが誰一人として視線を返してくれる人はいなかった。

 何故僕と目線を合わせようとしないのだろうか。

 僕は疑問をぶつけるために一歩進む。


「………………」

「――っ」

「………………」

「――っ」


 僕が一歩踏み出せば、それに釣られるように皆も一歩下がる。

 僕が二歩踏み出せば、皆は同じように二歩下がる。

 進めど、進めど僕らの距離は永遠に縮まなかった。


「えと、クリスティナさん? 僕たちは友達、ですよね?」

「はい」

「それは今も変わらないですよね?」

「……はい」


 そう言いながらにじり寄る僕と、後退るクリスティナさん達。

 一体本当にどうしたというのだろうか。

 僕は訳がわからなかった。

 そんな僕の側にくうが来た。

 何やらきよさんと話す事があったようだが、用事はもう終わったのだろうか。

 くうの顔に視線をやると、その顔は無表情ながらも若干呆れ気味であった。


「……いい加減その妖気吸収やめなさい。こいつらを干物にするつもり?」

「あっ」


 くうの言葉で僕は漸くクリスティナさん達が何故逃げていたのか理解した。

 言い訳をすると、妖気吸収は自分にとって呼吸のようなもので、行っているかどうかを態々意識しなければ判別がつかないのだ。

 僕は直ぐ様妖気吸収を止める。

 それと同時に皆、ホッとしたように胸をなでおろした。


「ごめんなさい、でもこれで大丈夫ですよね?」

「えぇ……ってキョウさんっ?!」


 僕は確認すると同時に、思いっ切りクリスティナさんに抱きつく。

 その際にクリスティナさんの体が硬直するようにびくっと震えたが、すぐに硬直は解けていく。

 硬直が解けるのを確認すると、僕は痛がらないように力を加減しながらクリスティナさんをギューッと抱きしめた。

 距離がさらに近くなったことにより、クリスティナさんのいい匂いが僕の鼻孔をくすぐる。


「えーっと、くうさん、今のキョウさんは一体どのような状態なんですか?」

「会話すれば分かる」

「会話、ですか……」


 くうとクリスティナさんがよくわからない会話をしている。

 僕の状態がどうとか、どういう意味だろうか。

 


「あの、キョウさん。えっと、突然こんなことを聞くのも変なのですが、妖魔のことどう思っていますか?」


 クリスティナさんは僕を見下ろしながら、戸惑いがちにそんなことを聞いてくる。

 妖魔のことをどう思っているかだって?

 

 僕は満面の笑みで口を開く。


「ひぃ―――っ?!」


 僕がそう言った瞬間、クリスティナさんは身を捩って逃げようとする。

 けれども僕ががっちり掴んでいるせいで逃げれない。

 それでもジタバタ暴れているクリスティナさんをちょっと可愛いと思いつつも、僕は首を捻る。

 この慌てよう、一体どうしたと言うのだろう。

 何をそんなにも怯える事があるというのだろうか。

 そこで僕は自分が言ったことを振り返ってみる。


「あっ、すみません。クリスティナさん達の事じゃないです。さっきのは危害を加えようとする妖魔だけの話です」


 僕はクリスティナさん達が怯えた理由を理解し、訂正する。

 確かに妖魔は僕にとって敵だが、妖魔全てが敵なわけではない。

 妖魔でもくうやきよさんのように、家族と同等以上に親身になってくれる人もいる。

 そしてそれはクリスティナさん達も同じだ。

 何故なら僕にとってクリスティナさんは大切な――。


「クリスティナさんは僕がこの学校で初めて出来た大切な友達ですから。だから敵じゃありません」

「……キョウさん」


 僕が笑顔で笑いかけると、クリスティナさんはくすぐったそうに目を背けた。

 そして僕はもう一人の古くからの幼馴染に言わなければいけないことがあった。

 僕はクリスティナさんを開放すると、くうの方に向き直る。


「…………何?」


 彼女はやや不機嫌そうな声音を出しながらも、僕に反応する。

 不機嫌そうな気配を纏いつつも、ちゃんと聞いてくれる体勢に入ってくれているのだ。

 そんなくうに、僕は笑いかけた。


「さっきの試合、僕を護ってくれてありがとう」

「――っ。ふん」


 僕のお礼に素知らぬ顔をしてそっぽを向く、くう。

 心なしか、耳が少し赤くなっているような気もする。

 こういう不器用なところも相変わらずだ。

 そんな僕らのところにきよさんが歩み寄ってくる。


「盛り上がっている所悪いが、まだお前達には優勝賞品を決めるという仕事が残っているんだがな」

「優勝……」

「……賞品?」


 きよさんの言葉に僕らは一斉に顔を見合わせる。

 そう言えばそんなものもあったかもしれない。

 試合に夢中になるあまり、すっかり忘れていた。

 そんな僕らの態度を見て、きよさんは軽く溜息を吐いた。


「覚えていなさそうだから改めて私が言うが、優勝したチームは参加者の中から一人、誰でも一日デートに誘うことが出来る権利だ。さあ好きに選ぶといい、と言ってもほぼ決まりなようなものだろうがな」

「?」


 きよさんの言葉にクエスチョンマークを浮かべる僕を他所に、僕以外のチームのメンバーはお互いに牽制し合うように睨み合う。


「――ここは後々面倒がないように、皆一斉に指名しませんか?」

「私は異議なしだ」

「オーケーなのじゃ」

「だいじょ~ぶ」

「…………」

「その皆って、若しかして私も含まれてる?」


 何だかよくわからないやり取りをしながら、皆は真剣な顔で各々頷き合う。

 くうだけは無表情のままだったが、僕と違い皆の話を理解しているようだった。


 ――面倒がない? 指名?

 デートの相手なんてクラス中選り取り見取りなのだから、被らないように好きに選べばいいと思う。

 それともそんなに皆から好かれるほどのイケメンが居るのだろうか。


 僕は辺りを見渡し、クラスの男子を探る。

 皆慰魔師なので、少なくとも平均以上の顔つきをしている、気がした。

 気がしたというのは、僕自身女子の言うイケメンがどのような者なのか見たことがないので、自身の感性で判別するしかないからである。

 その間にもクリスティナさん達の話は進む。


「では――」


 クリスティナさんの合図とともに皆は一斉に指を動かす。

 僕はクラスのイケメンを探しつつも、皆がそこ迄して選ぼうとする人が誰なのか気になった。

 そして指は一斉に振り下ろされる。


「キョウさん」

「キミだ」

「キョウなのじゃ」

「キョー君」

「……キョウ」

「クリスさん」


 結果、皆が同時に僕の方を指さしていた(真さんを除く)。


「……へ?」


 僕は想定外の出来事に素っ頓狂な声を上げつつ、自分の後ろに誰かいないか振り返って確認する。


「……いや、キミだから」


 僕が振り返ると、ちょうど僕の後ろに居たミクさんが呆れた顔で返答する。

 僕は事態がいまいち飲み込めず硬直した。

 そして数秒後――。

 

「え? ええぇぇ―――ッ?!」

「うわっ、反応遅っ!?」


 僕はあまりの驚きに、全身の妖気を霧散させてしまう。

 それもそのはずだろう。

 

 罠か陰謀を疑うほうがまだ正常というもの。


 ――大体クリスティナさんとくうは兎も角、シルヴィアさんや刹那さん、つき子ちゃんまで僕を指名だなんて有り得るのだろうか?


 自分で言っていて悲しくなるが、この僕なのだ。

 ちょっと体を動かすのが得意なだけの、基本独りぼっちな僕がチームのメンバー全員(真を除く)から指名など妄想と言われても仕方ない事象である。

 先程の試合中に気絶して、これは僕が見ている夢というオチのほうがまだ現実味があった。

 と言うか、そもそもだ。

 


 混乱する中、先程まで鮮明に残っていたはずの勝利のビジョンがどんどん霞んでいく。

 僕は自分で自分の記憶の適当さにますます訳がわからなくなった。


「――だそうだが、我が愛子は誰を選ぶ?」

「え、選ぶ?」


 きよさんの言葉に僕は皆を見渡す。

 そう言えばそういう賞品だった。

 でも僕に誰か一人をデートに誘うなんて……。

 僕はプレッシャーで心臓が押しつぶされそうになる。


「キョウさん、である私を選んでください」

「いや、ここは友でいると約束した私を選ぶべきだろう」

「キョウっ、吾を選ぶのじゃ」

「キョー君、私と一緒に一日中ゴロゴロしよ~。――――――――雪山で」

「……好きにすればいい」

「クリスさん、私と遊園地行きましょうよ~」


 誰か一人、酷く恐ろしいことを言っているような気もするが、現在僕は皆から選択を迫られていた。

 デート自体のこともそうだけれども、この中から一人を選ぶなんてとても僕にはできそうにない。

 と言うか、誰か一人を選んだらまた争いが始まりそうな気もする。

 そもそも何で僕なのだろうか。

 僕のチームに男子が僕しか居ない(?)せいなのだろうか。


「え~っと、え~っと――――。あっ!」


 頭が熱暴走で溶けそうになる中、僕の脳裏にフッと天啓が舞い降りる。

 そう言えばチーム内同士ならば特典が付くと言っていた気もするし、きっとそれ目当てに違いない。

 だったら皆に特典が行くような選び方をすればいいのでは?

 僕は自分の中で浮かんだ名案を、おずおずと口にする。


「え~っと、チームの皆全員、じゃ駄目ですか?」

「「「「「「………………」」」」」」


 僕がそう言った瞬間、シラけた眼で僕を睨んでくるチームのメンバー達。

 どうやら浮かんだ名案は悪手だったようだ。

 無言で撤回するよう圧力をかけてくるチームメンバーに、僕は自分の失敗を悟った。


「あっはっはー、別に構わないぞ。キョウの好きにすればいい。元よりお前達に文句を言う理由も権利もないだろう?」


 そんな中、僕らの反応に反するようにきよさんだけ豪快に笑う。

 それによりクリスティナさん達は皆一様に黙ってしまった。

 権利と理由とは一体何のことだろうか。

 しかし、そんなことを聞ける雰囲気ではなく、僕らは笑い続けるきよさんの言葉を待つしかなかった。

 きよさんは一頻ひとしきり笑った後、懐からコイン袋を取り出して見せる。


「さて、これがグループ内で相互デートが発生した時の特別賞品だ。どう使っても構わないがペアで5枚だからな? 使


  僕らの目の前で5人分のコイン、合計二十五枚の金貨を取り出して僕に渡す。

 金貨5枚と言うと、一ヶ月食べるのに困らない程度の額である。

 普通に考えれば半分に分けるのが公平だと思うが、きっとそう言うことではないのだろう。

 鈍感な僕でも理解できる。

 この金貨はきっとデートに使用しろということなのだろう。

 だが、校内でしか使えないコインをどうやってデートに使うのだろうか。

 僕が首を捻るとそれを見かねたのか、きよさんが説明してくれた。


「コインは現金との交換は禁止されているが、物々交換に関しては禁止してない。どこかに行きたいのであればその場所のチケットを買うことだな。一応許可さえ取れば学園生でも立ち入れる妖魔経営のアミューズメント施設はいくつかある。何にせよ上手く使うといい、一応は学校の金だからな。成果を期待しているぞ私の愛子よ」


 そう言うときよさんは仕事は終わったとでも言うように、唐突に消えていった。

 こうして僕らのドッヂボール大会は幕を閉じるのであった。

 ただ、それで全てが万事終了したかと言われると、それは否であり。

 更なる厄災が僕を待ち受けていた。


「キョウさん? ちょ~っとお話があるんですが、此方に来てもらえませんか?」

「だ~いじょ~ぶ~、何もしないから~」

「私も少々キミと話し合いたいことができた」

「さぁさぁ行こうぞ」

「………………」


 僕は皆の呼びかけにゆっくりと振り向くと、そこにはくう以外が妖魔化して立っていた。

 そして明らかに怒気の混じった妖気をこれでもかというほど振りまいている。


「え、えっと……な、なんでしょう……か」


 その威圧感に僕は思わずたじろぎ、後退りする。

 だが、その退路もいつの間にか後ろに居た真さんによって止められた。

 僕は一抹の希望を求め、縋るように真さんの方に顔を向ける。


「一遍死んでこい♪」


 しかしその僕の無言の懇願は、めちゃくちゃいい笑顔をした真さんによって却下される。

 その間に他の皆は僕を包囲していた。


「ひぃっ!! 誰かた、助けて――――っ?!!」

「だぁ~め」


 僕の叫びが校庭に木霊する中、殆ど引きづられるように僕は校舎裏に連れて行かれるのであった。

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