第105話「急に優しくされると罰ゲームか何かと疑う」

 ――変だ。


 僕はどうしようもなく違和感に苛まれていた。

 まるで世界が一変したような、そんな変な違和感がある。

 一体どうしてしまったのだろうか。


「あ、あの、クリスティナさん?」

「どうしました、キョウさん」


 クリスティナさんは優しげな笑顔を僕に向ける。

 昨日までのどこか他人行儀な様子はどこへやら、幼い子供を見るような庇護の視線を向けている。

 その行為自体は嬉しい。

 悩みの種だったクリスティナさんが仲良くしてくれるのだ。

 幸せだと言う事に何の異論もない。

 しかし過程が抜けている所為で違和感が抜けないのだ。


「いや、えっと……何かありました?」

「な、何かって何がですか?」

「その、昨日変なものでも食べました? それとも宇宙人に攫われて何か変なことをされたんじゃ……」


 僕は純粋にクリスティナさんが心配で顔色を窺う。

 クリスティナさんが自己解決したのであれば何も問題はないが、もし何かあったら大変である。

 この言動により再び変な目で見られる事になろうとも、クリスティナさんの容態の方が心配だった。


「……あれだけ離れたくないと言っておいて、近づいたら疑うんですね」

「え?」

「いえ、何でもありません」


 頬を可愛らしく膨らませながら、クリスティナさんはソッポを向く。

 どうやら機嫌を損ねてしまったみたいだ。

 しかし心なしか先程より距離が近づいて見えるのは、僕の願望が生み出したまやかしだろうか。


「はぁ……もういいです。単刀直入に言います」

「は、はい」

「私と付き合ってください」


 クリスティナさんの言葉に辺りが時間を忘れたかのように静まり返る。

 まるで誰かが問題発言したかの様な、静まり方だ。

 それに皆の視線が僕の方に集中している気がする。


「えっと、はい、勿論いいですよ」


 僕は周りの視線に戸惑いながらも、二つ返事で頷く。

 僕が返事をした瞬間クラスにざわめきが生まれるが、訳がわからないので気にしない事にする。

 対するクリスティナさんは、何かに気が付いたかの様にみるみる顔を赤くなっていた。

 そしてブンブンと大きく左右に首を振り始めたので、最早僕は周りを気にする余裕はなくなる。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。で、では放課後にこの前の決闘があった場所で……」


 そう言い残すと、クリスティナさんはそそくさと席に戻っていく。

 どうしてクリスティナさんの顔が赤くなったのだろうか、と僕は悩み続けるのであった。


 †


 ――放課後。


「ふっ――!!」


 突き出された角を僕は余裕で避ける。

 速度だけで言うのであれば別に遅くはない。

 だが攻撃に躊躇いがある以上、打つ前に動作を見れば簡単に避けれるのである。


「はっ――!! やっ――!!」

「うーん」


 今、僕らは学校から少し離れた空き地でクリスティナさんの修行の手伝いをしていた。

 クリスティナさんの要件とはずばりこうである。



 この一言に尽きる。

 そこに理由を問うのは野暮だろう。

 何より友達である彼女が希望している以上、勿論手を貸してあげたい。

 だから僕はどうすれば強くなれるかを只管考えていた。


「くっ、今の私では考え事しながらでも余裕で対処できると、そう言いたいのですね」

「あっ、いやそう言うわけじゃないんだけどね」


 躊躇いがなくなり、先程よりも鋭くなった攻撃を避けながら僕は弁明する。

 現在

 それでも僕がクリスティナさんの攻撃を避けれるのは、技術と経験、そして身体能力の差だろう。


「色々言いたいことはあるけれど、あれですね。クリスティナさんは武器に例えると針ですね」

「針……ですか? 槍ではなくて?」


 一度手を止め、クリスティナさんは聞く態勢に入る。


「と言うか針は武器なんですの?」


 僕達より少し離れた場所で、見学していたヴァーミリオンさんが隣の朱さんに聞いていた。

 朱さんは知らねえよと、邪険にしていたが僕は気にせず話を進める。


「槍は突きに印象が取られがちだけど、払いのほうが厄介で強力。でもクリスティナさんの角には、と言うか有効な攻撃になるのは角先だけといったほうがいいかな」


 僕の言葉にクリスティナさんはムッとした顔をする。

 払いも出来ると言いたいのだろう。

 しかし僕は首を振りそれを否定する。


「クリスティナさんの突きは防御不能の必殺技です。故に相手はそれが放たれれば。だけど払いであれば受け止めることが出来る。払いをするなと言いたいわけじゃないけれど、リスクのほうが大きいかなって僕は言いたいんです」

「なるほど、だから針……という訳ですか」

「はい、適度に距離を保ちつつ先端で攻撃を続ける。それがその角の最も適した戦い方かと」


 僕の言葉にクリスティナさんは頷く。

 勿論口で言うほど簡単なことではない。

 突き一本に絞れば攻めが単調になり、読まれやすくなる危険性がある。

 しかしそこは修行するしかないだろう。

 生まれ持った才能や種族を凌駕するには、別の部分で努力するしかないのだから。


「つーかよ、修行するなら俺達でも良かったんじゃねぇの?」


 瓢箪に口をつけながら、朱さんはクリスティナさんにそう言う。

 その表情はかなり不満そうである。

 直ぐ側にいるヴァーミリオンさんが対照的につやつやした顔で微笑んでいるので、余計に浮き彫りとなっていた。


「それはそうなのですが……」

わたくしとしてはキョウの血が吸えて満足でしてよ?」

「てめぇは黙ってろ」


 言い淀むクリスティナさんの肩を掴み、朱さんは少し離れた場所まで引っ張っていく。

 内緒話というわけだ。

 僕はうっかり聞いてしまわないように、二人から意識を逸らした。

 クリスティナさんが修行の相手に僕を選んだのは凡そ想像がつく。

 と言うよりも、そもそも強い能力や肉体を持つ朱さんやヴァーミリオンさんでは、練習にはなっても戦い方など教わる事は出来ないだろう。

 僕自身も妖気吸収と言う能力があるが、一応は退魔師にんげんだ。

 妖魔かくうえとの戦い方は心得ているつもりである。


「お前なぁ……いや、いい。たく、分かったよ。そういうことなら俺も協力する」


 話は終わったのか、朱さんが大声で呆れている。

 きっとなにか面白い話だったのだろう。


「協力って何をするつもりですの?」

「要はあれだろ、適度に距離を取るってのは相手の攻撃を避けれないと無理ってことだろ?」

「まあそうですわね」

「だったら俺も攻撃すりゃもっと修行になるってことだろ?」

「え?!」


 朱さんの言葉にクリスティナさんが顔を引き攣らせる。

 そんなクリスティナさんの様子を知ってか知らずか、ヴァーミリオンさんはパンと手を合わせて瞳を輝かせた。


「ではわたくしも参加すれば更に練習になるということですわね」

「えぇ?!」


 妖気を開放し、臨戦態勢になる二人。

 その様子に僕は心の中で手を合わせる。

 強くなりたいとクリスティナさんが願ったのだ。

 頑張ってもらうしかない。


「あの……ちょっとま――」


 悲鳴と轟音が響き続ける中、僕はクリスティナさんを観察しながらフィードバックする内容を考えるのであった。



 †



 ――その週の休日。


 今日もクリスティナさん達と修行する為に僕は出かける準備をしていた。


「ふん、ふふ~ん♪」

「ピィ?」


 知らず知らずのうちに出た鼻歌に、ピーちゃんは首を傾ける。

 少し恥ずかしいが、昔から付き合いの長いピーちゃんなら分かってくれるはずだ。

 最近毎日が楽しくて仕様が無いのだ。

 クリスティナさんが僕を頼ってくれる。

 こんな僕でもクリスティナさんの役に立てる。

 それはとっても素敵な事で、僕は幸せの絶頂に居た。


 ――最近ヴァーミリオンさんに血を吸われる度にところどころ記憶が曖昧だけど。


 それはきっとそう言う事なのだろう。

 僕は極力考えない様にする。

 重要なのはクリスティナさんが喜んでいると言う事だ。

 最近はそれと同じ程度ヴァーミリオンさんと朱さんがいる気がするが、きっとそれも友情なのだろう。


「ん?」


 そんな事を考えていると、部屋のチャイムが鳴る。

 そして1秒待たずに扉が開けられた。

 扉からまず見えたのは漆黒の綺麗な黒髪に、血の様に赤い瞳。

 学園の理事長兼保護者であるきよさんである。


「やぁ、私の愛子。もう起きているかい?」

「はい、きよさんこそどうしたんですか?」


 突然来訪したきよさんに僕は眼を丸くさせる。

 学校に入学してそこそこの期間が立っているが、きよさんが訪ねて来たのは初めてだ。

 そして何より僕が驚いたのはその格好。

 威圧感のある高そうな外套を纏っているのだ。

 これはいつもきよさんが、僕を絶対に連れて行かない場所へ行く時に着る服である。

 僕は上目遣いにきよさんの様子をうかがう。


「どこかに、行くんですか?」

「ん、あぁ、ちょっとな。それでピーを借りに来たんだが……」


 きよさんはキョロキョロと僕の部屋を見渡す。

 僕も釣られて見るが、いつの間にかピーちゃんは消えていた。


「隠れたか。はぁ……私から逃げられるわけ無いのは骨身に染みて分かっていると思っていたんだが――っと」


 きよさんは何もない空間に手を突っ込む。

 すると虚空よりピーちゃんを引っ張り上げた。

 くうもそうだが一体何の能力なのだろうか。


「ピィ!! ピピィッ!!」


 そんな事を考えているとピーちゃんの悲痛な悲鳴が聞こえて来た。

 首根っこを捕まれた状態でジタバタと藻掻いている。

 心底行きたくないのだろう。


「えっと、きよさん。そんなに無理に連れて行こうとしなくても……」

「私としてもわざわざお前から離してまで連れて行きたいわけではないんだがな。だが、向こうさんがそう望んでいる以上仕方ないんだよ」

「向こうさん?」

「あぁ、不死鳥……いや、に因縁が深いといったほうが正しいな。私も向こうに頼みたいことがあってそれで少しな」

「そう、ですか」


 僕はそれ以上強く言えずに黙る。

 そんな僕の頭にきよさんはポフッと手を置く。


「そう長い事空けるつもりはないさ。明日の朝か、遅くとも明後日には戻ってくる」

「……わかりました」


 ピーちゃんには可哀想だが、仕事なのだ。

 僕に止める権利はない。

 僕はきよさんと一緒に部屋の外まで出る。


「? わかりました」


 僕はその言葉に変なニュアンスを感じながらも、きよさんとピーちゃんを見送る。

 いつも通りとは何の事だろうか。

 まるで別の誰かに向けられた言葉の様に、僕の胸に染みこんでこない。

 今ここには僕以外誰も居ないはずだと言うのに。


「まあ、いいか。っと、もうこんな時間?! 早くクリスティナさん達のところへ行かないと」


 時計の時間を確認すると、僕は慌てて用意をして駆け出すのであった。



 †



「ったく、急に何なんだよ。折角親友と休日を満喫してたってのに」


 輪廻はきよと共に宙を飛びながら、口を尖らせた。

 形態は鳥獣状態から変わり、人間形態である。

 その体からは焔が巻き上がり、翼の様に纏っていた。


「まあそう言うな。お前まで入学すれば流石に向こうにもバレるというものだ。寧ろ昨年まで隠していた私を褒めて欲しいところなんだがな」

「それ全部お前の都合だろ? あたしに恩着せがましくすんじゃねぇよ屑」


 輪廻は唾を吐き掛けそうな勢いできよを睨みつける。

 娘であるくうに対しても相性の悪い輪廻ではあるが、きよに対してはそれ以上だろう。

 対するきよはいつもの事の様に、どこ吹く風である。

 寧ろそよ風の如く、心地よく感じている節すらある始末。

 そんなきよを見て、輪廻はますます機嫌を悪くした。


「そう嫌そうにするな。私もお前とキョウを離したいわけじゃない。だが今回の交換留学生のリストに面白そうな奴が居てな」

「だからあたしでご機嫌取りって、やっぱお前の都合じゃねぇか。あたしにはそんなの何のメリットもないっての」

「お前も見ればきっと分かるさ。私の言いたいことがな」

「昔からお前はそういうのばっかだな。あの時も、あの時も、あの時も……そして和泉いずみの時も」


 和泉と言う名を聞いて、きよは目を伏せる。

 その表情は闇が深すぎて何も読み取ることは出来ない。

 だが感情の発露として零れ出た妖気は、半径数キロ圏内の生き物全てを逃走へと駆り立てたさせる程、深く濃い感情が閉じ込められている。

 輪廻は発言した瞬間、自分が失言した事に気づいて気まずそうにそっぽを向く。

 そして誤魔化すように言葉を付け加えた。


「だ、大体、マキナに任せて大丈夫なのか」

「大丈夫……とは言い切れないが、あの子が必要になれば出てくるさ。アレがそういうモノだってのはお前もよく知っているだろ?」


 伏せた目を開き、きよはいつもの調子に戻る。

 まるで先ほどの光景が幻であったかの様に。


「寧ろ私の心配は学園の方だ」

「なんでだ? 校長てるよが居るだろ?」

「そろそろアイツが動き出しそうな気がしてな。『暁学園』を少し放置しすぎたのかもしれん」

「暁? あぁ、野郎の妖魔が居るほうか。結界でこっちと行き来出来ないわけだし、別にいいんじゃね?」


 キョウが関係しないとわかってか、輪廻は興味なさそうに返事する。

 輪廻の行動指針の基本はキョウであり、関わりのない事柄に関しては呆れるぐらい無関心なのだ。

 それはある意味きよも同じなのだが、きよは意味深な顔で空を見上げる。


「だといいがな」


 きよの呟きは夜の山の中に溶けて消えるのであった。

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