第23話「強者と弱者」
「キョウさんは、大丈夫なのでしょうか」
クリスティナはハラハラした様子でキョウと朱の決闘を見守る。
彼女は先程から一歩進んでは、足を引き、また一歩進んでは足を引くという作業を繰り返していた。
彼女は今、自分が代われるのであれば代わりたいと思いつつも、自分より強いキョウと代わって何になるというジレンマに苛まれているのだ。
先程の言葉はそんなジレンマから抜けようと藻掻いた結果、苦し紛れに生まれた言葉だろう。
「…………それ、若しかして私に言ってる?」
横に居たくうが、面倒くさい奴といった視線をクリスティナに向ける。
無視しても良かったのだろうが、隣でちょこまか動かれるのは流石に鬱陶しかったようだ。
くうはそれまで指して気にした風でもなく、声を掛けられるまでいつも通り無表情で決闘を眺めていた。
その表情から心中を察することは出来ないが、少なくとも彼女にとってこの程度の状況は問題で無いのだろう。
「はい、そのつもりですが」
クリスティナの言葉に、くうは舌打ちする。
自己紹介の時を見れば分かるように、彼女は他人とコミュニケーションを取る気がまず無いのだ。
それでもキョウが関わった時は例外なのか、くうは億劫にしながらも口を開いた。
「大丈夫も何も、見たままの通り。あの鬼は昨日のあなたより何倍も強い」
現状逃げるだけしかしていないキョウを見ながらくうは冷静に分析する。
「でしたら私の時のようにキョウさんに何か発破でも掛けてあげれば――」
「その必要はない」
「どうしてですか? キョウさんは今も劣勢で大変ではありませんか」
詰め寄ってくるクリスティナを横目で見ながら、くうは溜息をつく。
まるでこの女何を言っているんだ、と言いたげな眼で。
「何か勘違いしているようだから言っておくけど、私があの時キョウを怒ったのはあなたが弱すぎてわざと負ける可能性があったから。それ以上でも以下でもない」
歯に衣を着せず、くうは本人にお前は弱いと断言した。
そんな事を言われれば、当然クリスティナも黙っているはずもなく――。
「それは私に対する侮辱、と取ってよろしいでしょうか?」
クリスティナは目を細め、鋭い刃のような視線をくうに向ける。
それ以上の侮辱は宣戦布告と取ると、暗に言っていた。
しかし、そんなクリスティナを前にしてもくうは謝罪するどころか、やれやれとでも言うように横柄な態度で向き直る。
「事実でしょ? 昨日のあなたはそれはもうお粗末なレベルだもの」
「――っ!!」
暴言を浴びせられ、今にも飛びかかってきそうな勢いのクリスティナ。
それを前にしながら、くうは平気な顔で言葉を被せる。
攻撃してこようが、止めようが頓着など一向にしないといった風だ。
「あのねぇ、あなた『ユニコーン』でしょ? ユニコーンが相性のいい異性の慰魔師と対峙して実力を発揮できる訳無い。そんなことも分かってなかったの?」
顔は相も変わらず無表情のままだが、くうは呆れるような口調でクリスティナを馬鹿にした。
中身はどうであれ、ナチュラルに見下すくうの態度にクリスティナはますますイラッとする。
しかし同時にそれが的を射ていると感じたのか、敵意を無理やり沈めると元居た位置に戻っていく。
「それは……。いえ、それと今のキョウさんとなんの関係があるというのですか」
「彼女は強い上に容赦もしない。なら私が口出しすることは何もない」
「だったら尚更――」
尚も食い下がってくるクリスティナに、くうはうんざりするかのようにため息を吐く。
くうにとってクリスティナが吐き出す言葉は一事が万事、頓珍漢な事柄でしかないのだ。
「実力で負けていれば発破をかけようと無意味でしょ。私は精神論や根性論を信じる気にはならない。強者は勝ち、弱者は負ける。ただそれだけ」
それが絶対の法則と、くうは疑う余地のないくらい絶無の領域で信仰していた。
そんなくうを見て、クリスティナは失望するかのような声を上げる。
「――っ!! 随分と冷たいですね」
くうからすれば勝手に信じたのはそちらで、それでいて失望するなど言いがかり以外の何物でもない。
しかしこの時くうは、クリスティナの言葉に少し目を丸くした。
言い掛かりじみた言葉に呆れ返ったわけではない。
ただ純粋に驚く事があったから、目を丸くしたのだ。
「冷たい? 成程、キョウの事を何も知らない人からすれば冷たく見えるわけか。――――なら安心すればいい、あなたの心配は杞憂。後ろ向きだろうと戦う意志を持った以上キョウは負けはしないから」
無表情ながらもくうは薄く笑う。
無知な弱者を嘲笑うかのように。
くうのその態度にクリスティナはますます眉をひそめる。
「ならば教えてください、キョウさんの事、そしてその自信の意味を。まさかあなたまで本当に修行でここまで強くなった、とは言いませんよね?」
クリスティナの視線の先には朱の攻撃を避け続けるキョウがいる。
その攻撃速度は小さな竜巻が暴れ狂っているようなもので、とても普通の人間が努力だとか根性だとかで回避できる領域を遥かに超えている。
そんな様子のクリスティナを見て、くうは少し意外そうな眼をする。
まるで出来の悪い生徒がたまたま正解したような、そんな眼だ。
「勿論、普通の人間が修行したところで妖魔に勝てるわけ無いでしょ。もっとも、キョウ本人はそう思い込んでいるようだけど」
くうはじっとキョウに視線を送る。
その眼はとても幼馴染に送る眼ではなく。
どこか忌々しさを含んだ視線だった。
そんな眼をしたまま、くうは口を開く。
「アイツは、世にも珍しい慰魔師の血と退魔師の血を引き継ぐ混血児。それもその特性をどちらも色濃く受け継いでいると言う特異的な存在よ」
「退魔師?! でも私は慰魔師と退魔師の混血なんて聞いたことが――」
くうの口から聞かされた言葉に、クリスティナは戦闘中だということを忘れて声を上げる。
彼女にとってもそれが一番ありえる可能性だと、心の奥底では理解していたのだろうが、それでもその言葉の意味を受け入れる事を本能が拒否をした。
認めたくないのだ、妖魔にとって
クリスティナが困惑していることを知ってか知らずか、くうは淡々と言葉を続ける。
「それは当然ね。慰魔と退魔の血は源流は同じだとしても、今や到底相容れないもの同士。普通は器が耐え切れずに自壊する。現にキョウも器が壊れないだけで、扱いきれていない」
「器が壊れるっ?! 一体どういうことです?!」
驚き本気で心配するクリスティナに、くうは鬱陶しげにしながらも補足をする。
「慰魔師にとって妖魔は共存し、依存しなければ生きていけない存在。逆に退魔師にとって妖魔は打倒し、滅ぼさなければならない相手。血だけとなり同じ器に収まろうとも初めから交わることはない」
「ですが、キョウさんは普通に――」
「普通? 普通……ね」
どこか含みを持たせるように、くうは決闘する二人へ視線を送る。
その視線の先の光景は、普通の人間には到底普通と呼べるものではない。
だが、くうは別の意味でその光景を普通では無いと見ていた。
「じゃあ、あなたはおかしいと思わなかったの? キョウが異常に誰かを傷つけるのを嫌がることに。あれだけの身体能力と技量を持ちながら一体何を恐れる必要があるの?」
「それは……」
少し思い当たる箇所があるのか、クリスティナは考える素振りをする。
こういった場合、強すぎる力を持つからセーブしている、そう考えるのが普通だろう。
クリスティナも当然すぐそれに思い至る。
だが、それはキョウには当てはまらないのだ。
何故なら彼は自分の力を知らない。
強すぎる自分を知らないというのに、一体何をセーブするというのだろう。
そこまで思い至った時、クリスティナは初めてキョウに違和感というものを覚えた。
「キョウが必要以上に誰かを傷つけるのを嫌うのは性格的なものもあるけれど、あれは妖魔を打倒しようとする退魔師としての本能と、妖魔を庇護しようとする慰魔師としての本能の鬩ぎ合いの結果、理性がその矛盾が起こらないようにとリミッターを掛けているからよ。だから――」
くうはキョウを見ながら口角を釣り上げる。
キョウは無防備に立っており、今にも朱の攻撃が振り下ろされようとしていた。
「キョウさんっ!!」
クリスティナはそれまでの会話を忘れ、思わず叫ぶ。
それを聞きながらくうは笑みを崩さない。
絶対の自信があるように。
「だから、その鬩ぎ合いが生命の危機によって崩れた瞬間からが本番。よく見ているといい、あれが私達妖魔の
くうがそう言うと同時に、キョウに攻撃が振り下ろされたのであった。
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