第22話「鬼と僕と決闘」
びゅうっと風が吹き、さして障害物のない僕らの間を駆け抜ける。
陽は落ち始めており、吹き抜ける風が少し肌寒い。
――ここは屋上。
僕と朱さんは、美鈴生徒会長さんの前で対峙していた。
観客は昨日と違い、クリスティナさんと何故か体操服に着替えてやってきたくうだ。
――運動でもするのだろうか?
僕はくうの格好に疑問を覚える。
「それにしてももう二人目なんてね……。随分モテているようね、キョウくん。――――二人目でよりにもよって朱を惹きつけている時点でちょっとあれだけど」
美鈴生徒会長さんは乾いた笑みを浮かべながら、僕と朱さんを見比べる。
真意を探るような、或いはなにか見落としを探しているような、そんな気配が伝わってくる。
そしてその表情がどこか不満気味に見えたのは、僕の気のせいだろうか。
僕がそんな風な感想を持っていると、しびれを切らしたように朱さんが口を開いた。
「ぅるせぇよっ!! てめぇはとっとと開始の合図をしやがれ」
「まだ武器の支給もしてないでしょう? 本当にせっかちなのだから」
怒鳴る朱さんに、美鈴生徒会長さんは呆れたように溜息をつく。
だけどどこか二人共気安い雰囲気であり、互いの間に壁というものが感じられない。
「……むー」
僕はそんな二人を見比べる。
会話を見るだけでも、二人が旧知の仲であるのは見当がつく。
「あの……お二人は仲がいいのですね」
僕はこの決闘前の殺伐とした空気を払拭するためにも、そんな事を言ってみる。
「ぁ? 誰と誰が?」
「仲がいい、と言う程ではないわね。精々顔見知り程度よ」
僕の言葉に二人が同時に返答する。
――息は合っているけど、内容がちぐはぐだ。
僕は一体どんな関係なのだろう、と少し気になった。
気にはなったのだけれど、炎と氷の様に相反する妖気をぶつけあっている二人を見て、もう聞ける雰囲気ではないと悟る。
触らぬ神に何とやらだ。
「さあ、朱もキョウくんも武器をとって」
美鈴生徒会長さんの言葉で、僕も朱さんも無言で武器を取る。
僕は昨日と同じゴム製のナイフだ。
朱さんはというと、ゴム製の棍棒を手にとっていた。
その大きさは丸太のように太く大きい。
ゴムだからといってその大きさを考えれば決して軽くないはずなのに、朱さんは箸でも持つかのように軽々と持っている。
「二人共それでいいのね? では後は朱が人化の法を解けば準備は整うわ」
美鈴生徒会長さんが朱さんに視線を送る。
「あまり気乗りはしないんだが、そう決まってるんなら仕方ないな」
やれやれとでも言うかのように朱さんは肩をすくめると、棍棒を地面に突き立てた。
その瞬間、朱さんの体の周りから風と共に妖気が開放されていく。
「――っ!!」
僕は思わず半歩下がる。
無意識の内に朱さんの妖魔としての力を感じ取った結果だ。
朱さんから漏れ出す妖気が思った以上に大きく強い。
特化しているだとか、禍々しいだとかそういうのじゃなく、位階が一つ違うのだろう。
クリスティナさんを普通の妖魔とすると、朱さんはそれよりも一つ格が上なのだ。
「ふぅ……久々だな、この姿になるのも」
眩い閃光が走ると同時に、朱さんの声が聞こえてくる。
僕は思わず瞑っていた眼をゆっくりと開けた。
まず目に映ったのは頭から生える鋭い角。
クリスティナさんのように大きく長いわけではないけれど、刀剣のような立派なものが二本、頭から生えている。
「鬼……?」
それを見て僕は思わず呟く。
棍棒……そして頭に二本の角とくれば、馬鹿な僕でも分かる。
「そうだぜ、正解だ」
朱さんは僕の言葉に歯を見せて笑う。
そこには先ほどまでなかった鋭い八重歯が見えた。
そして何よりの変化は肌の色だろう。
普遍的な肌色から赤褐色へと変化している。
僕はそれを見て、まるで鎧のようだと思った。
「準備はいい?」
美鈴生徒会長さんの言葉に僕らは同時に頷く。
最早逃げも隠れもできないのだ。
だったら覚悟を決めるしかない。
「それでは――――――――始め」
合図と同時に僕は後ろへと飛ぶ。
距離を取るためだ。
戦う覚悟はあるとはいえ、誰かを傷つけるのも誰かに傷付けられるのも正直嫌だ。
出来ればクリスティナさんの時のように、なあなあで終わらせたい。
「……………」
そんな僕を朱さんは黙って見つめる。
様子見、とは何かが違う。
相手の力量を計っているに近い感覚だけど、それも少しズレが有る。
どちらかと言えばそう、器物の耐久容量を計っているような、そんな感じの視線だ。
「美鈴のやつ、さっき二人目って言ったよな? って事はつまりもう妖魔と戦ったわけだ」
「それが、どうかしたんですか」
構えもせずにだらんと腕を伸ばしている朱さんに、僕は答える。
こうして会話しているだけで時間が稼げるんだ。
無力化する手段を模索している僕としては願ったり叶ったりだった。
「くっく、いやなに、手加減が要るかどうかの心配をしたかったわけだが、どうやら遠慮はいらねぇみたいだな」
ただ呆然と僕を見ながら朱さんは笑う。
その言葉に僕は、教室での朱さんの腕力を思い出した。
もし、あれで手加減だったら?
そしてそれが人化の法を解くことにより、更に力が増すことになれば?
「~~~っ」
思い至った
「えと、出来れば加減して欲しい、です」
「はっ、ぬかせよ――っ!!」
僕の言葉に口角を釣り上げると、次の瞬間朱さんは矢のように飛び出した。
「っ!?」
僕が速いと思う暇もなく、眼前に棍棒が振り下ろされる。
僕は反射的に更に後ろに飛ぶ。
その瞬間、爆発したような衝撃とともにコンクリートの床が弾け飛んだ。
「ほぉ、なかなかの身体能力じゃねぇか」
屋上にクレーター状の凹みを作りながら、朱さんは感心した声を出す。
対する僕は、今しがた出来上がったクレーターを見ながら苦い顔になった。
クリスティナさんと比べて速度はそこまで速くはないが、膂力は圧倒的に朱さんのほうが上だ。
もしまともに入ればゴム製とはいえ、痛いですまないのは明らかだろう。
「――っ」
僕は直ぐ様駆け出す。
昔からきよさんやくうに修行と称して追い掛け回されたので、逃げることだけは得意だ。
クリスティナさんの時のように、一先ず回避に専念しよう。
僕は安易な気持ちで作戦を決定する。
しかし――。
「はっ、逃げ回るつもりか。だがこの狭い屋上でいつまで逃げ続けれるつもりだ?」
朱さんは片手で棍棒を振り回し、少しずつ僕を端へと追い詰めていく。
見込みが甘かったと言わざる負えない。
避ける度にクレーターが出来あがり、その腕を振るう度に轟音とともに暴風が巻き起こる。
僕は今、どんどん劣勢に追い込まれていた。
「……………」
僕は逃げまわり、転げまわりながら頭を巡らせる。
僕の当初の考えでは、クリスティナさんより朱さんが遅い以上、簡単に逃げられる予定だった。
でも現実は違う。
朱さんは徐々に僕を追い詰め、僕は死へのカウントダウンを数えている状況だ。
どうして僕が朱さんから逃げ切れないのか、それには様々な理由があるが――。
「――っと!!」
僕は何とか朱さんの横を抜けようとするが、棍棒の巨大さも相まって下手に近寄ることも難しい。
しかも叩きつける度に破片がそこら中へ飛ぶので、クリスティナさんの時と違って寸で避けることが出来ず、僕は大きく回避行動を取ることを余儀なくされている。
これが一つ目の理由。
そして二つ目の理由は朱さんはクリスティナさんと違って、僕に攻撃を当てる気がないと言う事。
初めから逃がさないよう、退路を断つために攻撃を振られているので、クリスティナさんと比べ遅かろうと指したる問題では無いのだ。
「わっ!?」
僕は瓦礫に足を引っ掛け、転びそうになる。
そして一番の理由は無数のクレーターに依る足場の悪さと、屋上という狭いフィールドのせいだ。
――本来悪路はあまり問題にならないよう修行してきたつもりだけれど。
あの棍棒の圧力と威力を前にすれば、多少身が竦んでしまうのも仕方のないことだろう。
そうした要因が重なり、僕の行動は大きく阻害されている。
そして現在、僕は完全な端へと追いやられていた。
「ほら、捕まえたぜ――っ!!」
瓦礫の砂塵を巻き上げ、棍棒が振り下ろされる。
先程転びそうになったせいで、回避は間に合わない。
「くっ――」
僕はとっさに受け止めようと手を伸ばす。
足は動かないが、手はなんともないのだ。
当然のように防御は間に合う。
だが――。
「――っ!!!?」
棍棒を受け止めた瞬間、僕はそのまま地に叩き潰されそうな圧力を受ける。
触れた瞬間分かる、圧倒的な膂力の差。
その衝撃で足元のコンクリートが罅割れた。
「ぐぬぬ――っ!!」
歯を食いしばり、僕は必死に堪える。
両腕、両肩、背筋、両膝、両足。
全ての筋肉に力を入れ、棍棒の動きを止めようとする。
押し返すなど以ての外で、止めるだけで限界だった。
それだけ朱さんの力は次元が違った。
「ははっ、マジかよ。俺の攻撃を受け止めれる慰魔師がいるなんてな。――――ますます気に入った――ァ!!」
嬉々とした言葉とともに、僕にかかる圧力が増す。
――今までのが全力じゃあ……っ。
圧搾機に掛けられたかのように、僕の体がどんどん屋上の床に沈み込んでいく。
踏ん張るための地面は煎餅のように割れてゆき、刻一刻と足場が悪くなっている。
全身の筋肉はミシミシと悲鳴を上げ、今にも断線しそうだ。
「っ―――ぁ!!!」
僕は耐え切れず膝をついてしまう。
それを見てか、朱さんの力が少しだけ緩む。
それにより僕はなんとか潰されずに済んでいる。
「どうだ、降参するか? 俺としてもパートナーになる奴の体をボコボコにしたいとは思わねぇし、勝てねぇと思ったらさっさと降参して欲しいんだがな」
膝をつく僕を朱さんは余裕の表情で見下ろす。
片腕しか使っていないところを見ても、まだまだ本気じゃないのだろう。
対する僕は朱さん腕力と拮抗することすらできない。
「…………」
――痛いのは嫌だ。
苦しいのは嫌だ。
誰かを傷つけるのも嫌だ。
出来れば直ぐにでも降参して勝負が終わって欲しい。
「でも――」
僕の脳裏に昨日のくうの言葉が蘇る。
『真剣な戦いの場で加減して負けることは許さない』
言われなくても分かっている。
いや、そもそも体が
戦うと決めた以上、最後までやりきる。
そう叩き込まれて生きてきたから。
そして何よりこんなところで諦めてしまっては、勝者としてクリスティナさんに申し訳がたたないだろう。
「くっ――!!」
僕は受け止めることを止め、素早く横に転がる。
それにより支えを失った棍棒が僕の横に叩きつけられた。
「つぅ――っ!!」
叩きつけられた衝撃で僕は直ぐ側の柵まで吹き飛ばされる。
もし、朱さんが力を緩めている状態でなければ、体の一部が潰れていたかもしれない。
そう考えるとぞっとする行動だろう。
でもこれで脱出はできた。
僕はすぐにでも走り出せるように、体勢を整える。
「成程、それが答えか。いいぜ、納得行くまで遊んでやるよ――っ!!」
柵に叩きつけられた僕を見ながら朱さんはすぐに攻撃の準備に入る。
技もなにもなく、ただ力任せに振り下ろされる棍棒。
ただそれだけだけれど、膂力が文字通り桁違いなのだ。
狭い場所で大きな得物を防御できないというのは、それだけで大変である。
「ぐ――っ!!」
僕は更に転がり、攻撃を避け続ける。
飛び散る破片が散弾のように体にぶつかり続けるが、痛がっても居られない。
アレが直撃すれば間違いなく一発KOなのだろうから。
そうして転がり続けるも、正直いつまで持つかはわからない。
また瓦礫に引っかかったり、逃げ場がなくなればその時点で終わりだ。
「なあ、キョウ。一つ聞いていいか?」
僕が必死に避けていると、朱さんは手を止め、尋ねてくる。
その顔は少し苛立っており、怖かった。
「えと…………何でしょうか?」
僕は息を整えつつ、攻撃が止んだことにほっとする。
嵐の中の間隙、そこで僕は少し気が緩んでしまったのだろう。
なぜ朱さんが攻撃をやめたのか、よく理解する気が全く起きていなかったのだから。
そしてそれこそが、致命的な状況を巻き起こす元凶となった。
ゆらりと、噴火する前の火山のような静けさで朱さんは口を開く。
「お前勝つ気あんのか? もっと言えば俺を攻撃する気あんのか?」
「……それは、その」
朱さんの言葉に僕は即答できなかった。
負けたくはない。
その気持ちはちゃんとある。
でも誰かを傷つけてまで勝ちたいかと言われると、僕は素直に頷けなかった。
矛盾していると自分でも分かっているが、それでもそれを解消することが出来ない。
まるで自分の中に二つの人格が存在して、対立し続けているかのように矛盾は発生し続ける。
そして僕自身、それでも良いと受け入れてしまっているのだ。
故に僕は返答できなかった。
「……お前巫山戯んなよ、どこまで人を馬鹿にしてやがる。これは決闘の場でお前は真剣勝負を受けたわけだ。その相手を目の前にしてよくそんなことが言えるな」
朱さんの怒号に僕は縮こまる。
その瞳は憤怒に染まっている。
僕は明らかに朱さんの地雷を踏み抜いたことを理解した。
「俺は勝ちたい、勝ってお前を自分のモノにしたい。妖魔として、女として、力尽くでも理屈抜きでもいいから手に入れたい、そう願って戦ってる。お前はどうなんだよ。俺のモノに無理やりされて納得できるのか? 出来ないから戦うんだろ? だったら攻撃を躊躇するんじゃねぇ。真剣勝負に言い訳も理屈もありはしないんだからな」
「それでも僕は――」
両手を広げ、無防備にお腹を晒す朱さんに、僕はやはり攻撃を躊躇する。
言っていることは分かる。
くうにもきよさんにも何度も似たようなことを言われてきた。
でもやっぱり僕は攻撃したくなかった。
なぜ敵でもない人と傷つけ合わなければいけないのだろう。
それが友達になってくれるかもしれない人なら以ての外だ。
「はぁ……………もういい」
朱さんはため息をつくと、棍棒を振り上げる。
その眼には怒りを通り越し、深い失望が浮かんでいた。
でも僕は何もいえず、ただ黙ってそれを見送る。
「もしこの一撃でお前が一生不自由な生活を余儀なくされるとしても、俺が死ぬまで面倒みてやる」
朱さんの全身から妖気が噴出しており、明らかに全力で攻撃して来るのが分かる。
僕はそれを痛いだろうな、と思いつつも目を瞑る。
轟という爆風とともに棍棒が僕に振り下ろされるのであった。
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