第13話「趣味を聞かれると困った末、読書と答える」

「さてさて、あなた達の記念すべき初めての授業……なんだけど。皆、授業受けたい?」


 先生は教卓からみんなを見回して、とんでもないことを言い始める。

 それもにこやかな笑顔でだ。

 教師としてはダメな発言だけど、僕は勉強が嫌いなので首を横に振りたくなる。


「先生はねぇ、とある校則が増えたお陰で非常にテンションが低いです。睡眠時間を削って朝一で学校に来ているので気力があまりありません。――そ・こ・で」


 先生が教卓をバン、と叩く。

 ほとんど八つ当たりな気がしないでもないが、その原因の殆どは自分に起因するものなので僕は何も言えなかった。

 

「今から君たちには自己紹介をしてもらいます。あ、勿論此処に出て皆の前でね」

「「「ええぇぇ……………」」」


 皆からやる気のない声が漏れる。

 勿論僕も当然やりたくない。

 勉強と自己紹介、どっちが良いと言われれば悩んだ末勉強を取るだろう。

 大体、自己紹介って何をすればいいのだろうか。

 そんな事を今までした記憶がない僕は頭を抱えた。


「面倒くさそうな声を出さない。これはあなた達にとっても貴重なアピールタイムでもあるんだから」

「アピールタイム?」


 クラスメートの誰かが聞き返す。


「そうよ、ただ自己紹介してもつまらないでしょ? 此処は妖魔と人間が結ばれるための学校なんだし、自己紹介する人は異性が自分の方に振り向いてもらえるように精一杯の自己アピールをすることが最低条件。多少の誇張表現までならじゃんじゃんしていいから」


 自己アピールと聞いて僕の気分はますます重くなる。


 ――今まで友達の一人も居なかった僕に、いいところなんて……。


 ネガティブな事しか思い浮かばない僕は、更に頭を抱えた。


「時間の関係もあるし、さっさといってみよう。まずは一番前の端の席にいる……くうさんから」

「………………」


 先生の言葉に、くうは読んでいた本を閉じると無言で立ち上がる。

 僕はこんな状況でも我関せずのまま、本を読んでいられたくうの神経に言葉が出なかった。

 図太いと言うかなんというか、どこまでも唯我独尊である。


「……………………」


 クラスメートたちが緊張して見守る中、無表情でくうは教壇の前に立つ。


 ――どうするんだろ? くうはなんて言うのだろう?


 僕は自分の時の参考にしようと、くうの様子を注意深く見守った。


「くう。――――――以上よ」


 くうはそう一言述べると壇上を降りようとした。

 僕も他のクラスメートも、予想通りといえば予想通りの出来事に仰天する。


「え~っと、もうちょっと何か無いのかな、くうさん?」

「――他に何か?」


 若干引き気味の先生にくうはすっぱりと言い放つ。

 それはもう一刀両断にする勢いで。


「いやでも、一応自己アピールタイムということなので……」


 先生の言葉にくうはため息を付き、教壇へと戻る。

 そして――。


「悪いけど、私はあなた達に一切の興味が無い。故にアピールすることなど何一つ無い。――――以上よ」


 くうの言葉に教室の空気が凍りついた。


「えっと、くうさん? 此処は妖魔がパートナーを見つけるために、あなたのお母様が作った学園なのだけれど……」


 先生の言葉に、くうはクラスメートに視線を這わせていく。

 値踏みするように、観察するように。

 その視線に晒された生徒は、恐怖し次々と目線を逸らしていった。

 その顔は無表情で苛立ちも冷たさもないというのに、誰もその眼を直視することは出来ない。

 さながら獅子に睨まれる鼠の様に、獅子にその意図がなくても恐怖してしまうのだろう。

 そこには生物として隔絶する程の差が存在するのだろうか。


「…………………」


 くうの目線が僕の番となり、僕らの視線が交わる。

 僕はくうの視線を逸らさず見つめ続けた。


「――っ」


 くうは数秒僕を見ていると、ぷいっと視線をそらして先生の方へ向き直った。

 僕はくうのその行為に疑問符を浮かべていると、くうは口を開く。


「では聞きますが先生。このクラス……いえ、この学校に私の衝動を抑えられる慰魔師が何人居るのでしょうか?」

「それは………」


 先生は困ったように視線を逸し、口籠る。


 ――衝動を抑えられる?


 一体どういうことだろう。

 僕はくうの言っている意味がよくわからなかった。


「つまりはそういう事です。学校としても私一人に何十人もの慰魔師を注ぎ込む訳にはいかないでしょう?」

「で、でもとびっきり相性のいい子がいれば………」

「確かに先生の言う通り、非常に相性のいい慰魔師なら数人もいれば私の衝動を抑えれるかもしれません。けれど――」


 そこで言葉を切ると、くうの体から妖気が漏れだしてくる。


「―――果たしてその慰魔師達は、この私の妖気に耐えれるだけのキャパシティを持っているのでしょうか?」 


 妖気はくうの周りを漂うだけで、悪意も敵意も無い。

 それはただ力として純粋にそこに存在している。


「―――うっ!?」

「なんだこれ?!」

「き、気分が……」


 ただそこに在るだけで、くうの力はクラスメートの男の子達の顔色を悪くしていった。

 僕はくうのしていることにも、皆の顔色が悪くなる状況にも理解が追いつかず混乱した。


 ――どうして?

 どうしてくうがこんなことを?


 僕はくうを睨むように見つめる。


「―――っ」


 僕の心の声が届いたのか、くうは妖気を霧散させる。

 けれど何処か寂しそうな顔をしているように見えるのは、僕の気のせいだろうか。


「結局のところ、私に構えば構うほど馬鹿を見るのはあなた達です。以上、私の自己紹介を終わらせてもらいます」

「―――っ!?」


 先生はくうの言葉に二の句が告げず唖然する。

 その間に、くうは自分の席へと歩き出す。


「くう………」


 僕は無表情のまま席に戻るくうを、見つめるしか出来なかった。


「え、え~っと、気を取り直して、次行ってみよ~……」


 ものすごく微妙な空気に包まれたまま、自己紹介は進行していく。

 くうの後数人はくうと同じく自分の名前と一言を述べるだけで終了していった。

 しかし暗かったのはそこまで――。


「つき子なのじゃ。吾は人に幸せを呼ぶことができるぞ。じゃから吾を敬うのじゃ」

「刹那ですぅ~、特技わぁ~、一日中寝ていられることですぅ~」


 少し個性的な自己紹介もあって、どんどん空気が和らいでいった。

 妖魔と慰魔師がパートナーを作るための学校だからか、慰魔師が自己紹介すれば妖魔が、妖魔が自己紹介すれば慰魔師が多く質問した。

 それを見て僕はやっぱり人間と妖魔が仲良くする為の学校なのだと感心した。


 ――くうも皆と仲良くすればいいのに……。


 僕はそっとくうを盗み見つつ、皆の質問に耳を傾ける。

 中には『スリーサイズ』だの『フェチ』だのよくわからない単語が飛び交い、言い合いに発展したりもしていたが、僕はよくわからないので黙って聞いていた。

 因みにと言うか、当然というべきか、僕に質問する勇気はなく只管空気に徹していた。


 そして順番は僕の左隣の人の番になる。


「えーっと、次シルヴィアさん」

「はい」


 綺羅びやかなピンク色の髪を靡かせて、シルヴィアさんは優雅に立ち上がる。

 その際、香水でも着けているせいか甘い匂いが辺り一面に広がった。


「――ッ?!」


 それだけの仕草でクラス中の男子が、がたんと身を乗り出し反応する。

 まるで花の匂いに釣られる虫のように、本能的な行動だった。


「――フ」


 流し目をしながら微笑すると、シルヴィアさんは教卓に向かって堂々と歩いて行く。

 男子はそんなシルヴィアさんの一挙一動に視線が釘付けになった。


 はち切れそうなくらい大きな胸、そしてそれを強調するかのような大胆に胸元の開いた制服。

 それでいて全く太っているようには見えないクビレのある腰つき。

 普通に立っているだけで見えそうなくらい短いスカートと其処から艶かしく覗く太腿。

 かく言う僕も思わずシルヴィアさんを二度見せずにはいられなかった。


「―――キョウさん?」


 僕がぼーっとシルヴィアさんを見ていると、背筋がゾクッとするような声音でクリスティナさんが声を掛けてくる。


「はっ?! あ、いや、ち、違うんです。か、体が勝手にといいますか……」


 僕は慌ててクリスティナさんの方を向き、弁明する。

 しかしもう既に色々と手遅れであり、クリスティナさんの顔は明らかに軽蔑の混じった眼差しだった。


「体が勝手に……。つまり本能が求めている、と言うことですか?」

「え? えーっと、そういうことになる……のかな?」


 問い詰める口調のクリスティナさんに僕はたじたじになる。

 ジト目で怒るクリスティナさんの表情も、普段の凛々しさとは違った可愛らしさがある。


 ――でもどうしてだろう?


 僕は思わず疑問に思う。

 現在進行形でクリスティナさんに睨まれているというのに、僕は今もシルヴィアさんの方を気になってしょうがないのだ。

 まるで呪いか何かにかかったかのように。


「む~?」


 何かがおかしいと、首を傾げる僕。

 だが、クリスティナさんはそんな僕の様子を見てますます眉を吊り上げる。


「幼く見えるとはいえ、やはりキョウさんも殿方と言う事ですか」


 軽蔑と失望を混ぜたクリスティナさんの視線と言葉が、僕の心に突き刺さる。


 ――どうしよう、早くも友達ゼロ人に戻りそうだ。


 せっかく友達ができたというのに、こんな事で失うというのは嫌だ。

 僕は何とか挽回しようと、あれこれ考える。

 しかし、クリスティナさん本人の口から出た言葉によって僕の思考は止まった。


「―――――――どうせ見るというのであれば、私を見てくれればいいのに。そうすれば私も………」

「……え?」


 そっぽを向きながら頬を赤く染めるクリスティナさん。

 後ろの方の言葉は小声で聞き取れなかったけど、一体どう言う意味だろう。

 僕は思わず聞き返そうとする。


「――そこの二人、一応今は授業時間中よ。イチャイチャするのは後にしなさい」

「「すみません」」


 だがその前に先生に注意されて、黙るしかなかった。

 辺りが静かになったことに満足したのか、先生はこほんと咳払いする。


「ではシルヴィアさん、自己紹介をどうぞ」


 先生に紹介されて、シルヴィアさんは教壇に立つ。

 皆は、特に男の子は喰い付くような目線でシルヴィアさんを睨み続けていた。


「私がシルヴィアだ。好きな言葉は男女平等、だ」


 威風堂々と、王族のような風格でシルヴィアさんは言ってのける。

 その堂々とした態度と魔力でも帯びていそうな声音に僕は胸が熱くなった。


 ――人類皆……穴……兄妹……。


 何だかよく分からない言葉だけれど、きっといい言葉に違いない。

 しかし僕の思惑とは裏腹に、クラスメートの皆は笑顔で凍りついた。


「?」


 僕は周りを見渡すが、誰一人として動こうとしない。

 隣のクリスティナさんだけが、敵を見るような眼でシルヴィアさんを睨んでいた。

 どうしたというのだろうか。

 僕が皆の硬直の理由が分からず悩んでいると、再びシルヴィアさんは口を開ける。


「目標は恋人にすることだ。勿論男も女も関係ない、全て私が別け隔てなく愛し、そして抱こう」

「シルヴィアさん? あなたこの学校の趣旨解っています?」


 かっこ良く言い切るシルヴィアさんに、先生は苦笑いのまま質問する。

 シルヴィアさんは先生の質問に大真面目な顔で頷いた。


「無論解っています。先程くう嬢が言ったように、力の強い妖魔はパートナー探しが大変です。ですが、皆が私と恋人になればその心配も解消されます」

「あの、何を言って――」

「私の恋人という事になれば、私の他の恋人もまたその妖魔にとっては恋人。つまりクラス中が恋人同士となる。そして皆で励み、愛しあい、シェアし合えばきっとくう嬢の欲求不満も治まると思うのです」


 引き気味の先生を前にシルヴィアさんはばん、と机をたたき力説する。

 それを見て先生は頭を抱え始めた。


「どうして……どうして、こんなに問題児が多いの今回のウチのクラスは…………」


 そんな風に頭を抱えながらボヤく先生の横を、シルヴィアさんは何も問題がないかのように通り抜ける。

 そしてそのままくうの前まで歩いて行った。


「…………」


 クラス獣が見守る中、シルヴィアさんが目の前に来てもくうは気にもとめず本を読み続けている。

 しかしシルヴィアさんもそんなくうの態度に気にせずに、ゆっくりとくうに手を差し出した。

 まるでどこかのお姫様が傅く家臣に労いの手を差し伸べるように。

 そう思うくらいシルヴィアさんの動作は絵になっていた。


「くう嬢。どうか私の恋人になってはくれないだろうか? 必ず貴方の悩みと苦しみと性欲を解消すると約束しよう」

「遠慮しておく」


 そんなシルヴィアさんを前にして、くうは即断即答する。

 それどころか視線すら向けていない。

 僕なら心が折れそうだが、シルヴィアさんは笑みを崩さず手を引っ込める。


「そうか、少し残念ではあるが、時間も必要だろう。しかし、安心してほしい。私はいつでも全ての門を開いて貴方を待っていよう。気持ちが固まれば気軽に声を掛けてほしい」

「……一度診てもらったほうが良いね。頭を」


 くうの毒舌も糠に釘、暖簾に腕押しでなんのその。

 シルヴィアさんに全然堪えた様子など無く、微笑はそのままに皆の方へ向き直った。


「という訳で私は慰魔師に限らず恋人を募集中だ。我こそはと思うものは声を掛けてほしい。決して悪いようにはしない、この体の爪先から髪先まで余すこと無く使って奉仕すると約束しよう」


 そう言いシルヴィアさんは両腕を胸の前で組む。

 それによってただでさえ大きな胸が、腕の間から零れ落ちそうになった。


「――ッ!?」


 その様にクラスメートの男子たちが一斉に立ち上がる。

 僕もつい立ち上がりそうになったけど、クリスティナさんに睨まれて我に返った。


「私の話はこれで以上だ。――――聞いてくれて感謝する」


 一方的に言いたいことだけ言い、シルヴィアさんは席に戻っていく。

 シルヴィアさんの歩く姿をクラスの男子たちはいつまでも見つめていた。

 僕はその男子を見つめる女の子たちの視線と、隣の席で刺しそうな勢いで睨んでくるクリスティナさんの視線を目の当たりにして、乾いた笑いを浮かべるしか無かったのであった。

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