第122話「絶対退魔師なんかには負けない!!」

「着けられているわよ、キョウくん」

「?」


 興奮冷めぬまま、一旦寮に戻ろうとしているとどこからか声が聞こえてくる。

 僕は声の元を探して、胸ポケットに入れたままの小鈴さんに気がついた。


「着けられてるって……あっ、ホントだ」


 感覚を研ぎ澄ましてみると、確かに誰かの視線を感じる。

 木々の間、針穴に糸を通すような僅かな隙間から誰か覗いているようだ。

 それも道具を介しての間接的な視線ではなく、生の視線である。

 のこの学校では、あまり気にしては居なかったが、着けられているのは初めてかもしれない。

 ほんの僅かでも敵意や殺意が混じっていれば楽に感知できたのだろうが、残念ながら好奇心の類の視線である。


「恐らく白鷺さんでしょうね」


 小鈴さんは胸ポケットから顔だけ出しながら、そう言う。

 流石の僕も視線の気配だけで人物を判別する事は出来ない。

 だからこそ何を根拠に小鈴さんが判別したのか気になった。


「どうして分かるんですか?」

「朝、キョウくんにちょっと術をかけたでしょ? アレのお陰よ。キョウくんを今の状態のキョウくんと認識できないようにしているの」

「??」

「いいからまずは相手を追いかけるのが先でしょ」


 僕は小鈴さんの言葉の意味がわからなかったが、とりあえずは追跡者の対応が先である。

 敵意が無いとしても、着けて良い理由にはならないのだから。


「…………」


 そっと息を吐きだし、僕は体内を巡る妖気を操る。

 木を隠すなら森、木の葉を隠すなら山。

 隠形するのに気配を完全に消す必要はない。

 寧ろ完全に消失させてしまえば、そこだけ不自然な場所になって鋭い感知能力の持ち主には見抜かれてしまう。

 イメージするのはただの木。

 意識を拡張し、辺りの木々と同調させていく。

 腕は枝で、脚は根、頭は葉で、体は幹。

 木々の間に阻まれて視線が途絶える瞬間を狙って僕は気配を木々と同化させる。

 こうなってしまえば例え視界内に見えようとも、木々の一部としてしか認識されない。


「……見失った?! 一体どこに……」

「僕に何か用かな?」


 僕は必死に僕の姿を探している白鷺さんの背後に忍び寄った。




 †



「っ?!」


 私は驚愕する。

 偽骸装を使えた事もそうだが、こうも簡単に後ろを取られた事に対してもだ。

 油断はしていなかった。

 そもそもここは敵地なのだ。

 気を抜くなどありえはしないし、そんな場所で手を抜いた追跡などお粗末にも程がある。

 本気でなかったと言うのはただの言い訳に過ぎず、此度の追跡に関して私は完敗であった。

 だからこそ思う。

 彼は一体何者なのだろうか、と。

 同族かもしれない相手に、私の興味は尽きなかった。


「あ、あなた、さっきの術どこで身につけたの?」


 私は振り返りながらそう言おうとした。

 しかしその前に彼の顔が私の視界に入ってくる。


「…………」


 その瞬間、時が止まったかのように辺りから音が消える。

 激しく聞こえるのは自分の心臓の高鳴りのみで、ただ真っ白に……私と彼以外何も存在しないかの様な錯覚を覚えた。

 遠くから見ていてもわかったが、近くに来ればそれは更に明確となる。

 無駄な贅肉がついていない鍛え抜かれた体。

 その体は見せる為に鍛えただけではなく、体を酷使する為に作られた筋肉。

 足運びや所作まで全て無駄なく佇んでいる。

 一体どれほどの修練を積んだのだろうか。

 文字通り、

 十数年、遊ぶ事も休む事もなくただ只管に。

 まさに妖魔を殺す為に作られた体。


 ――あぁ、なんて理想的なのだろう。


 この瞬間、私は恋をした。

 理想の完成形とも言える彼の体に。

 見かけはただの少年に過ぎないが、それはただのガワだ。

 その可愛げなガワの下に一体どれだけの偽骸ちにくを封じ込めたのだろう。

 ポテンシャルはAランクの妖魔相当だろうか。

 恐らく彼は大妖クラスの妖魔と素手で殴り合えるに違いない。

 白鴉の里を見渡してもこれほどのレベルは居ないと断言できるレベルだ。


「あ、ああああの……」

「?」


 口の中はカラカラに乾き、声が掠れてでない。

 聞きたい事はいっぱいあるのだ。

 どうして里から出て、こんな学園に居るのか。

 何故退魔師の学校に行かないのか。

 さっき見せた偽骸装はあれが限界なのか、などなどなど。

 兎に角いっぱい聞きたい事があった。


「ぎ、ぎぎ、がが、けけけっけ――」

「ごめんなさい、呪文はちょっとわからないです。あ、それともそれが発動のキーとかですか?」


 落ち着け、落ち着け私。

 いきなり本題から切り出すのは不味いだろう。

 まずは当たり障りのない話題から――。


「ち、ちが――。ほ、っほほほんじじじつはお、おひひがが……」

「??」

「け、けんとう」


 健康的に過ごしているかどうか聞こうとして、舌を噛む。

 呂律が回らないし、言葉もうまく出てこない。

 焦り、取り繕おうとするが、ますます上手く話す事が出来なくなると言う負のスパイラル。

 人と話すのってこんなに難しかったのだろうか。

 というか会話って今までどうしていたんだっけ。

 そもそも言語ってなんだろう。

 極限の混乱により私の中で色々なものが崩壊していく。


「検討? なるほど、僕にも決闘を申し込みに来たわけですか。いいですよ、受けて立ちます」


 彼は超速理解で勘違いして、ヤル気になってしまう。

 私はただ話が聞きたかっただけだと言うのに、なぜ決闘する話になってしまったのだろうか。

 そんなつもりは全くなかったと言うのに。

 全然なかったのに。

 しかしこれ以上の会話が出来る気がしない以上、肉体言語けっとうしたほうがマシだろう。

 私は握り拳を作り、強く彼を睨みつけた。


「わ、私が勝ったらあなたには秘密を洗いざらい話してもらうわ」


 何故か戦闘関係の言葉はスラスラと出てくる。

 いやそれも当然なのかもしれない。

 よくよく考えてみるとここ数年、同年代の男の子と普通の日常会話をした記憶が無いのだ。

 あるのは修行と模擬戦での罵倒ばかり。

 脳髄まで筋肉にもほどがあるだろう。


「じゃあ僕が勝ったらその秘密を聞かなければいけない事情を話してもらおうかな」


 疾うに臨戦態勢に入っている彼を他所に、私はカグツチを置く為に離れた場所に移動する。

 巻き込んで傷をつけたら事だし、何より人間相手に使う気にはなれなかった。


「? その刀使わないの? すっごい強い気配を感じるんだけどなぁ」

神器コレは人に向けるものじゃないわ。それに、私自身が素手でやりたいの」


 拳を握りしめ、私は決意を露わにする。

 意図した訳ではないが、これは私がどれだけ近づけたかを知る事が出来るいい機会だ。

 そう、私がどれだけ血族の強さに近づけたかどうかの。

 私の脳裏に故郷の光景が写る。

 最早戻る事が出来なくなったあの場所。

 いつか必ず私はあそこへと帰る。

 自分の実力を示す事によって。


「じゃあ、始めようか」

「えぇ、始めましょう」


 そう言うと同時に私達は大した合図も無しに、決闘を開始した。



 †



 開始と同時にキョウは地面を蹴り、瞬時に唯羅との距離を詰める。

 相手の出方を伺う気など毛頭なく、真っ向から挑む気なのだろう。

 対する唯羅は動く事無く、構えた状態でじっと佇んでいる。

 開幕から分かれる静と動。


『……………』


 対象的な二人の光景を前にカグツチは無言で見つめる。

 その横に気配を消した何者かが姿を現した。


「よぉ、何辛気クセェ顔で見てんだよ。面白い対決じゃねぇか」

『榊……』


 一升瓶を片手に現れた榊に、カグツチは無感動な声を吐き出す。

 刀剣である以上表情などないが、心なしか和らいだ様に感じられる。

 まるで旧知の仲でもある様な雰囲気だ。


「あれが噂の白鷺唯羅か。なるほどな、お前が気に入るだけはあるようだな」


 榊は唯羅を見ながらニヤッと笑う。

 唯羅はちょうど、突っ込んできたキョウとぶつかったところだった。


「っ?!」


 キョウの後ろ回し蹴りが唯羅の首を刈ろうとした瞬間、彼の体がふわっと浮き上がる。

 そしてその勢いを殺す事無く後ろの木々へと飛んでいった。

 攻撃を受けたキョウには、まるでそんな風に感じたことだろう。

 などという実感など微塵も感じなかったに違いない。


「相手の力を利用して投げたか。まあそうするしかねぇよな」


 咄嗟の事にも何事もなく体を反転させ、難なく着地したキョウを見ながら榊は笑う。

 キョウの身体能力は大妖クラス並みであり、普通の人間からすれば自動車が突っ込んできたようなものである。

 防御や弾き返すなど不可能であり、通常避ける事しか出来ない。

 それを投げる技量と言えば、彼女の実力が如何に高いか想像に難くないだろう。


『だが、ダメージは0だ。彼相手にこの程度の攻撃何の意味も持たない』

「そりゃそうさ、白鷺唯羅がどれだけ才能に溢れていようが、アイツの才能はそれの遥か上を行く」

『才能か……。それは彼女には酷な言葉だ』


 一撃必殺の大技は止め、隙の少ない小技に切り替えたキョウ。

 その攻撃すらも捌いている唯羅を見ながらカグツチはそう告げる。

 己が体一つでキョウの攻撃を捌ける時点で、彼女には天賦の才がある。

 だがカグツチの言葉はどこか悲壮感が漂っていた。


「酷? それはどう言う意味だ?」

『唯羅は――』



 †



 何度目だろうか。

 僕の体が宙を舞うのは。

 白鷺さんの力は決して強いわけではない。

 スピードも妖魔に比べたら全然劣るレベルだ。


「だけど――」


 小さく構えている白鷺さんに僕はジャブを繰り出す。

 白鷺さんは無駄のない動きで紙一重に避けていく。

 優れた動体視力と反射神経、そして何より瞬時の判断能力が的確だ。


「はっ」


 フェイントに引っかかる事もなく、白鷺さんは逸していく。

 しかしそれでも限界は来る。

 僕の方が速くて強い以上、詰将棋の如く少しづつ状況が悪化するのは必然。

 それでも僕が彼女を詰みきれないのには理由があった。


「――――」


 僕の指が白鷺さんに触れようとした瞬間、白鷺さんの体は加速する。

 手品や技術でもなんでもなく、ただの術式だ。

 攻撃を食らう直前に身体強化と風の加護による加速術を掛けているのだ。

 それにより、ほんの一瞬だけ僕を上回る速度を獲得していた。


「それ、結構初歩的な術なんですか?」

「…………どうしてそんな質問を?」


 僕が手を止めて話しかけると、白鷺さんはどう言う意図で話しかけられたのかわからないと言った顔をする。

 まあそれはそうだろう。

 恐らく普通の退魔師ならばきっと尋ねる事すらない質問なのだろうから。


「術の効力がすごい短いですし、術式自体も全然複雑そうに見えません。だから初歩的な術なのかなぁ、っと」

「初歩も初歩。教科書の最初の方に載っているような術よ」


 白鷺さんの言葉に僕は道理で、と納得する。

 言っては悪いが、美鈴さんの術に比べてあまりにも術のレベルが低すぎるのだ。

 美鈴さんの術が身体能力を何十倍以上に高めるのに対して、白鷺さんの使ったものは攻撃にならない強風と1秒程度の時間の身体強化。

 その1秒間中の強化倍率も超人的な動きが出来る訳ではなく、僕よりほんの少し速くなる程度でしかない。


「どうしてそんな術をって顔しているわね」

「いえまあ、白鷺さんならもっと上の術も使えそうな気がして……」


 僕は率直な感想が口から溢れた。

 美鈴さんには遠く及ばないにしても、術のキレと精度はかなりのものだろう。

 その気になればもっと上位の術だって使えるはずなのだ。

 それを使用をしないのは一体どんな理由なのか、僕は知りたかった。


「私の使える上位ランクの身体強化術、その発動に掛かる時間は万全のコンディションで最短30秒よ。ここまで言えばもう分かるでしょ?」


 白鷺さんの言葉を聞き、僕はなるほどと理解する。

 最短でも30秒掛かる代物を、戦闘前ならともかく戦闘中に発動させるとなると集団戦でもない限り、至難の業だろう。

 そして万全のコンディションと言う以上、掛け直しできる可能性は限りなく低い。


「逆にこの術はいつどんな時、どんな体勢であろうと誤差0,1秒未満で発動できる。それがどれほど優秀かは言わなくても分かるでしょ。特にあなたのような気を吸収する相手と戦うなら尚更にね」


 白鷺さんはで空間に存在する気が乱れている状態の中、術式を発動させる。

 美鈴さんは妖気吸収の中平気で何十もの術式を発動させていたが、改めて考えるとそれが如何に異常な事かわかる。

 だからこそ白鷺さんの言うことが尤もだと納得できた。

 戦いとは相手がいてこそ成立する。

 隙の多い技には妨害があって当たり前だし、環境だって自分の都合のいい状態のままとは限らない。

 机上の空論であるスペックだけを見ても本当のポテンシャルは測れないのだ。


「でも

「? 何がダメだというの」


 僕は白鷺さんの言葉をバッサリ否定する。

 白鷺さんの戦術は現実に即したものだろう。

 穴がなく、急な事態にも対応できる。

 だが、

 格下には確実に勝てるだろうが、格上には何度やっても勝てない。

 ならばどうやって妖魔かくうえに挑もうと言うのか。


「…………」


 僕はゆっくりと白鷺さんに向かって歩を進める。

 白鷺さんが相手の力を利用するなら、利用できなくさせればいい。

 僕はゆっくりと白鷺さんに向かって手を伸ばす。

 握手しようと手を伸ばす速度より遅い速度だ。


「なるほど、そう言う手で来るのね」


 白鷺さんは身構えたまま、じっと僕の腕の動きを見つめる。

 今、僕の腕と白鷺さんとの距離は30センチもない。

 この距離なら掴めるだろうか。


「…………」


 僕は掴もうとした場合の未来をイメージする。

 指が腕を捕まえたと思った瞬間、僕の体は宙を舞う。

 やはりこの距離でも攻撃しては無理なのだろう。

 その推論を裏付けるように白鷺さんは身じろぎ一つしない。

 身に付けた技術にかなりの自信があるのだろう。

 この距離でも回避し、カウンターを決められるだけの自信が。


「だったら……」


 僕はゆっくりと白鷺さんの腕に触れる。

 力を込めて掴めばその瞬間にカウンターを食らう。

 だからゆっくりとその腕に指をかけ、力を込める事無く捕まえる。

 これは我慢比べだ。

 どちらがどのタイミングで先に手を出すか、それに全てが掛かっている。


「――っ」


 僕は白鷺さんの腕を掴んだまま、抱擁できそうな距離まで近づく。

 それにより白鷺さんの顔にかなりの汗が浮かぶが、緊迫しているのは僕も同じだ。

 一瞬でも気がそれたら忽ち吹き飛ばされるだろう。

 緊迫の連続。

 その一瞬の間隙に白鷺さんの顎を伝った汗が流れ落ち、僕の意識が僅かばかり向いてしまった。


「っ!!」


 白鷺さんはこの間隙に勝機を見出したのだろう。

 僕の視線が汗に向いた一瞬を見逃さずに腕を振りほどくと、掌底を鳩尾目掛けて突き出す。


「ぐっ?!」


 膝を折り、崩れる僕に流れるような飛び膝蹴りが顎目掛けて放たれる。

 無防備な状態の顎にこんな一撃を加えられれば脳震盪を起こし、一気に形勢逆転だ。

 まさに一瞬の隙が勝負を分けた瞬間だった。


 †



『唯羅は――――彼女は落ちこぼれなのだから』

「落ちこぼれ? どう言う意味だよ」

『言葉通りの意味だ。。とでも言うべきか』


 ポツリとカグツチの声が響き渡る中、二人の決闘は決着を迎えるのであった。


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