第6話「専門知識を披露すると、周りの人に引かれる」
学校の校庭で僕とクリスティナさんは対立する。
周りにはクラスメイトの人たちが見物している。
「うぅ――――」
――どうしよう?
自分で了承したとはいえ、やっぱり誰かと決闘だなんて怖い。
叩かれて血とか出るのかな。
痛いのはやだな。
僕は始まる前から、自分が攻撃を受けることを想像し、身震いする。
とはいえ僕を助けてくれる人なんてくうときよさん以外にはいない。
しかもきよさんはこの状況を作っている元凶であり、助けは望めそうにない。
僕の最後の味方になってくれそうなのはくうだけだ。
「……………………」
僕は改めてあたりをきょろきょろと見渡す。
決闘の話を聞いてからずっと探してはいるのだけれど、全くと言っていいほど見つかない。
――やっぱりどこかに行っているのだろうか?
帰ってきていることを期待してクラスメートの中から探すが、その中にくうの姿はやはり見えなかった。
――あぁ、どうしよう。
やっぱりなしにしてとか言っちゃダメかな。
本当に手詰まりとなり、僕は緊張と恐怖で顔を歪ませる。
そんな間にも舞台は着々と進行しており、クリスティナさんが学校から支給された武器をとっていた。
「護るべき対象のはずのキョウさんに武器を向けることをお許し下さい」
その手には僕の背丈よりもはるかに長い、棒のようなものが握られていた。
「はい、キョウくんも武器をどうぞ」
僕がその棒に目を奪われていると、生徒会長さんが様々な種類の武器を僕の前に並べていた。
剣から槍からハンマーから、果てはチャクラムやパチンコまで。
いつ用意したのか疑問になるほど、多彩な武器が僕の前に並んでいた。
そしてそれらの武器は安全性のためか、全てゴムのようなもので出来ていた。
「…………ごく」
僕は思わず唾を飲み込む。
――本当に戦いなんだ。
武術の練習試合じゃなくて相手を打ち負かし、痛め付けるための戦い。
僕は震える手で一番小さな、ナイフのような武器をとる。
「さあ後はクリスティナさん、あなたが人化の法を解けば準備は全て整うわ。あなたは自分で人化の法を解けるわよね?」
「……それなのですが、人化の法のまま戦ってはいけませんか?」
僕は二人の言葉で思い出す。
結局ジンカノホウが何なのか聞いてなかった事を。
解くという言葉から、何か変化でもするのだろうか。
僕は黙ったまま、二人の経緯を見守る。
「私も理事長に確認したけれど、それは駄目みたいね。『この決闘は妖魔が人に己の力を見せつけるための求婚の場。人が屈服するほどの圧倒的な力と姿を誇示できない妖魔に、私の愛し子を得る資格はない』だそうよ」
生徒会長さんの言葉がきよさんの声で脳内再生される。
――もう駄目かもしれない。
徐々に逃げ道を塞がれつつある現状に、僕は逃げることを諦めざる負えなかった。
「――わかりました」
クリスティナさんは覚悟を決めたようにそう言うと、目を細め構える。
それによりびゅうっと風が流れると、クリスティナさんを取り巻くように舞い上がりはじめた。
「?」
明らかにクリスティナさんの纏う雰囲気が変わる。
厳しくもありながら多分に優しさを含んだ空気から、威圧的で傲慢な空気へと。
――これがジンカノホウ?
何が起こるんだろうと、僕は目を細める。
するとクリスティナさん体が発光し、光りに包まれた。
「―――っ」
思わず僕は瞼を瞑る。
そして目を開けた先には――。
「――――っ?!!」
まず目に写ったのは白い蹄。
『まるで馬のようだ』と、思いながら僕は視線を上げると開いた口が塞がらなくなった。
「えーっと、これは?」
僕は恐る恐るクリスティナさんに尋ねる。
「人の言うところの『ユニコーン』と呼ばれるものです。ご存知ありませんか?」
「ほ、本で読んだことは、あります」
僕は人化の法を解いた、クリスティナさんの姿に思わず見惚れる。
大地を踏み抜く強靭な蹄。
神々しいまでに綺麗な銀毛の尻尾。
そして一番目を瞠るのは額から伸びる角だ。
長く鋭く、とても強い力を感じると同時に、光を受けて白銀に輝くソレは息を呑むほど美しかった。
カツカツと蹄を鳴らしながらクリスティナさんは僕と所定の位置で向き合う。
妖魔化したとはいえ、クリスティナさんのその姿は人型であり、その手には先程の棒が握られている。
「―――こんな形で私の姿をキョウさんに晒すことは、本当に不本意でしかありませんが、最早致し方ありません。出来る限り優しく気絶させますので、怖ければ目を瞑っていてください」
威圧的な空気を纏いながらも、クリスティナさんは優しく微笑む。
――そして。
「キョウさん、あなたを貰い受けます」
蹄を鳴らし、クリスティナさんは僕に高らかに宣誓した。
まるでそれは決闘の名乗りのように。
「準備はいいわね? ――――――それでは始め」
それを受け、生徒会長さんは開始の合図を送る。
送ってしまったのだ。
「―――――ハッ!!!」
生徒会長さんの合図に連なるように、僕の耳には、ひゅんと風を切る音が聞こえた。
それと同時に僕の視界がゆっくりと後方に移動していく。
――あ、れ……?
まるでスローモーションの映画を見るような光景に、僕は漸く自分が突き飛ばされたのだと理解した。
決闘開始して数秒。
僕の体は開始位置より遥か後方の位置でボールのように転がり、動きを止めた。
†
「………どういう事か説明してもらえる?」
荒々しく扉が開けられると、つかつかと部屋の中に黒髪赤眼の少女……くうが入って来る。
校長室だというのにノックもせずに、だ。
当然中に居た校長先生はその乱入者にぎょっとする。
「あ、あら、くうちゃん。れ、レクリエーションは終わったの?」
そんなくうを校長先生は叱るどころか、どこか機嫌を伺うように愛想笑いを浮かべる。
それもそのはずだ。
目の前に立つ少女は上司である理事長の一人娘なのだから。
「…………っ」
くうはそんな校長の問いに答えず、ひと睨みする。
「―――ひっ!!」
それだけで校長は口を開くことができなくなってしまった。
くうは最早校長の存在など、頓着せず先へ進む。
そして奥の机の前に立つと、そこに座る人物へ無言の圧力を掛けた。
漆のような艶のある黒い長髪。
娘と同じく血のように赤い瞳。
革張りの椅子にまるで王様のように座りながら、学園理事長であるきよは君臨していた。
「おや、我が娘じゃないか。今日から私と離れ離れで暮らすのが寂しくなって会いに来てくれたのかい? んん?」
ただそこにいるだけで、従来の何十倍もの重力を掛けられたに等しい圧力を受けながら、きよは笑う。
その態度にますますイライラしたのか、くうは圧力を強める。
「茶化さないで。私は真面目な話をしているの」
親子とは思えない剣幕のくうだが、きよはどこ吹く風だ。
それどころか、逆に何をそんなに怒っているのか、とでも言いたげにくうに問いかけた。
「茶化すのも何も私は至って真面目さ。それともお前は私の出した校則に何か問題でも有ると言うのかい?」
「………………っ!!」
きよの問いかけに、くうは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「言わないよなぁ。昔から私は何度も口酸っぱくお前に言ってきた筈さ。アイツの相手はアイツより強い妖魔しか認めない、と。それは娘のお前とて例外ではないよ」
「でも、それじゃあ……アイツの自由が……」
口籠るくうにきよは追い打ちを掛けるように口を挟む。
「だから私は“降参を”許可しているんだ。もしアイツが気に入った相手がいれば直ぐさま降参すればいい。それに何も決闘以外の方法でパートナーを取ることも禁止していない。どうだい? 私はちゃんとアイツの事をよ~く考えているだろう?」
頬杖を付きながらきよは、くうを嘲るようにニヤニヤ笑う。
馬鹿にしているとしか思えないその態度に、くうの顔が怒りに染まる。
「っ!! あなたとの会話は時間の無駄のようね。失礼するわ」
来た時よりも荒々しくドアを閉めてくうは飛び出ていく。
あまりのその荒々しさに、校長室の物という物が弾け飛び、思わず頭を庇う校長。
しかし、そんな中でもきよは姿勢ひとつ変えず、くつくつ笑う。
「我が娘ながら青春してるねぇ」
半ば引き気味の校長を前に、呑気にお茶をすする音が校長室に鳴り響くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます