第76話「慰魔師の価値」
「何? 何なのキミら? 親友との貴重な時間をあたしから奪ってそんなに楽しいの? この無乳の手先共――っ!!」
「……今度は全身消し飛ばされたいの?」
「あれれぇ~? 無乳って自覚あったんだ? まあそうだよね、見下ろしても視界良好だもんね。平地が永遠とつま先まで広がってるだけだもんね」
「――――――」
昼休み。
キョウを除くクリスティナ達いつものメンバーは、輪廻を校庭に呼び出していた。
手に手に購買部で買った昼食を手にしており、今日はここで食べるつもりのようだ。
だが食事が始まって数秒もしないうちに口喧嘩を始めた二人に、クリスティナは呆れるしかなかった。
立ち位置も決して互いに近づこうとせず、最も遠いベンチの端と端で言い合っている。
喧嘩するほど仲がいいとも言うが、些か敵意が強すぎるのでは無いかとクリスティナは溜息を吐く。
「先程から話が一向に進まないのですが……」
「話? あたしがキョウとのスキンシップを抑えろって話だっけ? その話だったら当然、お断りだっ!!」
「いえ、私はスキンシップを取るなという話ではなく、節度を弁えて欲しいと言っているだけで……」
友達になったとはいえ、キョウが絡まないとどこまでも傍若無人な輪廻に、クリスティナはどうしたものかと思案する。
他のメンバーは半ば野次馬根性的な意味で付いて来ただけで、クリスティナに協力する気などさらさら無い。
というよりさほど興味もないのか、ただ黙々と昼食をとっている。
そんなこともあって、クリスティナは具が野菜だけのサンドイッチを口にしながら、一人言うべき言葉をまとめていた。
そんな様を見ながら、輪廻はポツリと口を開く。
「つーかさ、一個聞きたいんだけど、キミらキョウのパートナーの座を狙ってるの? それとも唯のお友達なだけ?」
ベンチに座り、輪廻は頬杖をつきながらクリスティナ達に視線を送る。
その顔はどこか面倒くさそうにしながらも、品定めをしているようでもあった。
突然の質問を受け、クリスティナは狼狽えた。
何せクリスティナにとって前座の会話をふっ飛ばした、本題のその先とも言えるような内容だったからだ。
「い、今は友達ですが、ゆくゆくはその……」
「え、何? 聞こえない」
蚊の鳴くようなクリスティナの声に、輪廻は何言ってるんだこいつ、といった顔をする。
その台詞を受け、クリスティナの顔は真っ赤に茹であがっていく。
それでもなんとか言葉を振り絞った。
「ぱ、パートナーになりたいと……」
「ふ~ん、他の奴らも同じ?」
輪廻の言葉にシルヴィア達は頷く。
その顔ぶりを見ながら、輪廻は何処か疲れたかのように溜め息を吐いた。
「正直な本音を言っていい? キミらじゃキョウのパートナーは到底無理」
「なっ?!」
「……それはキミがキョウくんのパートナーになるから、と言う意味か?」
硬直するクリスティナを他所に、ただ純粋な疑問と言う風体でシルヴィアは尋ねる。
それに対し、輪廻は首を振り否定した。
「いやそうじゃなくてさ。昨日の試合観てて思ったけど、キミらキョウの横に立つどころか、寧ろ足手まといなレベルじゃん?」
「っ!! パートナーになることと強さに何の関係が……」
「無いと思ってる? 本当にそう思ってるならクリ、結構御目出度い頭してるね」
「妖魔と人が争う時代は終わりを告げたはずです。最早私達妖魔に必要なのは武力ではなく、学力と共存するという意思。無駄な力など争いと軋轢を生むだけです」
クリスティナは握り拳を作り、力強く言い切る。
少なくともそれは人と共存することを選んだ妖魔達の謳い文句ではあった。
クリスティナもそれが正しいと思って生きてきたし、今でもそれは変わらない。
だが何より強く否定しようとしたのは、輪廻の言葉が正しければキョウと一緒に居ることができなくなることにクリスティナは怯えたのだ。
Aランクの朱やヴァーミリオンすら倒してしまうキョウの強さ。
その差は人間と妖魔のように、クリスティナとキョウの間に絶望的な溝を作っているのだ。
何十年に渡る努力ですら埋まらないのではないかと思えるほどに、深く暗い溝を。
そんな様子を輪廻は冷め切った眼で見つめていた。
「あ~、ホントに御目出度な頭してた。どうして力が要らないと思うのか。慰魔師の価値が全っ然分かってないのな」
「慰魔師の価値?」
「この学園を見れば分かるだろうけど、慰魔師っていうのは妖魔全体数から見ると圧倒的に数が少ない。だから普通の妖魔は入学するだけでも大変なんだよ」
「大変? 私の時は然程苦労した覚えはありませんが……」
「そりゃそうだろうさ。聖獣かつ希少種のユニコーン。優先順位としてはかなり高いほうだと思うよ」
輪廻の言葉にクリスティナ達は何を言っているのか、と言う顔をする。
そんなクリスティナ達の反応を見ながら、輪廻は言葉を付け足す。
「クリだけじゃない。世の男性人気の高い夢魔に座敷わらしに雪女。同種族ばかり入れるわけに行かないからある程度はバラけているけど、毎年クラスに一人いるレベルで当選率が高い。これが偶然だと思ってる?」
「なるほど、倍率が高いとは聞いていたが、さしたる入学試験もなく不思議だったのだが、そう言う仕組だったのか」
シルヴィアは得心がいったように頷いた。
この学園、曙学園には毎年何百、年によっては千に近い数の妖魔の入学希望者が来る。
だがその大半は書類選考の時点で落とされるのだ。
当然学園側としては選考基準など公開しておらず、くじ引きや理事長の独断などと噂されていたが、実際はこのような仕組みで選出されている。
より人間社会にとって都合のいい形となるように、より人類に対する味方が増えるように。
「つまりは人間にとって都合のいい妖魔を集めていると、そう言いたいのですか?」
「若しくはその逆、そのまま人間社会に混じられては都合の悪い妖魔を優先的に集めている。特に大妖クラスとかの人類にとって危険度の高い妖魔は、ほぼ100%入学できる。慰魔師はこいつらを抑えるためにいるからね」
「妖魔にとって如何にこの学園に入学し難いかは分かりました。つまり輪廻さんが言いたいのはあぶれた妖魔が慰魔師を襲う可能性があると言いたいのですね? それならば――」
問題ありません、とクリスティナは言い切ろうとする。
危険度の高い妖魔と人気の妖魔が抜け、残るのは知名度も力も無い妖魔だ。
それが束になろうとも遅れを取ることはない。
少なくともキョウの足手纏にはならない、とクリスティナは心の奥底で安堵する。
だがその安堵を見透かすかのように、輪廻は目を細める。
「『私達でも倒せる』って? CDランクの妖魔相手ならそうかもね。でもBランク、果てやAランクの妖魔が襲ってきたらどう? キミらにキョウが護れる?」
「矛盾しているな。Aランクの妖魔はほぼ100%入学できるのではないのか?」
「入学できるよ。希望すれば、だけどね。要は世の中には慰魔師の存在よく思わない妖魔も居るって事」
「慰魔師の存在をよく思わない妖魔、ってまさか……」
思い当たる節があるのか、クリスティナは思わず立ち上がる。
それはこの学園に居るクリスティナ達とは真逆の存在。
人間を嫌い、見下し、時代の流れを逆行する者達。
「そ、世間で言う所謂テロリストって呼ばれる連中。若い世代中心の過激派グループだとか言われてるけど、実態は前世界大戦の生存者達」
「っ?! 妖魔の長い寿命を考えれば生き残りが居ること自体は不自然ではありませんが、それでもその殆どは退魔師達と、人間の味方をした妖魔達に滅ぼされたか封印されたと聞きましたが?」
クリスティナの言葉を片目を閉じた状態で輪廻は聞く。
「半分正解で、半分間違い。大戦時、敵対した妖魔の大半が消えたのは事実。だけど人間に仇なす妖魔が消えたわけじゃない」
「それはどう言う……?」
「人間側にも妖魔側にも味方につかなかった妖魔もごまんと居るってこと」
過去の記憶を辿るかのように、輪廻は想起する。
自分ではなく、前の自分の魂に刻まれた記憶を。
人類は確かに前大戦で勝利した。
だがそれは
いやそもそもそれ自体が矛盾を抱えた勝利なのだ。
故に
「そんな奴らが資金稼ぎに慰魔師を拐い、妖魔専用の娼館で働かせてるって話。慰魔師は妖魔にとって麻薬だからな、一度客になれば何度も足を運ぶようになるだろうし、それは儲かるだろうな」
「そんな非人道的な行いが許されるとでも?!」
「許す許さないも、人間だって
「警察は?」
思わずでたクリスティナの言葉に、輪廻はお腹を抱えて笑い出す。
それだけ彼女が人類の社会に馴染んでいる証ではあるが、普通に考えればおかしな話でしか無い。
妖魔がただの人間である警察に助けを求めるのだ。
それも妖魔が起こした事件に対する助けだ。
そんなものの解決など無理に決まっている。
「うはっ、うははっ。人間の警察に何が出来るんだよ。バッカだなぁお前」
「……うぐっ」
「この手のことを請け負っている国家機関はその国々の退魔師共だけだけど、妖魔を憎むあいつらがあたし達に親身になるわけもなく、被害を受けた妖魔と慰魔師は泣き寝入りするしか無い」
「しかしそのような出来事早々――」
クリスティナ自身輪廻の話を信じていないわけではなかったが、それでも宝くじに当たるより低い確率だと思っていた。
理由としてはもしその話が大体的に行われていれば、流石に国家も問題に取り上げるだろうからだ。
実際その推測はあたっており、この国でテロリストによる慰魔師の拉致など宝くじに当たるよりは低かった。
だが――。
「――確率が低いからと高を括ってる奴に、あたしは大切な親友を渡すつもりはない。そんな気持ちでパートナーになろうとしているのなら、あたしの前から今すぐ消えろ。不愉快だ」
輪廻は立ち上がると、クリスティナの言葉を遮り宣言する。
今までのような不真面目な態度ではなく、全てを焼きつくすような荘厳な妖気を体から立ち上がらせ、クリスティナ達全員を威嚇していた。
その威圧、気迫ともに真に迫る勢いで、輪廻の本気度を表していた。
もし今ここで冗談でもキョウのことを蔑ろにするセリフでも吐けば、殺されかねないほどに。
「大体キョウはな、キミらが思っているような普通の慰魔師と……っと、やばっ」
輪廻は慌てて自分の口をふさぐ。
くうはそれを見ながら舌打ちした。
「? キョウさんに何かあるんですか?」
「あなた達は知らなくていい」
反論を一切許さない口調で、くうはピシャリと言う。
その冷徹な剣幕にクリスティナ達はビクリと震え上がる。
「と、兎に角だ。最低でもあの女からキョウを護れる位じゃないと、あたしはキミらをパートナーとしては認めない」
「あの女?」
「今日キミらが闘うことになる奴。昨日ちょろっと試合見てたけど、アレは多少はやるね」
先程の失言のせいか、やや焦った口調で輪廻はそう言う。
その様をくうはナイフのように鋭い眼光で睨んでいたが、特に何か言ったりはしなかった。
「……分かりました。どの道私達はキョウさんを護るしか道はありません。ですが代わりに一つ約束してもらえないでしょうか?」
「約束? さっきのキョウの事?」
「いえ、そちらではなく。輪廻さんの事です」
クリスティナに指をさされて、輪廻はきょとんとする。
「え? あたし? あたし、そっちの趣味はちょっとないかな。これでも親友一筋だし」
「――私達でキョウさんを護ることができれば、今後過剰なスキンシップや控えるようお願いします」
「いやそれとこれとは……」
「難色を示す、と言う事は私達がキョウさんを護ることが出来る可能性が高い。ひいてはキョウさんとパートナーになれると暗に認めている、と捉えますが?」
クリスティナの発言に輪廻は苦い顔をして、そっぽを向く。
だが、やがて諦めたかのように溜息を吐いた。
「……分かった分かった。そこまで言うんならいいよ。もし護ることができたら、ね」
昼休みの校庭、ここに一つの約束がかわされたのであった。
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