第5話「休み時間は本を読むか寝ることしかすることがない」


「ここが多目的ルームよ、さあ、みんな入って入って」


 先生が案内してくれた部屋は教室と同じくらいの大きさの部屋だった。

 先生が鍵を開けると、みんな中へ入っていく。

 中は巨大な冷蔵庫、空気でふくらませるマット、子供が好きそうな白馬を模した三角形の乗り物、凹型の椅子など何に使うのかよくわからないものがいっぱい詰まっていた。

 皆でそれを退けると、先生を中心に円になるように僕らは並ぶ。


「さーって住むための条件だけど、さっきも言った通りこの泡沫館で暮らすには妖魔と慰魔師がパートナー関係を結ぶ必要があるの」


 先生は僕らを見渡しながら説明を始める。

 僕らは自然に男女別々に別れており、僕とクリスティナさんとくうだけがどの陣営にも属さずポツリと立っていた。


「とまあ、パートナー関係と一口で言っても口約束だけで出来る単純なものではなくて。両者が合意して共同で学校に申請し、承認されて初めてパートナー関係と認められる、言わば資格の様なものが必要なのよ」


 先生が資格という言葉を口にした途端、なんだか夢のある話がものすごく事務的な話になってきた気がする。

 そう思ったのは僕だけではなかったようで、他のみんなも一様に少しうんざりした顔をしていた。


「みんながうんざりするのはよ~く分かる。でもね、このクラスの男女比を見ればわかると思うのだけど、妖魔の全体数に対して慰魔師の数が足りないの。だから普通の自由恋愛だと必然的に血で血を洗う奪い合いが発生しちゃうわけ。それを防ぐために考案されたのがこのパートナー制度よ」

「「「…………」」」


 先生の言葉を聞き、心なしかクラスの女の子(クリスティナさんも)達が互いに少し距離を置き始めたような気がする。

 まるで互いを警戒でもするかのように。

 それに関係してか、微かに聞こえていた内緒話はピタリと止み、どこか陰欝とした気が立ち込み始めた。

 デスマーチでもするかのような、異様な雰囲気に飲まれ僕までも緊張してくる。

 そんな僕らの状況を知ってか知らずか、先生は言葉を続けた。


「あと申請・承認式なのは無理やりパートナーにするのも阻止する意味もあるわね。よく妖魔の子が慰魔師を装飾品アクセサリーや愛玩物と勘違いして、道具のように扱う子がいるのだけれど、慰魔の血族っていうのは物凄いデリケートな生き物なの。暴力や恫喝でストレスを与えると、直ぐに体調を崩して能力と生命力の低下を招くわ。だから絶対に女子は男子を脅さないこと、恐怖で言論を縛っても申請時に身辺調査すればそれが一発でわかるからね」


 暴力と聞いて僕は身震いした。

 暴力と聞いて思い出したのはくうの存在だからだ。

 昔から修行と称して色々な目に合わされてきたのだ。


 ――出来ればそんな目には会いたくないわけだけど。


 この陰鬱な気が渦巻く空間を見てると不安で仕方なくなった。


「少し脇に逸れたわね。―――――それで晴れてパートナーに認定されると。じゃーん、これが両者に送られます」


 先生は効果音を出しながら、先ほど扉を開けるのに使用した指輪を取り出してみせる。

 金と銀、太陽と月の意匠が施された二対の指輪が、室内灯でキラリと反射する。


「これはこの『泡沫館』の部屋の鍵であり、パートナーの証もあるんだけど、それだけじゃなく他の妖魔との接触を相方に教えたり、装着している慰魔師を護ったりといろんな機能が付いている。その名も『エンゲージリング』」


 先生がそういった瞬間渦巻く陰気はどこへやら、クラスの女の子たちがうっとりとするように息を吐いた。


「……婚約エンゲージ


 クリスティナさんも例外ではないのか、噛みしめるように復唱する。

 やっぱり女の子は指輪が好きなのだろうか。

 そんなことを思いつつも、ふとくうの方に視線を向ける。


「………………」


 くうは一人面白くなさそうにそっぽを向いていた。


 ――どうしたのだろう?


 僕がくうの心配をしていると、先生は思い出したかのように付け足す。


「あっ、当然だけどこのパートナー制度は解除することも出来て、片方が解除申請を出すだけで一方的に解除できるようになっているから。パートナーを結ぶのがゴールだとは思わないことね。――――特に上辺だけの甘言で慰魔の子を誑かした妖魔には重いペナルティが付くこともあるから覚悟するように」


 盛り上がるクラスメートの女の子に向けて、先生はそう、笑顔で言い切る。

 それにより少し騒がしくなっていた空気がまた冷え込んだ。

 でもそれも当然だと思う。

 人間の僕でも先生のその笑顔は怖かったのだから。


 ――コンコン。


 冷え込んだ空気を打ち破るように、突然乾いたノックの音が室内に響く。

 僕らの視線がその音がした扉へと集中する。

 すると――。


「失礼します。先生に少しお耳に入れたいことがあります。お時間よろしいでしょうか?」


 金糸のような綺麗で長い髪を揺らし、優雅に、そして淀みない動作で女子生徒が一人部屋に入ってきた。


 「――――」


 僕らは突然入ってきた綺麗な人に目を奪われる。

 なんというか、纏う雰囲気に呑まれてしまったのだ。


「あら? 美鈴さん、何かあったの? ―――――あー、みんなはちょ~っと待っててね」


 先生は僕らを部屋に残したまま、美鈴さんと呼んだ人と共に部屋の外へ出ていってしまう。

 僕は先生が見えなくなったことを確認すると、クリスティナさんに尋ねてみる。


「………さっきの人は一体?」

「解りません。ですが、彼女はこの学園の生徒会長ですから、私達に関係することではないのかもしれません」


 クリスティナさんも気になるのか、ドアの向こう側をちらちら見ながら答えてくれる。


 ――成る程、あの人生徒会長さんだったのか。

 道理で雰囲気が違うわけだ。


 僕はクリスティナさんの説明に納得がいった。

 そんなことを話しているうちに先生達は戻ってくる。


「―――――」


 その時美鈴さんが僕の方を一瞬見た……ような気がした。


「?」


 だけど勘違いだったのか、僕が瞬きすると美鈴さんは何事もなかったかのように先生に付き従っていた。


 ――自意識過剰、かな?


 僕は美鈴さんを視線で追いながら首を捻った。

 そうこうしている内に、先生は僕らの円の中心に戻る。


「え~、本来、レクリエーションはこれで終了なんだけど、実は今日から急に施行された校則があるらしくて、それについて説明しなきゃいけないので、もうちょっとだけ付き合ってね。――――それじゃあ、美鈴さんよろしくお願いします」


 そう言って先生が後ろに下がると、美鈴生徒会長さんが僕らの前に出る。

 金の髪の毛に、蒼い瞳、優しそうな風貌に、均整のとれた体、そして生徒会長という地位。

 誰が見ても非の打ち所のない完璧な美少女だと僕は思った。

 無い無い尽くしの僕とは大違いだ。


「皆さん初めまして。ご紹介に預かりましたこの学校の生徒会長の美鈴です。先生の言うように今日は皆さんに理事長の提案で新たに加わった校則についてお話します」


 理事長という言葉に僕とくうがぴくっと反応する。

 どう考えても嫌な予感しかしない。

 僕は願わくば自分に関係ないことであるように、と願うだけだった。


「ですがその前に皆さんにお願いがあります。少しだけ私情を挟ませてください」


 神妙な表情で美鈴生徒会長さんは一度目を瞑る。

 僕らもそれに釣られるように姿勢を正した。


「え~、皆さん。我が曙学園生徒会では共に学校をより良くしようとする人材を広く募集しております。能力・種族・性別は問いません。役職が役職なので面接等はありますが、最後まで責任をもって遣り遂げられるか、やる気と忍耐力を見るためのごく簡単なものです。今まで生徒会という仕事に興味を持っており、この機会にやってみたいという方は、気軽に私か生徒会のメンバーに声を掛けてください。随時募集しております」


 途端、みんなの姿勢がどっと崩れる。

 先生はそれを見て、豪快に笑っていた。


「御免なさい、生徒会うちのメンバーの子が宣伝してこいとうるさくてね。一応こうしてきちんと言っておかないとあとで怒られるのは私なのよ。あっ、この話は内緒でお願いね」


 真剣だった顔を崩し、生徒会長さんはお茶目な表情で人差し指を唇に添える。

 それによりみんなの緊張もどっと和らいだ。

 まだよく知らないけど、これだけで生徒会長さんがいい生徒会長なのだというのは感じ取れた気がする。


「さて、新しい校則のことなんだけど、パートナー制度のことはもう聞いたかしら?」


 生徒会長さんの言葉に僕らは疎らに頷く。


「そう、それじゃあ問題無さそうね。えー、この新しい校則はパートナー制度に関するものです。特に妖魔の子らにとって深く関わってきますので、心して聞いてね」


 僕は妖魔に関係すると聞いて、ほっとする。

 まだ完全には安心できないけど、これなら僕が厄介事に巻き込まれることはないだろう。

 そう思い、気楽な表情で僕は生徒会長さんの言葉を待った。


「『理事長である私の愛し子キョウに、決闘にて勝った妖魔を無条件でキョウのパートナーとして認めることを許可する』だそうよ」

「……………」


 生徒会長さんの言葉が終わると、辺り一面静寂に包まれる。

 僕はふーん、と大した感慨もなく聞いていた。


 ――よく意味がわからないけど、妖魔に関することなので僕には関係ないはず。

 でも何故だろう。

 何故かみんなが僕を見ているような気がする。


「―――すみませんが、もう一度説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 横のクリスティナさんが真剣な表情で生徒会長さんにお願いする。

 僕は理解できないのは僕だけじゃなくてよかったと、少し安心した。


「あら、解り難かったかしら。要するにそこのキョウくん」


 突然、指をさされる。


 ――え? なんで?


 関係ないと思っていた僕は、心臓が飛び上がりそうになる。


「に、決闘で勝った妖魔をでキョウくんのパートナーと認める校則よ」


 美鈴さんの言葉になんだかよくわからないが、滝のように嫌な汗が出てくる。

 もしかして僕は、とんでもないことに巻き込まれようとしているのではないだろうか。

 遅すぎる話だけれど、僕はようやく実感が湧いてきた。


「倫理的にそんなことをして大丈夫なのでしょうか?」

「私個人としては大丈夫と言いたくないのだけれど、残念ながらこの学校の全権は理事長が握っているの。それにキョウくんの保護者は理事長だから、此方としてもあまり強く抗議はし難くて……」

「文句が出ないというのであれば私が言います。これは明らかにおかしな校則です。人権を完全に無視しています」


 クリスティナさんが、びしっと生徒会長さんに指差す。

 そんな状況じゃないと解っているけど、僕は格好いいと思った。


「あなたの言うことはよく解るわ。勿論私も学校長と共に抗議してみたのだけれど、に関しては親の方針と言い切られてしまって、その場ではどうしようもなかったの、御免なさいね」

「――ッ! それでも」


 食い下がるクリスティナさんを尻目に、生徒会長さんは一歩僕に近づく。


「―――――キョウくん、あなたはどう思っているの? あなたの意見を聞かせて頂戴」


 美鈴さんは優しげな視線で僕に問いかけた。

 その顔からはどう応えようとも受け止めてくれそうな、包容力を感じる。 


「えっと、これって僕が誰かと、決闘……戦うってことですよね?」

「えぇそうよ。さっきはどうしようもないと言ったのだけれど、もし、あなたが本当に嫌なら私は、生徒会を挙げて全面抗議、或いは何らかの対抗策を打ち出してもいい覚悟はあるわ。だからあなたの意見を聞かせて」


 生徒会長さんに覗きこまれながら、僕は選択を迫られる。


 ――どうしよう、どうしよう、生徒会長さんは、僕に味方してくれるみたいだけど、でもきよさんが………、僕は……僕は………。


 皆の見守る中、僕の頭に選択肢がぐるぐる回る。

 でも僕はすぐに気が付き、とある選択をすることに決めた。


「僕は………。きよさん、あ、いえ理事長の言葉に従います」

「えぇ?! キョウさん本気ですか?」


 クリスティナさんとクラスメート達に驚愕される。

 そう思うのも無理は無いかもしれない。

 内容だけ見れば無茶苦茶だと思う。

 正直僕も決闘なんてしたくない。


 ――でも、きよさんが何も考えずに僕にこんなことを押し付けているなんて考えたくない。

 今迄も辛いこと苦しいこともいっぱいあったけど、全部僕を思ってのことだと知っている。


 ――だから。


 僕はクリスティナさんにしっかり頷いてみせると生徒会長さんに向き直る。


「念の為もう一度聞くけど、本当に了承するのね?」

「………はい」


 僕の返事に、生徒会長さんは『分かりました』と言うと、元の位置へと戻った。


「本人の同意を得られたことですし、それでは決闘について説明してもよろしいかしら?」


 生徒会長さんの言葉にクリスティナさんも渋々頷く。

 生徒会長さんは他にも異論がないことを確認すると、一枚の紙を取り出した。


「一つ、妖魔は対戦相手を殺してはならない。

 一つ、魔具や神器の使用は認めず基本提供する武器で戦うこと。

 一つ、妖魔は人化の法を解いて本来の姿で戦うこと。

 一つ、一対一で戦うこと。

 一つ、気絶、或いは降参した時点でその者は敗北する。

 一つ、時間制限はその日一杯迄とし、それを超えた場合妖魔の敗北とする。

 一つ、対戦場所は校内限定であり、決闘を申し込む側が指定できる。

 一つ、判定などの審判は生徒会役員が一任する。――――以上よ」


 生徒会長さんの言葉を聞き、クラスの女の子がざわざわと会話し始める。

 対する僕はジンカノホウとは何なのだろうと、聞き出せないでいた。


「そんな?! それだけですか?! これじゃあキョウさんに勝ち目なんて……」


 その中で、クリスティナさんが絶望した表情で口を閉じる。

 そんなクリスティナさんを横目に、生徒会長さんは淡々と新たな言葉を付け加える。


「………そしてキョウくんは一日一回決闘の申し込みがあった場合、必ずどれか決闘を受け無くてはならない。逆に言えばその一つ以外は拒否することも出来るわ。それとキョウくんが負けた場合、キョウくんからパートナーを解消することは出来ないからよく考えて決闘を受けてね」

「―――ッ!!」


 生徒会長さんの言葉に、クリスティナさんは何かを覚悟するように目を閉じる。

 もしかして僕はとんでもないことにOKしてしまったんじゃないだろうか。

 周りの人の反応を見ていると、だらだらと冷や汗が止まらなくなってくる。


 ――大丈夫なんだよね、きよさん?!


 僕は信じているはずのきよさんへの信頼が揺らぎそうになった。

 最早手遅れかも知れないけど。

 僕が揺らいでいる間にも話は続く。


「時間は放課後、ちょうど今くらいの時間ね。決闘の申請は必ず対戦者と共に二人で生徒会室まで来ること。それによって申請することが出来るようになるわ。あと、妖魔側の申し込むメリットについてだけど……」


 生徒会長の言葉を遮るように、ピンと槍のように真っ直ぐな手がクリスティナさんから上がる。


「どうかしたの? なにか私の説明でわからない箇所でもあったかしら?」

「今ここでキョウさんに決闘を申し込むことは出来ますか?」

「えぇ?!!」


 クリスティナさんの突然な提案に辺りは騒然となる。

 僕も自分でこの制度を受け入れいながら、あまりの出来事に驚愕した。


 ――やるとは言ったけど、もう少し心の準備期間が欲しかったり……。


 僕は縋るような眼で生徒会長さんを見る。

 しかし僕の望みはバッサリと断ち切られることとなった。


「えぇ、可能よ、だからね。デモンストレーション用に使おうと思っていた申請用紙もここに揃っているし、あとはキョウくんの承諾だけね。他に申し込む人がいなければその承諾すら要らないけれど」


 生徒会長さんは周りをぐるりと見渡す。

 僕も自棄になって一緒にあたりを見渡す。

 でも誰も手を挙げる人はいなかった。


 ――というか、あれ?

 いつの間にかくうがいなくなっている。

 どこに行ったのだろうか。


 僕がくうを探している内に、クリスティナさんが僕の前に立ち、姿勢を正す。


「……………!」


 僕も慌てて姿勢を正した。


「お願いします、キョウさん。私の決闘、どうか受けてください」


 僕に拒否権がないのは知っているはずなのに、クリスティナさんは深々と頭を下げる。

 でも、たとえ拒否権があっても、クリスティナさんにここまで頭を下げられれば、断ることは出来ないだろう。


「わ、わかりました。その決闘……受けます」


 僕は二つ返事で了承する。


「ではクリスティナさん、決闘場所の指定とここにサインを―――」


 こうして僕は入学早々、決闘のサインをすることになったのであった。

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