第4話「一人暮らししても、訪ねてくるのは勧誘と宅配屋さんだけ」
レクリエーション後、僕らはこれから暮らす寮について案内されていた。
男子寮も女子寮も軒並み扉が金庫みたいなことを除き、普通であった。
いやまあ、その時点で普通じゃないかもしれないけれど、妖魔が居る学校の割には、と言う意味だ。
そもそも僕が普通という概念を語れるかというと、正直自信はない。
ずっと山奥で暮らしていたし、サバイバル生活している時以外は全部お手伝いさんにしてもらっていたのだから。
だからそれは、なんとか生活できそうだと安心したそんな矢先の出来事だった。
「――他にも食堂とか大浴場とか有るんだけど、まあそこはみんなおいおい確認してね。ってことでみんなもお待ちかね、“メインの寮”へご案内よ」
先生はそう言うと元きた道を戻り、寮の外へと向かう。
――メインの寮?
一体どういう事だろう。
僕らは此処に住むのではないのだろうか。
僕はそう思い、側にいるクリスティナさんに尋ねる。
「ぁ、あの、クリスティナさん。メインの寮ってどういう……」
「あぁ、あの男子寮と女子寮の間にある建物の事ですね。確かちゃんとした呼び方があったはずですが……。ちょっと待ってください、思い出しますから」
先生について移動しながらクリスティナさんは眉を寄せる。
その間にも僕らは男子寮と女子寮の間の道を進み、奥にあるもう一つの建物へと向かう。
「着いたわ、ここが―――」
「確かそう―――」
「「泡沫館」」
建物の前についた瞬間、先生とクリスティナさんの声が見事に被る。
あまりのタイミングの悪さに、自分のことじゃないけれど思わず耳を塞ぎたくなった。
「ん? どうしたの、クリスティナさん」
「い、いえ、何でもありません……」
恥ずかしそうに顔を赤く染め、クリスティナさんは俯く。
僕はその様子を見て申し訳ない気持ちで一杯になった。
――もう僕は必要なこと以外喋らないほうがいいのかもしれない。
先程から災いしか呼んでいない己の口を省みて、気分が落ち込む。
「そう? とにかく此処がパートナー関係を結んだ妖魔と慰魔師が“同棲”しているところよ」
「どう……」
「……せい?」
みんなが顔を赤くしたり、眼を丸くしたりする中。
僕は『ドウセイ』の意味がわからず、眉を寄せる。
――クリスティナさんに聞きたいけれど、でもさっきの事もあるし聞くわけには……。
僕は縋るようにちらりとくうに視線を送る。
幸い僕らの近くに居たくうは、直ぐに僕の視線に気がついた。
だが――。
「……………………ふっ」
だが帰ってきたのは『何でそんな事もわからないの?』と言うニュアンスの心底呆れた視線だった。
――僕の頼れる人終了。
僕は素直に『ドウセイ』の意味を諦めることにするのであった。
「細かいことは後にしてまずは実際に見てみましょう。―――――あっ、どうも、新入生のための見学に来ました」
先ほどの男子寮とは違い、メインの寮には『守衛室』と書かれた建物が併設されていた。
先生はその窓口から中のガードマンさん(?)に声をかける。
「あ~、はいはい、好きに通っていいよ。ど~せ、中には自分達だけの世界に浸ってる阿呆共しかいね~からな」
「いつも通り荒れてますねぇ、榊さん」
「当たり前だろ!! よりにもよって
ガードマンさん(?)はバンッと机を叩くと手に持った瓢箪に口をつける。
そしてそのまま天井と垂直になりそうなくらい大きく傾けた。
――色々と大丈夫なんだろうか。
僕だけじゃなく、クラスメートみんなが似たような表情をする。
その間もガードマンさん(?)は気持ちのいいくらい豪快な飲みっぷりを続けていた。
「ぷは~~っ、五臓六腑に染みやがる。――――あぁ、鍵だったな、ちょっと待ってろ。たしかここにあったはずだが――」
ガードマンさん(?)は辺り一面に濃厚なお酒の匂いを撒き散らせながら、まるで強盗のように戸棚を漁り出す。
その姿を見ながら僕らは更に大丈夫だろうか、と言う不安が募った。
「ほら、空き部屋の鍵だ。もってけ」
そう言うとガードマンさん(?)は先生に何かを投げつけた。
殆ど弾丸のような速度だったが、僕はつい反射的に飛んできたもの視線で追ってしまう。
なんというか、昔からきよさんに仕込まれた癖のようなものだ。
「?」
そこで僕は一瞬自分の目に写ったものに疑問符を浮かべる。
――どうして、あれが鍵なんだろう?
僕がその正体に目を瞬かせていると、先生は何事もなかったかのように動き始めた。
あんな速度で投げつける方も投げつける方だけど、普通にキャッチした先生も大概である。
――それともここではこれが普通なのだろうか。
僕は別のことに頭を悩ませながらも、前についていく。
「……………」
「?」
僕はふと視線を感じ、そちらに向ける。
視線の主はガードマンさんだった。
態度はあれだけど仕事はしっかりこなす人なのか、ガードマンさんはちびちびとお酒を飲みながら僕らが入っていく所を眺め続けていた。
僕も直ぐ側を通るときにガードマンさんと目が合う。
何も挨拶しないのもあれなので、僕は軽く会釈をする。
「――お前、名前は?」
「え?」
無言で僕らを観察していたガードマンさんは、僕が目の前にいるタイミングで口を開く。
タイミングが悪かったのか、それとも不審者オーラでも出ていたのか。
僕は焦りながらも、取り敢えず答えなくてはと口をパクパクさせる。
「キ、キョウです。あ、怪しいものじゃありません」
「………それは怪しい人のセリフです、キョウさん」
「ほぉ~、お前がキョウか。なるほどな……」
クリスティナさんのツッコミが入りながらも、特に気にする素振りもなくガードマンさんは値踏みするかのように僕の全身を隈なく見る。
やはり不審者オーラが出ていただろうか。
僕はつまみ出されないか心配で仕方なかった。
「お前のことは
「そうなんですか?」
「あぁ、だから何かあったら私の所に来い。力になれることなら力になってやるぞ。――――まあ、何もなくても茶ぐらいはだしてやるが」
ガードマンさんは、お酒臭い息を吐きながら
――いい人だ、この人絶対いい人だ。
目の前の眩しいくらいの笑顔に、僕は確信する。
後ろでクリスティナさんが不満げに鼻を鳴らすような音が聞こえた気がするが、きっと気の所為だろう。
「あ、ありがとうございます」
僕はガードマンさんに深々と頭を下げ、お礼を言う。
「おう、見学楽しんでこい」
パタパタと手を振り、ガードマンさんは僕を見送ってくれる。
「♪」
――榊さんだったかな? いい人そうでよかったなぁ。
僕は晴れやかな気持ちとなり、皆の居るエントランスへ少しスキップ気味で進んだ。
「……………おー」
エントランスに入り、目に飛び込んできた光景に、僕は思わず声を上げる。
さっき入った男子寮とは違い、シャンデリアやカーペットが敷かれ、とても豪華である。
――まるで宮殿みたい。
みんなもそう思ったのか、興奮するように辺りを見渡していた。
僕も皆に混ざり、辺りを見渡す。
すると後ろから、クリスティナさんが真面目な顔で側に近づいてきた。
僕はどうしたのだろうと思いながらも、側を通り過ぎるだけであったのなら自意識過剰すぎて目も当てられないので、極力気にしない素振りをする。
しかし、僕とお辞儀が出来そうな距離に来てもクリスティナさんは止まらない。
「??」
僕の横を通りすぎるのだろうとわかっていても、僕の心臓は高鳴る。
何故ならクリスティナさんは目を見張るほど綺麗なのだから。
僕は感づかれないように必死に眼を逸しながらも、意識はクリスティナさんの動向に集中する。
――あと二歩……、あと一歩……、あと………。
クリスティナさんは僕の真横……どころかぴったり寄り添うような形で止まる。
――何っ?! 何っ?! どういうこと!?
困惑してパニックになる僕を余所に、クリスティナさんはそっと顔を近づけてくる。
吐息まで聞こえそうな距離感に、目がぐるぐると回りそうになる。
そして――クリスティナさんはそっと僕に耳打ちした。
「―――先ほどの方、榊さんと申されましたか。キョウさんはあの人にあまり近づかないほうがよろしいかと」
――み、耳がぁ……、耳がぁ……!!
間近から聞こえる声と耳朶に当たる吐息で、僕は悶絶する。
僕は今、恥ずかしいような、くすぐったいような、緊張するような、力が抜けるような、でも少し気持ちいいような、そんな不思議な感覚に陥っていた。
なので最早僕の耳に言語は聞こえず。
当然クリスティナさんの言葉は完全に左から右へ流れていってしまった。
「あの方、獲物を狩る狩人のような目でキョウさんを見てました。―――――ってキョウさん? 私の話聞いていますか?」
「は、はい。だ、だいじょうぶれす」
クリスティナさんは僕の態度を不思議に思ったのか、覗きこむように顔を近づけてくる。
視界いっぱいにクリスティナさんの顔が写ったショックで、僕の意識は漸く戻った。
――危なかった、危うく意識まで完全に飛んでしまうところだった。
クリスティナさんの前で醜態を晒さなかったことに、内心ほっとする。
「こほん、兎も角一人であの方に近づかないようお願いします。どうしても用事があるというのであれば私が同行しますので」
「え? い、いやそんな悪いですよ」
僕なんかのためにクリスティナさんの手を煩わせるなんてとんでもない。
いや、それを口実に仲良く成れたらなと思わないでもないけれど。
でもやっぱり僕は遠慮する。
そんな不純な動機で仲良くなるのは良くない気がするからだ。
あの人が誰のことを言っているのかさっぱりわからないけど。
「お気になさらず、あなたを護るのが私の役目ですから」
しかし、クリスティナさんはため息が出るほどきれいな笑顔で言い切った。
こんな笑顔をされれば僕は素直に頷くしか出来なかった。
――でも、僕なんかを護ってどうするのだろう。
寧ろ僕がクリスティナさんを護らなくてはいけない気がする。
だって傍から見れば、どう見てもクリスティナさんが主人で僕が従者だし、そのほうがしっくり来るものだろう。
「?」
僕は凛々しい顔をしているクリスティナさんの横で、独り頷くのであった。
そんなこんなしている内に、僕らはエントランスを抜け、目的の部屋にたどり着く。
「――はい到着。今開けるから待っててね」
先生は扉の前に立つと、ゴソゴソと何かを取り出す。
扉は男子寮の鋼鉄の扉と違い、普通の扉だ。
指が入るくらいの異様な大きさの鍵穴?が空いている以外は。
「よし、これでOK」
先生は指に何かを嵌めると、そのまま扉に指を入れる。
するとかちっと音がし、扉がゆっくりと開いていく。
そこで僕は先ほど先生がガードマンから受け取ったものを思い出した。
――やっぱりあれは指輪だったんだ。
何故空き部屋の鍵が指輪なのか疑問だったけれど、そういう仕組みの扉だったのだ。
どうしてそういう仕組みの扉にしたのかはさっぱりわからないけれど、僕達の興味はそんなことよりも目の前から覗く光景に釘付けになっていた。
「おおおおおぉぉおぉッっ――――!」
僕も含めて一斉に歓声が上がる。
豪華な内装、大人が大の字で寝ても体がはみ出しそうにない大きなツインベッド、泳げそうなくらい広い泡の出る大きなお風呂などなど。
そこには明らかに男子寮の部屋4つを足しても足りないくらい大きく豪華な部屋があった。
――格差、すごい格差を感じます。
僕は寝ても気持ちよさそうな、ふかふかの絨毯を触りながらそう思った。
しかし何故こんなに差があるのだろうか。
成績優秀者のみが住めるということだろうか。
大理石で出来た巨大なキッチンルームに群がるみんなを見ながら、僕は疑問に思う。
まあ、どちらにせよ僕には関係ない話だろうけれど。
皆がひと通り見学すると、先生はパン、と手を鳴らし注目を集める。
「えー、みんな見て解るようにこの館の住居者は優遇されています。まあそもそもこの学校の目的が妖魔と慰魔師のパートナーを見つけることなので当然なんだけど」
先生は一度言葉を切り、僕らを見渡す。
「みんな、この泡沫館に住みたいー?」
僕もみんなも一斉に頷く。
こんな格差を見せられれば当然だと思う。
寧ろ住みたくないという人のほうが少ないはずだ。
「じゃあ、ここに住むための条件を簡単に説明しておくわね。―――っと、いくら広いと言っても“二人部屋”に一クラスまるまる入ると少し狭いわね。この寮には多目的ルームがあるからそちらに移りましょう」
先生の言葉で僕らは再び、ぞろぞろと列をなして部屋を出ていくのであった。
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