第3話「二人組を作れと言われると、最後まで余る」
「え? え?」
突然の声に僕は現実に引き戻される。
周りを見渡すと、僕らの周りには先生だけでなく、興味津々な目で見つめるクラスメートの目もあった。
「――っ!!!!!!!」
さっきまでの出来事が嘘のように、僕の血の気が引いていく。
――ま、またやってしまった。
こんな何度も注目されるなんて、これじゃ悪い意味の有名人だよ。
もう手遅れな気が内心しつつも、僕は頭を抱える。
「あ、あの」
僕は何が悪かったのか聞こうと先生に声をかけようとする。
だが、先生は僕の事など眼中にない様に少し興奮気味にクリスティナさんに詰めかけた。
――必要な時に無視され、必要じゃない時に目立つ僕って一体……。
僕は最早縮こまるしか無かった。
「―――クリスティナさん。彼の手に触れた時、どんな感じだった? お酒が回った時のように頭がぼぉっとした?」
「え? あの、いえ、お酒は飲んだことがないからわかりませんが。大体仰るとおりの状態だったと思います」
「なるほど、なるほど」
先生はクリスティナさんの言葉にしきりに頷く。
今の言葉で何がわかったのだろうか。
僕が首を傾げていると、先生は近くの男子を手招きする。
「ちょっとそこの男子、クリスティナさんの掌に指でちょっとだけ触ってみて」
「え、俺ですか? はぁ……分かりました」
「ほら、クリスティナさん手を出して」
有無をいわさぬ勢いの先生。
その目付きはちょっと怖いと思わないでもない。
しかし、クリスティナさんはそんな先生に物怖じするどころか――。
「お断りします」
と、先生の言葉を一刀両断に切り捨てた。
「「――え?」」
僕を含めて一同固まる。
――確かにクリスティナさんは男性に触るのは苦手だと言っていたけど、こんなにも強く反対するなんて。
一体どれほど苦手なのだろうか。
僕がそんなことを考えている内にも、先生とクリスティナさんの会話は続いていく。
「どうして? これがクリスティナさんの体質なのか、二人の相性なのかどうかを確かめたかったのだけど……」
「その必要はありません。私は確信しました」
「「?」」
疑問符を浮かべるみんなの前で、クリスティナさんは背筋を伸ばし何かを宣誓するかのように息を吸い込む。
――何を言う気だろう。
話の流れがさっぱりわからない僕は、クリスティナさんを呆然と見つめるしかなかった。
すると、クリスティナさんの視線が僕に向けられる。
僕は後ろを振り返るが、そこには誰も居なかった。
――あ、あれ? 何で、僕を?
僕がキョドる前で、クリスティナさんは目を細める。
その顔はうっすらと紅色になっており、紅潮している様子が見えた。
そして――。
「この方――――キョウさんこそが、私の運命の人なのだと」
そう少しはにかみながらも、クリスティナさんは堂々と言い切る。
その瞬間、僕とくう以外のクラスメートから歓声が上がる。
まるで重大発言でもしたかのような盛り上がりようだ。
「…………? ――――??」
僕は、皆が何を盛り上がっているのか解らず、オドオドするしか出来なかった。
そんな僕に、畳み掛けるようにクリスティナさんは僕の手を取った。
「……温かく、そしてとても優しい手です。心から癒やされます」
「――ひやっぁ!!」
突然手を握られ、撫ぜられたことにより、僕は悲鳴を上げる。
何とも情けない上に、これではさっきと立場が逆だ。
しかし、クリスティナさんは大して気にせず、僕の手を両手で包み込んだ。
――あ、暖かい。
僕がそう思ったのも束の間、僕はクリスティナさんの元へと、磁石のように引き寄せられる。
その瞬間、山奥の森林のような落ち着く匂いが僕の体を包み込んだ。
「え? え?!」
気が付くと僕は、クリスティナさんと繋いだ掌程度の距離で見つめ合っていた。
「「!」」
クラス中で混乱が広がる中、僕はクリスティナさんの宝石のような蒼い瞳に覗きこまれて、金縛りにあったように固まる。
――え? どういうこと?
クリスティナさんが側に、こんな近くに?
あわわわわ、ど、どどうしよ?
そんな僕の動転を余所に、クリスティナさんは優しく微笑みながら口を開く。
「キョウさん、どうか私とパートナーに……」
「――ストップ、ストップ!!」
僕達は本日二度目の引き剥がしを食らう。
僕は内心ホッとしつつも、少し後ろ髪惹かれるような燻りが胸の中に残る。
一体今の行動は何だったのだろうか。
「………何か問題がありますか? 自分の体質かどうかくらい、流石に三度も触れれば理解できます。その上で断言しますが、私とキョウさんの相性が良いのは紛れもない事実だと思いますが」
少し、ほんの少し苛立ったような口調でクリスティナさんは先生に問いかける。
僕はまた状況がよくわからないので、先生とクリスティナさんを交互に見比べた。
「確かにそうね、妖魔にとっても慰魔師にとっても初回の接触っていうのは効果が薄いことが普通、握手程度だと特にね。普通はここからより回数を重ねることによって、互いに合うように変わっていくの。―――あなた達のような特に相性の良い場合をのぞいて」
「でしたら……」
「でもね、クリスティナさん。それはすこ~し早計すぎる気がしないかしら」
なにか言いたそうなクリスティナさんを先生は押しとどめる。
「別にキョウくんとパートナーを結ぶなと言っているわけじゃないのよ。ただ、もう少し時間を掛けたほうがいいと言いたいの。今日初めて知り合ったわけでしょ?」
先生の言葉にクリスティナさんは『確かにそうかもしれません』と頷く。
――が。
「ですが、私は彼との接触に運命を感じました。様子見など不要です、私は彼でなければならないのです。ここに知り合ってからの時間は関係ありません」
クリスティナさんの言葉に、クラス中から『おおっ』とか『大胆ーっ』という声が上がる。
当事者であるはずの僕は、一体何がどうなっているのかさっぱりだ。
そんな僕らの様子を見て、先生は溜息を吐いた。
「……あなたの熱意はわかったわ。でも彼の意思もあるし、レクリエーションも進めないといけないから一旦席に戻ってくれる?」
「……………解りました」
渋々クリスティナさんがそう返事すると同時に、みんなぞろぞろと自分の席に戻っていった。
あとに残された僕は狐につままれたようにぽつんと立っていた。
「改めてよろしくお願いしますね。キョウさん」
心なしか顔を薄っすらと赤く染めたクリスティナさんが、僕に笑い掛けながら席に戻っていった。
「???」
――何が一体どうなって、どうなったのだろうか?
僕は首を捻る。
結局僕は先生に注意されるまでその場に立ち続けた。
「――――はい、では少し講義の方に戻ります」
先生は少し疲れた顔だ。
きっと先ほどの件の所為、と言うのは僕でもわかった。
「女の子達は体験してもらって、何となくわかったと思うけど、妖魔が慰魔師に接触すると本能的な衝動を抑えるだけじゃなく、精神的・肉体的な快楽が生まれます。これは衝動を抑えるだけでは妖魔とは共存できないので、共生するために慰魔師が進化していった結果だと言われているわ」
先生は先ほど書いた黒板に文字を付け足しながら解説する。
「まあ、妖魔からすれば当然の話よね。衝動を抑えたところで妖魔にメリットなんて殆ど無かったのだから」
何人かの女子は、先生の言葉に同意するように頷く。
「今回は手と手の接触で行ったけれど、妖魔の衝動発動時……特に力の強い妖魔の衝動を抑えるにはもっと深く長い接触が必要で、具体的に言うと体液の摂取と粘膜接触を必要とします」
「……………………」
――タイエキノセッシュトネンマクセッショク?
何かの専門用語なのだろうか。
僕には何を指しているのかよく解らなかった。
きよさんとくうにあとで聞くとしよう。
「体液の摂取?」
クラスの誰かが先生に聞き返す。
「そう、例えばよだ……」
「すいません、皆その言葉で理解できたと思いますので、仰らなくて結構です」
――よだ?
クリスティナさんが素早く先生の言葉を遮ったので、なんて言おうとしたのか僕には解らなかった。
でもみんな解っているのか、苦い顔をしたり赤い顔をしたり青い顔をしたりしている。
――みんなの顔の色を変えさせる『よだ…』
いったいなんなのだろう。
そして僕はこの学校についていけるのだろうか。
1日目から勉強についていけるか不安になった。
「あらあら、みんな結構恥ずかしがり屋ね。まあ、これは比較的平凡な相性の慰魔師と妖魔の場合の話よ。先ほどのキョウくんとクリスティナさんのような、とても相性が良い場合だとハグや握手、或いは近くにいるだけでもかなりの効果を発揮してくれるわ」
僕は突然名前を呼ばれたことでビクッとする。
――な、なにか当てられたらどうしよう。
とても答えられる気がしない。
僕はこのまま話が流れるように祈っていると、クリスティナさんから手が挙がる。
「先ほど私とキョウさんが接触を続けていると面倒なことになると言われましたが、具体的にはどのようになるのですか?」
「ん~、聞きたい?」
裏のある笑顔というのだろうか。
怖さを感じる笑顔で先生が聞き返す。
「……はい」
「どうしても聞きたい?」
「………いえ、やはり結構です」
先生の笑顔にクリスティナさんは問を引き下げる。
しかし、もう遅く――。
「生徒がそこまで言うなら仕様が無いわね」
先生は笑顔のまま、ノリノリで語り始めた。
「相性が良すぎると慰魔師から与えられる快楽が強すぎて、妖魔の方は相手のことしか見えなくなっちゃうの。そして―――」
先生は一瞬溜めを作る。
「………………」
僕らは引き寄せられるように、体を少し乗り出した。
「先ほど言った体液の摂取と粘膜接触をディープに行っちゃうの。もう際限なく」
「――っ!!」
なんだかよくわからないけど、隣のクリスティナさんがすごく顔が赤くなっている。
――いや、クリスティナさんだけじゃない。
クラスの男の子も女の子も、一様に顔を赤くして、ニヤニヤしている。
でも僕には何が面白いのかさっぱり解らなかった。
「さすがに教室でそんなこと始められても困るでしょ? だから止めたってわけ」
「いや………私は………そんな………っ」
顔を赤くし、俯いたままクリスティナさんはブツブツ何かを言っている。
――大丈夫なのだろうか?
僕はクリスティナさんの様子が心配になる。
なんで赤くなったのかは、未だによくわからないのだけれど。
「まあ、そんなこんなで時間も過ぎているし、今日の話の続きは次回に回して校内見学へ行きましょうか」
クラスの人達は先生の言葉に従い続々と出て行く。
「私なら……きっと………いや……でも………」
僕はまだぶつぶつ呟いているクリスティナさんに声を掛けて、先生に続くのであった。
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